第3話 「小さな水滴」
入学から一週間、リリアは元気だった。
非常に元気だった。
「ミレーユ!」
「なに?」
「友達!」
「知ってる」
毎日確認している。なぜか確認している。教室へ入り、いつもの席、いつもの隣、いつものミレーユを見つけると、リリアは満足そうに笑った。
「今日も可愛い」
「ありがとう」
最近は慣れ始めていた。
慣れてはいけない気もした。
その日の授業は魔法だった。生徒たちが訓練場へ集められる。担当教師はアリア、ランク3魔法の使い手である。
「今日は魔法適性を確認します」
生徒たちがざわついた。冒険者にとって魔法は重要だ。使える者、使えない者で、この先の人生が変わってくる。
「まずは水属性」
順番に前へ出る。水球を出す者、小さな流れを作る者、様々だった。ミレーユも成功する。小さな水球が浮かび、
「すごい!」
リリアが拍手すると、ミレーユは少し照れた。
「次、リリア・フォルネス」
呼ばれて、リリアが前へ出る。教師が頷いた。
「やってみて」
「うん」
両手を出し、集中する。そして——
ぽたっ。水滴。終了。
「……」
「……」
「……」
静かだった。一滴だった。本当に一滴だった。
リリアが教師を見る。
「終わった」
「そうね」
教師も困っていた。後ろから笑い声が聞こえる。
「水滴だって」
「雨の真似か?」
「すごーい」
全然すごくなかった。リリアは首をかしげる。
「成功したよ?」
「成功はしてるわ」
教師が答えた。難しい顔だった。
その時、後ろで小さな悲鳴が上がった。
「いたっ!」
転んだ生徒がいた。手のひらを擦りむいている。小さな傷だ、大したことはない、そのはずだった。リリアが近付く。
「大丈夫?」
「う、うん」
「治るよ」
ぽたっ。
水滴を落とす。数秒、誰も口を開かなかった。傷を見ている生徒も、周りで見ていた生徒も、教師でさえも、何かを待つように黙っていた。
そして、傷が薄くなった。
「えっ?」
生徒が固まる。教師も固まる。周囲も固まる。リリアだけが、いつも通りだった。
「ほら」
「え?」
「治った」
「え?」
「だから治った」
説明になっていなかった。教師が駆け寄る。
「もう一回」
「うん」
ぽたっ。また傷が薄くなる。
「……」
教師は黙ったまま、三回、四回、五回と確かめさせた。傷は、完全に治っていた。
周囲がざわつく。
「治癒魔法?」
「でも水だぞ?」
「回復したよな?」
生徒たちが騒ぎ始める中、ミレーユも驚いていた。
「リリア」
「なに?」
「それすごいんじゃない?」
「そう?」
「そうだと思う」
本人だけピンと来ていなかった。
その日の放課後、教師室でアリア先生は頭を抱えていた。
「治癒付き水属性……?」
聞いたことがない。前例もない。そこへリリアが顔を出す。
「先生ー」
「どうしたの!?」
「帰る」
「そう」
普通だった。
「あと質問」
「なに?」
「肩こり治せる?」
「まず怪我を治しなさい」
用途がおかしかった。
帰り道、リリアは上機嫌だった。
「お腹空いた」
「今日の感想それ?」
ミレーユが呆れる。
「魔法すごかったよ」
「そうかな」
「絶対そう」
「じゃあ肩こりも」
「肩こりから離れて」
真面目な話にならないまま、夕暮れ、二人は校門で別れる。
「また明日」
「うん」
「可愛いね」
「それもまた明日でいいから」
ミレーユは笑った。
その頃、学校の教師室では。
「報告書を書くべきか」
「書いた方がいい」
「帝国に?」
「帝国に」
重要な話し合いが、静かに行われていた。
リリアはまだ知らない。自分の水魔法が、帝国中を騒がせる種になることを。本人の関心は、晩ご飯がシチューかどうかだった。




