第34話 「帝都を照らす光」
光の柱は、まだ空へ伸び続けていた。遺跡の中央から放たれた巨大な光。雲を貫き、帝都からでも見えるほどの規模。もはや隠せる事件ではなかった。
「あ、そろそろ戻さないと」
ルナがそう言うと、軽く手を振った。次の瞬間、止まっていた軍人たちと研究者たちが、直前の会話の続きのように一斉に動き出した。
「今の、何?」
リリアが聞く。
「時間、止めてたの。ついでだったから」
さらりと言われた一言に、全員が言葉を失った。ついで、という表現がどこまでの規模を指すのか、誰にも見当がつかなかった。
「全員、距離を取れ!」
軍の隊長が叫ぶ。周囲の兵士たちが動く。研究者たちも退避を始める。先程までの調査とは違う。完全な非常事態だった。
---
一行は大急ぎで遺跡の外へ出た。光の柱が空を貫く様を、外からも見上げる。隊長が息を整えながら、ようやくリリアたちの方を振り返った。
そして、初めてルナの姿に気付いた。
「……待て」
低い声だった。
「その子供は誰だ」
全員が顔を見合わせる。そういえば、まだ誰も、隊長にきちんと説明していなかった。
「銀髪の子供が広間の中にいた記憶がない」
一緒にいた研究者も、記録帳を見返しながら眉をひそめる。
「調査隊の名簿にも、該当する名前がありません」
ルナは、興味深そうに隊長の顔を見上げていた。
「誰だと聞かれても」
小さく首をかしげる。
「神様、って言ったら信じる?」
隊長の顔から表情が消えた。
「……もう一度言ってくれ」
「神様」
繰り返された言葉に、隊長は深く長いため息をついた。
「今日は、もう何を聞いても驚かないことにする」
半ば諦めたような声だった。ミレーユが小声で「私たちも同じ気持ちです」と呟いた。
そのやり取りの途中、ルナはふと視線を空へ向けた。光の柱の先、その向こうを見透かすような目だった。真面目な顔だった。珍しかった。
「ルナ」
フィアナが呼ぶ。
「なに?」
「他の神様って本当にいるの?」
ルナは頷いた。当然のように。
「いるよ」
静かになる。神が一柱いる時点で十分大変だった。それなのに増えた。誰も嬉しくない。
「何人いるんですか?」
ルシェが聞く。
「覚えてない」
やっぱりだった。安定感すらあった。
---
その頃、帝都では大騒ぎになっていた。城壁の上、見張り兵たちが空を見上げる。市場の商人たちも足を止める。冒険者ギルドでも。貴族街でも。誰もが同じ光を見ていた。
「あれは何だ?」
その疑問が帝都中に広がっていた。遺跡近くでは、軍の伝令が馬を走らせる。全速力だった。帝城へ。緊急報告のために。もはや軍だけの問題ではない。帝国全体の問題だった。
---
隊長は深いため息を吐く。そして、リリアたちを見る。それから、ルナへ視線を移すと、少し姿勢を正した。
「君たちには」
まずリリアたちへ向けて、いつも通りの口調で言う。
「帝都へ同行してもらう」
即決だった。拒否権はなさそうだった。
「事情聴取ですか?」
エレノアが聞く。
隊長は頷く。
「それもある」
そして続けた。
「保護もだ」
空気が少し変わる。保護。その言葉は重かった。
それから、隊長はルナの方へ向き直った。声の調子が、わずかに丁寧なものへ変わる。
「あなたには……その、神と名乗られる方に、このような言い方も妙かもしれませんが」
隊長にしては珍しく、言葉を選んでいるようだった。
「どうか、帝都までご同行いただけないでしょうか。事の次第を、しかるべき者にご説明いただきたい」
ルナは、その口調の変化が面白かったのか、くすりと笑った。
「敬語、上手だね」
「……恐縮です」
隊長は、微妙な顔のまま頭を下げた。相手が本物の神なのかどうか、まだ半信半疑ではあったが、少なくとも粗雑に扱っていい相手ではないと、直感的に判断したらしい。
「神器に神」
隊長が、改めてリリアたちを見て言う。
「君たちは、今回の事件の中心にいる」
誰も反論できなかった。特にリリアは、その中心そのものだった。
リリアは考える。三秒、五秒。そして聞いた。
「ご飯は出る?」
全員が頭を抱えた。隊長まで頭を抱えた。初めてだった。
「出る」
「行く」
拍子抜けするほどの即決だった。ルナも横で、うんうんと頷いていた。
---
夕方、一行は帝都へ戻る。光の柱は徐々に弱くなっていた。だが消えてはいない。不気味だった。
門へ近付く。すると、人だかりができていた。市民たちである。誰もが森の方向を見ている。そして、軍の一団を見る。ざわめきが起こった。
「調査隊だ」
「何かあったのか?」
「魔物か?」
当然ながら真実は言えない。言ったところで誰も信じない。神様が出ました。封印が壊れました。神々が動き出しました。冗談にしか聞こえない。
ルナは興味深そうに周囲を見ていた。
「人いっぱい」
「帝都だからね」
リリアが言う。
「面白い」
二人は少し似ていた。周囲から見れば、なかなか落ち着かない組み合わせだった。
---
日が沈む頃、帝都校へ到着する。エリス教官は心底疲れた顔をしていた。
「今日だけで十年老けた気がするわ」
誰も否定しなかった。
---
その時、ルナが聞く。
「私どこで寝るの?」
静かになる。重要な問題だった。神様の宿泊先。前例がない。当然だった。
ルナは周囲を見る。そして、リリアを指差した。
「一緒」
「え?」
リリアが首を傾げる。ルナは満面の笑みだった。
「友達だから」
返された。そのまま。綺麗に。
全員がリリアを見る。リリアも考える。少しだけ。
「いいよ」
即決だった。ミレーユが天を仰ぐ。止める気力もなかった。
---
夜、寮の部屋。ベッドが二つ。リリアとミレーユの部屋だった。そして今、そこにルナがいる。神様がいる。状況が理解できない。
「ふかふか」
ルナはベッドへ飛び込んだ。楽しそうだった。本当に。
「神様って寝るの?」
ミレーユが聞く。
「寝るよ」
「食べるの?」
「食べる」
「病気になる?」
「たぶんなる」
意外と普通だった。少なくとも本人はそう主張していた。
---
その時、窓の外で鐘が鳴る。帝都の夜を告げる鐘。静かな音だった。
ルナは窓の外を見る。遥か遠く、遺跡の方向を見る。そして、ほんの少しだけ表情を曇らせた。誰にも気付かれないくらい。小さく。
「急がないと」
その呟きを聞いた者はいなかった。リリアは既に眠り始めていた。あっという間だった。
ルナは苦笑する。そして、眠るリリアを見ながら言った。
「やっぱり面白い子」
神様は笑う。まるで、これから起きる出来事を楽しみにするように。
そして翌日、帝都中を巻き込む騒動が、さらに大きく動き始めるのだった。




