第29話 「遺跡調査」
夏が近付いていた。
帝都も少しずつ暑くなっている。
「暑い」
リリアが言った。
「五回目よ」
フィアナが言う。
「暑いから」
正論だった。たぶん。
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朝のホームルーム。エリス教官が教室へ入ってくる。今日も真面目な顔だった。最近そういう日が多い。
「実習依頼です」
全員が前を向く。リリアも向いた。珍しく寝ていない。
「今回は調査任務になります」
黒板へ地図が貼られる。見慣れない場所だった。帝都北西部。森のさらに奥。古い遺跡が描かれている。教室がざわついた。
「遺跡ですか?」
ミレーユが聞く。
「ええ」
エリス教官が頷く。
「最近発見された小規模遺跡です」
冒険者見習いにとって、遺跡という言葉は特別だった。宝物。伝説。未知の魔法。夢が詰まっている。
「冒険だ」
リリアが立ち上がる。
「座りなさい」
即座に怒られた。だが、今回は誰も否定できなかった。確かに冒険だった。
「なお、今回は商人科からも一名同行します」
エリス教官が付け加える。
「発見物の記録と査定の実地訓練を兼ねているそうです」
その言葉に、リリアの顔が明るくなった。誰が来るか、聞かなくても分かった。
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翌日、早朝。集合場所には、見慣れた顔もあった。
「おはようございます!」
商人科の制服姿のルシェが、記録用の帳面を片手に手を振っていた。
「ルシェも来るの?」
「実習です!ちゃんとした実習です!」
念を押すように繰り返す。以前は勝手についてきていた自覚があるらしい。
「査定の実地訓練だからな」
セリナが確認するように言う。
「そうです!ちゃんと許可取りました!」
胸を張っていた。堂々としていた。
七人は森を歩いていた。リリア、ミレーユ、セリナ、エレノア、フィアナ、ノア、そしてルシェ。いつものメンバーだった。
「ワクワクしますわね」
エレノアが言う。
「少し」
セリナも頷く。珍しかった。セリナも興味があるらしい。フィアナは地図を確認している。ミレーユは周囲を警戒している。ルシェは荷物と帳面の両方を抱えていた。
「重いです」
「頑張れ」
「応援じゃなくて手伝ってください!」
元気だった。いつも通り。
ノアは、他の誰よりも先に周囲の気配を読んでいた。
「この森、獣道が変」
「変?」
「人の出入りが多い。最近」
ぽつりとした一言だったが、誰も見落としていた情報だった。遺跡が発見されたのは最近のことだ。既に何者かがこの道を通っている、ということかもしれない。
「気を付けた方がいい?」
「たぶん」
短いやり取りだったが、全員の緊張が少しだけ引き締まった。
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昼過ぎ、目的地へ到着する。森の中に、石造りの建物が埋まっていた。半分は崩れている。草も生えている。だが、確かに遺跡だった。
「おおー」
リリアの目が輝く。
「遺跡だ」
「遺跡ですわ」
「遺跡だな」
みんな少しテンションが上がっていた。ルシェも、遺跡の外壁を眺めながら帳面に何やら書き込んでいる。
「石材だけでも、それなりの価値になりそうです」
「もう仕事してる」
「実習ですから!」
慣れた様子で数字を書き付けていた。こういう場面になると、いつもより頼もしく見えた。
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中へ入る。薄暗い。ひんやりしている。壁には古い文字が刻まれていた。ルシェが読む。
「読めません」
全員読めなかった。当たり前だった。
奥へ進む。一本道だった。罠もない。魔物もいない。少し拍子抜けだった。
「何もないね」
リリアが言う。
「油断しない」
セリナが言う。ノアも無言で、足元や壁の継ぎ目に目を配っていた。狩人の癖なのか、誰かに指示されたわけでもなく、自然と警戒していた。
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その直後、ガタン。音がした。全員が止まる。天井ではない。壁でもない。床だった。リリアが踏んだ。
「ごめん」
「何やったの!?」
ミレーユが叫ぶ。だが、何も起きなかった。数秒待つ。十秒待つ。何も起きない。
「セーフ?」
「分からない」
非常に不安だった……
「床の継ぎ目、少しずれてた」
ノアが低い声で言う。
「気付いてたなら早く言って!」
「今、言った」
間違ってはいなかった。
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すると、壁がゆっくり開き始めた。全員が身構える。セリナが前へ出る。フィアナも魔法を準備する。だが、現れたのは魔物ではなかった。隠し通路だった。
静かになる。
「開いた」
リリアが言う。
「開きましたわね」
「開いたな」
罠ではなかったらしい。結果的に発見だった。エリス教官なら頭を抱えたかもしれない。残念ながらいない。
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通路へ入る。狭かった。そして長い。途中には古い絵もあった。王様らしき人物。剣を持つ騎士。そして、中央に描かれた光る何か。
「宝物?」
ルシェが言う。
「かも」
誰にも分からない。だが、気になる。非常に気になる。ルシェの帳面を持つ手にも、少し力が入っていた。
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奥へ進む。やがて小部屋へ出た。広くはない。だが中央に台座があった。石でできている。何かを置くための台座。今は空だった。
「終わり?」
リリアが聞く。
「かもしれませんわ」
エレノアが周囲を見回す。少し残念そうだった。宝箱もない。宝石もない。魔法剣もない。
「査定するものが何もないです」
ルシェも肩を落とした。
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その時だった。ミレーユが壁を見つめる。
「待って」
全員が止まる。壁に文字があった。古代文字だった。だが、少しだけ読める。授業で習ったのだ。
ミレーユがゆっくり読む。
「選ばれし者だけが」
静かになる。続きを読む。
「調和を継ぐ」
意味は分からない。全員そうだった。
「調和?」
フィアナが聞く。
「何でしょう」
エレノアも首を傾げる。ルシェは既に諦めていた。
「分かりません!」
堂々としていた。
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その時、リリアが台座を見る。何か気になった。理由はない。ただ、気になった。近付く。台座の中央、小さな窪みがある。丸い形。何かをはめ込む場所に見えた。
「変なの」
指で触る。すると、淡い光が走った。一瞬だった。全員が驚く。
「今光りませんでした!?」
ルシェが叫ぶ。
「光ったな」
セリナが言う。
「光りましたわね」
エレノアも頷く。リリアだけが首を傾げていた。
「なんで?」
誰にも分からない。だが、間違いなく反応した。壁の文字も少しだけ輝く。しかし、それだけだった。すぐに元へ戻る。静寂。
「調査報告案件ね」
ミレーユが言う。全員同意だった。
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夕方、遺跡を後にする。成果は十分だった。隠し通路。古代文字。そして謎の反応。学校も喜ぶだろう。ルシェの帳面にも、しっかりと記録が残されていた。
「良い実習報告になりそうです」
「頑張ったね」
「頑張りました!」
満足そうだった。
帰り道、森を歩く。夕焼けが綺麗だった。
「面白かった」
リリアが言う。
「そうね」
フィアナが笑う。
「また行きたい」
「行くのはいいけど」
ミレーユが言う。
「勝手に触らないで」
「ごめん」
反省はしていた。少しだけ。
ノアが、ふと森の奥を振り返る。
「さっきの獣道、やっぱり変」
「気になる?」
「うん」
小さな呟きだった。だが、誰かがそれを覚えていた。この後もずっと。
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その頃、誰もいなくなった遺跡では、小部屋の台座が再び淡く光っていた。まるで、何かを待つように。静かに。ゆっくりと。
この遺跡で見つけた小さな異変が、後にどんな意味を持つことになるのか、この時はまだ、誰にも分からなかった。
もちろんリリアは、
「晩ご飯お肉かな」
そんなことを考えていた。
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その夜、寮の食堂。ルシェが息を切らして駆け込んできた。今日はもう別れたはずなのに、また戻ってきたらしい。
「大ニュースです!」
「また?」
ミレーユが身構える。最近、この前置きの後に平穏なオチが来たことがなかった。
「ティアさんの工房、正式に決まりました!」
一瞬、静寂が落ちる。それから、リリアが弾かれたように顔を上げた。
「ティア!?」
「帝都の一流工房から、正式な招聘状が届いたそうです。師匠のドワーフさんも一緒に、来月には帝都入りするって」
ルシェの声には、隠しきれない興奮があった。
「本当?」
「本当です!父経由で聞いたので確実です!」
リリアは椅子から立ち上がり、そのまま数回、その場で飛び跳ねた。
「やった!」
「落ち着いて」
ミレーユが苦笑しながらも、その顔はどこか嬉しそうだった。ノアとフィアナは、まだ会ったことのない人物の名前に、それぞれ少し首をかしげていた。
「ティアって、どんな人?」
フィアナが聞く。
「鍛冶師。すごい腕」
「あと可愛い」
いつもの評価だった。フィアナは苦笑した。
「また増えるのね、賑やかな仲間が」
「うん!」
満面の笑みだった。来月、また一人。輪はまた、少しずつ大きくなっていく。




