第27話 「回復水の価値」
若手交流大会の翌週。リリアは呼び出されていた。
「また?」
開口一番だった。エリス教官がため息をつく。
「またよ」
最近少し慣れてきた。リリアが何かすると、呼び出しが発生する。本人は不思議だった。
「私は何もしてない」
「迷子になった」
「ちょっと」
「食堂でデザートを三つ取った」
「ちょっと」
「訓練場の壁に登った」
「降りなさい」
いつもの流れだった。
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職員室へ入る。そこには見知らぬ人物がいた。白衣を着ている。年配の男性だった。眼鏡をかけている。いかにも研究者だった。
「この子ですか」
「そうです」
エリス教官が答える。嫌な予感がした。昔も似たことがあった。故郷で。回復水を調べられた時だ。
「座ってください」
研究者が言う。
「帰りたい」
「まだ始まってません」
正論だった。リリアは座った。隣にはミレーユもいる。なぜか毎回付き添いである。
「証人だから」
エリス教官が言った。最近その役目が定着していた。
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研究者は紙を取り出した。そして言った。
「回復水について調査したい。以前、故郷の学校でも調査記録があるようですが」
「知ってる。カイルさん」
「その記録も引き継いでいます」
研究者は頷きながら続けた。
「今日確認したいのは、当時からの変化についてです。あなたは十一歳、当時の記録から、レベルも大きく上がっています」
「変わってるの?」
「それを、今から確かめます」
初めて聞く視点だった。エリス教官も、少し興味深そうに耳を傾けていた。
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実験開始。まず植物。ぽたっ。以前の記録より、明らかに早く葉が起き上がった。次は傷付いた鳥。ぽたっ。傷が、ほとんど跡形もなく消えた。次は枯れかけた薬草。ぽたっ。ただ元気になるだけでなく、色つやまで戻った。
研究者が固まる。何度もメモを書く。以前の記録と、今の結果を交互に見比べる。手が止まらなかった。
「どうですか?」
エリス教官が聞く。
研究者は黙り込む。そして、
「上がっている」
第一声だった。
「何が?」
リリアが聞く。
「効果です。当時の記録と比べて、明らかに」
研究者は数字を書き出しながら言う。
「レベルの上昇に比例するように、回復水の性能も上がっている。つまり、あなたが成長するほど、この力も成長し続けているということです」
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「治癒魔法ではありません」
「水魔法でもありません」
「どちらとも違う。そして、成長を続ける未知の力です」
静かになる。リリアだけ分かっていない。
「強い?」
「ものすごく貴重です。しかも、まだ上限が見えていない」
即答だった。研究者は真面目な顔になる。
「リリアさん」
「うん」
「その力は、これから先、多くの人を救えるようになるかもしれません」
静かな声だった。
「戦争でも」
「災害でも」
「病気でも」
少し重い話だった。十一歳の少女には。研究者は慌てて言葉を換える。
「つまり、これからもっと凄くなる、ということです」
「おお」
そっちは分かった。
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そこで、研究者がふと思いついたように言う。
「一つ、試していないことがあります」
「なに?」
「今までは、一滴だけで効果を見てきました。もし、たくさん出せるとしたら、どうなるか」
リリアは首をかしげた。
「いっぱい出す?」
「試したことは?」
「ない、と思う」
いつも、ぽたっ、で終わっていた。それ以上、という発想自体がなかった。
「やってみられますか」
「うん」
用意されたのは、大きめの木桶だった。リリアは両手をかざす。いつも通り、集中する。
ぽたっ。
まずは一滴。いつも通りだった。研究者が頷く。
「そこから、もう少し」
リリアは目を閉じる。もう少し、もう少し、と念じてみる。何がどう変わるのか、自分でもよく分からなかった。ただ、これまでよりも、少しだけ強く念じた。
ぽこん。
大きな水球が生まれ、桶の中へ落ちた。一滴どころではない。顔ほどの大きさの水の塊が、そのまま桶いっぱいに広がった。
「……え」
リリアが一番驚いていた。研究者は完全に固まっていた。エリス教官も、珍しく声を失っていた。
「今の、何?」
リリアが自分の手を見る。
「今のが、答えです」
研究者の声が震えていた。
「一滴しか出せない、という前提自体が、間違っていたのかもしれません」
これまで誰も、一滴以上を試そうとしなかった。故郷でも、帝都でも。回復水は「少しだけ出るもの」という前提で、ずっと扱われてきた。だが、今、目の前で、その前提が崩れた。
「もう一回」
「待ってください、記録を」
研究者は慌ててペンを走らせる。手が追いついていなかった。
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実験終了。リリアは解放された。職員室を出る。廊下を歩く。ミレーユは少し考えていた。
「リリア」
「なに?」
「すごい力なんだね。しかも、まだ伸びてるって。しかも、いっぱい出せるって」
「そうなの?」
「そうだと思う」
リリアは少しだけ黙る。珍しかった。そして聞く。
「怖い?」
ミレーユは驚く。リリアがそんなことを聞くとは思わなかった。
「ううん」
笑う。
「リリアだから」
その答えに、リリアも笑った。少し安心したらしい。
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放課後、いつもの場所、中庭のベンチ。フィアナ、セリナ、エレノア、ルシェ、そしてノア。全員集まっていた。制服姿のノアが、まだ少し慣れない様子で端の方に座っている。
「遅いです!」
ルシェが言う。
「研究されてた」
「また?」
全員が納得した。もう慣れている。完全に。ノアだけが少し不思議そうな顔をしていたが、フィアナが小声で「よくあること」と説明すると、それだけで納得したようだった。
「結果どうでしたの?」
エレノアが聞く。
リリアは少し考える。三秒、五秒。そして答えた。
「いっぱい出せるようになったらしい」
全員が固まった。
「いっぱいって?」
セリナが聞く。
「桶いっぱい」
「今までは?」
「一滴」
全員笑った。絶対説明不足だった。だが、大まかな凄さだけは、なんとなく伝わったようだった。
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その後、ルシェが持ってきた焼き菓子を食べる。セリナが訓練の話をする。フィアナが授業の愚痴を言う。エレノアが紅茶を飲む。ノアは黙って皆の会話を聞きながら、時々小さく頷いていた。いつもの、けれど少し増えた、賑やかな時間だった。
リリアは思う。凄い力。そうなのかもしれない。もっと伸びるのかもしれない。桶いっぱいの水が、これからどうなるのかも、まだ分からない。でも、今はまだ実感がなかった。それよりも、友達と過ごす時間の方が大事だった。
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その時、ルシェが思い出したように声を上げた。
「そういえば、聞きました?」
「何を?」
「工房の話です。前に少しお世話になった、ティアさんのところ」
その名前に、リリアがぱっと顔を上げた。
「ティア?」
「商人科の授業で、帝都の武具卸商の方と話す機会があって。そこで聞いたんですけど」
ルシェは少し得意げに続けた。
「帝都の一流工房が、腕のいい若手職人を探してるらしくて。故郷のドワーフの工房が、候補に挙がってるみたいなんです」
「ティアの工房?」
「はっきりとは聞いてませんけど、たぶん。あの安物でも手を抜かない仕事ぶり、噂になってたみたいで」
リリアの目が輝いた。
「ティアも帝都来る?」
「まだ分かりません。話が来ただけで」
それでも、リリアには十分な情報だった。
「会いたい」
「気が早いです」
ルシェが苦笑する。だが、その顔にも、少し期待するような色が浮かんでいた。ノアが編入し、輪はまた少し広がった。もしティアも帝都に来ることになれば、さらに賑やかになる。そんな未来を、誰もがなんとなく想像していた。
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夕日が沈む。帝都の空が赤く染まる。
その頃、帝都の別の場所。若手交流大会を見ていた老紳士が、新しい報告書を読んでいた。
『回復水、レベル上昇と連動して性能向上を確認』
『本日、初めて大量生成に成功。一滴から、桶一杯規模へ』
『成長の上限、未だ不明』
『帝国としての取り扱いを、改めて検討する必要あり』
老紳士は、ペンを止めたまま、しばらく報告書を見つめていた。そして、ひとりごとのように呟いた。
「桶一杯、か」
その声には、これまでとは少し違う響きがあった。興味だけではない、何か別の感情が混じっているようだった。
だが、今のリリアは知らない。自分の価値が、少しずつ、けれど確実に、帝都の上層部の中で大きくなり始めていることを。
本人は帰り道で、
「明日のデザート何かな」
そして、
「ティア、いつ来るかな」
その二つを、同じくらいの重さで考えていた。




