第30話 「押すなと言われると」
遺跡調査から三日後。帝都冒険者育成学校、職員室。エリス教官は頭を抱えていた。机の上には報告書が何枚も並んでいる。
『帝都北西遺跡』
『隠し通路発見』
『古代文字確認』
『謎の魔力反応』
そして、『リリア・フォルネス接触時に反応』。
「どうしてこうなるのかしら……」
小さく呟く。誰にも分からなかった。当の本人にも。
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その頃、リリアは食堂にいた。
「おかわり」
平和な昼下がりだった。ミレーユが報告書を読んでいる。エレノアが紅茶を飲んでいる。セリナは静かにご飯を食べている。フィアナは呆れた顔をしていた。ノアは黙々と食事を進めながら、時々みんなの会話に相槌を打っていた。
「これ本当にあなたがやったの?」
「かもしれない」
「便利な言葉ね」
最近よく言われる。
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その時だった。食堂の入口が騒がしくなる。教師が数人入ってくる。何か慌ただしい。生徒たちもざわつき始める。リリアたちは顔を見合わせた。嫌な予感がした。主にミレーユが。
数分後、放送が流れる。
『実習班七名は職員室へ集合』
静かになる。そして、全員リリアを見る。
「なんで?」
本人だけ分かっていなかった。
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職員室。そこにはエリス教官以外にも見知らぬ大人がいた。研究者。冒険者ギルド職員。そして、軍服の男性までいる。空気が重い。さすがにリリアも察した。
「怒られる?」
「今回は違うわ」
エリス教官の返事は、それはそれで不穏だった。
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机の上には地図が置かれている。例の遺跡だった。
「調査結果が届きました」
全員が耳を傾ける。研究者が説明を始めた。
「皆さんが発見した遺跡ですが」
「予想より遥かに古い物でした」
紙をめくる。
「少なくとも七百年以上前」
教室とは違う空気で、全員が真面目に聞いていた。
「さらに」
研究者が続ける。
「台座の反応について調べた結果」
少し間を置く。
「起動状態へ移行していることが判明しました」
静かになる。誰も意味が分からない。当然だった。
リリアが聞く。
「つまり?」
「動き始めています」
余計に不安になる答えだった。
フィアナが眉をひそめる。
「遺跡が?」
「はい」
「何が起きるんですか?」
ミレーユが聞く。研究者は首を振った。
「分かりません」
正直で、それゆえに厄介な返事だった。
その時、ノアが静かに手を挙げた。
「一つ、気になることが」
全員の視線が集まる。
「調査に行った日、獣道が荒れてました。人の出入りが、最近になって増えていた跡でした」
研究者と軍人が、思わず顔を見合わせる。
「我々の調査隊は、まだあの周辺に入っていない」
軍人が低い声で言う。
「つまり」
「君たちより先に、誰かがあの遺跡へ通っていた可能性がある」
空気が一段と重くなった。エリス教官の表情も硬くなる。
「その情報、なぜ今まで報告しなかったのですか」
「その時は、ただの獣道の話だと思って」
ノアは少し申し訳なさそうに俯いた。だが、責める空気にはならなかった。
「今、分かっただけでも十分だ」
軍人がそう言うと、ノアは小さく頷いた。
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軍服の男性が口を開く。
「そこで追加調査隊が編成された」
低い声だった。歴戦の軍人らしい佇まいだった。
「君たちにも同行してもらう」
リリアたちが固まる。
「私たちが?」
エレノアが聞く。
「そうだ」
「危険ではありませんの?」
「危険だ」
迷いのない即答に、全員黙る。
「だから本来なら参加させない」
男性は続ける。
「だが」
視線がリリアへ向く。
「反応の原因が君である可能性が高い。それに、先ほどの獣道の情報も、実際に気付いたのは君たちだ」
再び全員の視線が集まる。リリアだけがお菓子を見ていた。先ほど職員室で出された物だった。
「聞いてる?」
ミレーユが聞く。
「聞いてる」
「本当に?」
「うん、たぶん」
微妙な返事に、ミレーユは深いため息をついた。実際、あまり聞いていなかった。
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その後、正式に調査参加が決まった。もちろん教師も同行する。軍の護衛も付く。帝都校でも特別扱いだった。それほど重要な案件らしい。
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夕方、寮の共有スペース。七人が集まっていた。空気は少し重い。珍しくリリアも静かだった。
「怖い?」
フィアナが聞く。
しばらく考える。そして、リリアは首を傾げた。
「少し」
本音だった。未知のもの、よく分からないもの。誰だって少しは怖くなる。
ミレーユが笑う。
「私も」
「私もですわ」
エレノアが言う。
「当然だな」
セリナも頷く。ルシェは既に緊張していた。
「今から怖いです!」
ノアは黙って頷くだけだった。だが、その手はいつもより少し強く、弓を思わせるベルトの位置を確かめていた。
こうして顔を並べていると、少しだけ安心できた。仲間がいる。それだけで違った。
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夜、帝都の空。星が輝いていた。リリアは窓際に座る。ぼんやり外を見る。故郷を出てから二か月。帝都へ来た。新しい友達もできた。フィアナ。ノア。そして来月にはティアも来る。少しずつ、輪が広がっていた。毎日楽しかった。
その時、部屋の扉が開く。ミレーユだった。
「寝ないの?」
「もう少し」
ミレーユも隣へ座る。しばらく沈黙。心地良い静けさだった。
やがてミレーユが言った。
「何か起きそうだね」
遺跡のことだろう。リリアは頷く。
「うん」
「大きなこと」
「うん」
再び沈黙。そして、リリアが呟く。
「でも楽しみ」
ミレーユは苦笑した。やはりリリアだった。怖くても、少し不安でも、最後には楽しみに変わる。昔からそうだった。
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翌日、追加調査の日が来る。帝国軍。研究者。教師。そしてリリアたち。大規模な一団が遺跡へ向かった。
到着したのは昼前だった。遺跡は静かだった。前回来た時と同じ。何も変わらないように見える。だが、中へ入った瞬間、研究者たちの顔色が変わる。
「魔力濃度が上がっている」
「昨日よりさらにだ」
周囲が慌ただしくなる。ノアは、入り口付近の地面をもう一度確認していた。
「足跡、新しい」
「今日のじゃない?」
「違う。二、三日前」
短い報告だったが、軍人が即座に反応した。
「誰かが、我々より先に接触していたということか」
答えは、まだ誰にも分からなかった。
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全員が奥へ進む。隠し通路。小部屋。そして、例の台座。そこにたどり着く。
静寂。誰も喋らない。台座は、淡く光っていた。前回より明らかに強く。一定の周期で脈打っている。まるで心臓のようだった。
「あり得ない……」
研究者が呟く。
「七百年間停止していたはずだ」
軍人たちも警戒する。空気が張り詰める。
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その時だった。カチッ。小さな音がした。リリアが振り返る。壁際だった。石壁の一部が出っ張っている。丸い石。いかにも押せそうな形をしていた。
リリアの瞳が輝く。
「リリア」
ミレーユが気付く。嫌な予感がした。本能的に。
「何してるの?」
「ボタン」
「触らないで」
即答だった。セリナも気付く。フィアナも気付く。エレノアも気付く。ルシェまで気付いた。ノアも気付いた。全員が同じことを思った。やめろ。絶対にやめろ。
研究者たちも振り返る。
「あの石には触らないでください!」
「危険です!」
「絶対に押さないでください!」
職員室が静かになる。いや、遺跡が静かになった。
全員の視線が集まる。リリア。石。リリア。石。
リリアは石を見つめる。そして、ぽつりと呟いた。
「押すなって言われると」
全員が叫ぶ。
「押すな!!」
その瞬間、リリアの手が、ゆっくりと石へ伸びた。そして、指先が触れる。
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世界が白く染まった。轟音。閃光。遺跡全体を揺らす衝撃。誰も目を開けていられない。悲鳴。光。振動。
そして、空の遥か彼方。誰も近付けない神域の奥で、長い長い眠りについていた何かが、静かに目を開いた。
「……ようやくか」
その声を聞いた者は、まだ誰もいなかった。




