第28話 「同盟国からの来訪」
帝都へ来て一か月半。季節は少しずつ夏へ近付いていた。暑い。非常に暑い。
「溶ける」
昼休みだった。リリアが机に突っ伏している。
「まだ夏じゃありませんわよ」
エレノアが言う。
「信じられない」
大げさだった。だが少し分かる。帝都は故郷より暑かった。石造りの建物が多いせいかもしれない。
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食堂へ向かう。最近はすっかり定位置ができていた。大きな窓際、八人分の席。リリア、ミレーユ、セリナ、エレノア、フィアナ、ノア、そして時々ルシェ。今日は全員揃っていた。
「聞きましたか?」
ルシェが言う。
相変わらず情報が早い。商人学校は噂が集まりやすいらしい。
「なに?」
ミレーユが聞く。
「同盟国の使節団が来てるそうです」
静かになる。フィアナが顔を上げた。
「本当?」
「本当です」
ルシェが胸を張る。情報には自信があるらしい。
「商人ギルドでも話題ですよ」
同盟国の使節団。帝都では珍しくない。だが規模による。今回はかなり大きいらしかった。ノアは黙って話を聞きながら、少し興味深そうにフィアナを見ていた。同盟国の話題になると、フィアナの表情がわずかに変わる。それに、いつの間にか気付くようになっていた。
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フィアナは少し複雑そうだった。それを見て、リリアが聞く。
「帰りたい?」
フィアナは少し驚く。
「同盟国に?」
「うん」
少し考える。本当に少しだけ。それから首を振った。
「今は別に」
その答えに、リリアは笑った。
「よかった」
「なんで?」
「友達だから」
いつものだった。フィアナも慣れてきた。少しだけ。
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午後の授業。エリス教官が教室へ入る。珍しく真面目な顔だった。
「皆さんに連絡があります」
全員が前を向く。リリアも向いた。昼寝を中断して。偉かった。たぶん。
「同盟国の交流団体が学校見学に来ます」
教室がざわつく。帝都校は有名だ。見学も多い。だが今回は少し違う。
「皆さんも案内役として参加してください」
生徒たちの間から声が上がる。緊張。期待。不安。様々だった。
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翌日、校舎はいつも以上に賑やかだった。見学者が来ている。教師たちも忙しい。リリアたちは案内役として待機していた。
そして使節団が到着する。立派な服。豪華な装飾。護衛騎士。見ただけで偉い人と分かる。
「すごい」
リリアが呟く。
「そうね」
フィアナも頷く。だが、その顔は少し硬かった。やはり気になるのだろう。故郷の人たちだ。
ノアは、護衛騎士たちの装備を静かに観察していた。
「弓の弦、張り方が違う」
「分かるの?」
セリナが聞く。
「同盟国式。湿気に強い張り方」
短い解説だったが、狩人らしい着眼点だった。フィアナが少し驚いた顔をする。
「よく気付いたわね」
「森だと、道具の違いで命が変わるから」
さらりと言われた一言に、フィアナは何も返せなかった。ノアなりの、この場への向き合い方があるようだった。
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その時だった。使節団の中から、一人の男性が歩いてくる。四十代くらい。優しそうな顔。フィアナを見る。そして目を見開いた。
「フィアナか?」
静かになる。フィアナも驚いていた。
「叔父さま?」
知り合いだった。どうやら親族らしい。周囲も少し驚く。フィアナの叔父は笑顔になった。
「元気そうだな」
「うん」
フィアナも少し笑う。いつもより柔らかい笑顔だった。
叔父は周囲を見る。リリアたちを見る。そして聞いた。
「友達か?」
フィアナが少しだけ黙る。ほんの一瞬。それから答えた。
「そう」
自然な答えだった。リリアを見る。ミレーユを見る。みんなを見る。そして、
「大事な友達」
静かになる。フィアナ自身も少し照れた。言った後に気付いたらしい。
だが、リリアは嬉しそうだった。
「友達」
「知ってる」
フィアナが笑う。以前なら否定していた。今はしない。それだけで大きな変化だった。
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見学は順調に進んだ。訓練場を案内する。校舎を案内する。図書館を案内する。リリアは途中で迷子になった。案内役なのに。
「どうして?」
フィアナが聞く。
「分からない」
本人にも分からなかった。ノアが黙って、迷子になったリリアを見つけ出しては連れ戻す係を自然と担っていた。森育ちの勘は、帝都の校舎内でも意外に役立つらしい。
「早い」
「見失う方が難しい」
短い会話だったが、頼もしさが滲んでいた。
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夕方、見学は終了した。使節団も帰っていく。フィアナの叔父が最後に言う。
「良い友達を持ったな」
フィアナは少し照れながら頷いた。
「うん」
短い返事だった。だが、迷いはなかった。
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使節団が見えなくなる。夕焼けが広がる。皆で帰り道を歩く。いつも通りだった。だが、フィアナの表情は少し明るかった。
「よかったね」
ミレーユが言う。
「うん」
「安心した?」
「少し」
本音だった。帝国へ来てから、故郷と距離ができた気がしていた。だが違った。故郷はちゃんと残っている。友達もできた。帰る場所もある。それが分かった。
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その時、リリアが言う。
「フィアナ」
「なに?」
「元気になった」
フィアナが少し驚く。見抜かれていた。
「そうかも」
そして笑う。夕日に照らされたその笑顔は、帝都へ来た頃よりずっと自然だった。
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その頃、帝城の一室。若手交流大会の報告書が再び開かれていた。
『リリア・フォルネス』
『特殊治癒能力保有』
『同盟国との交流良好』
新しい一文が加えられる。帝国は今、静かに変化し始めていた。その中心にいる少女は、当然ながら、そのことを全く知らない。
本人は帰り道で、
「晩ご飯楽しみ」
そんなことを考えていた。




