第25話 「もう一度会いたい」
実習から三日後。リリアは考えていた。珍しく。かなり珍しく。真面目な顔だった。
ミレーユが少し心配する。
「どうしたの?」
「ノア」
「ノア?」
「会いたい」
なるほど。いつも通りだった。安心した。
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昼休み、食堂。リリアはテーブルに突っ伏していた。
「ノア来ない」
「帝都校の生徒じゃないから」
フィアナが言う。
「遠いし」
「そう」
少し残念そうだった。あの日、木の上から降りてきた横顔を、リリアはよく覚えていた。無口で、少し不器用で、けれど弓を構えた瞬間だけは誰よりも鋭かった。もう一度会いたい、という気持ちは、思ったより強かった。
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その時、ルシェが走ってくる。商人学校の制服姿だった。最近は時々こうして昼休みに顔を出す。
「皆さん!」
元気だった。非常に。
「面白い話があります!」
嫌な予感がした。主にミレーユが。
ルシェが一枚の紙を広げる。依頼書だった。
「商人科の実習で、依頼の仲介先を探してたんです。そしたら、これを見つけて」
「森の護衛依頼です!」
全員が見る。ベルナルト森林地帯。見覚えのある名前だった。
「ノアの森」
リリアが言う。
「ノアの森じゃないわよ」
フィアナが突っ込む。
「でもいる」
それはそうだった。
「実は」
ルシェが少し声を落とす。
「商隊の一つが、最近あの森を通る時、道案内を頼める狩人を探してるらしくて。もしかしたら、その狩人さんって……」
「ノアだ」
全員の意見が一致した。
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依頼は初心者向け。商隊護衛。学校から参加者を募っているらしい。リリアは即答した。
「行く」
全員分かっていた。そう言うと思った。
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数日後、依頼当日。森へ到着する。商隊を護衛しながら進む。順調だった。魔物も少ない。危険もない。
そして、いた。ノアだった。木の上からこちらを見ている。
「いた!」
リリアが叫ぶ。ノアが驚く。明らかに驚く。木の枝から音もなく降りてきて、まじまじとリリアたちを見た。
「なんでいるの」
「依頼」
「そう」
数秒沈黙する。それから、少しだけ笑った。本当に少しだけ。
「変な人」
「よく言われる」
もはや定番だった。
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その後、ノアも道案内として同行することになった。単なる案内役ではなかった。歩きながら、獣道の見分け方、危険な茂みの気配、風向きから読む魔物の位置。一つ一つ、リリアたちに教えてくれた。
「すごい」
「普通」
謙遜だったが、商人たちは何度も感心の声を上げていた。
途中、小さな群れに遭遇した。三日前とは違い、今度はセリナやフィアナも、ノアの矢の呼吸に合わせて動けた。矢が飛び、剣が振るわれる。連携は、まだ完璧とは言えない。だが確実に、噛み合い始めていた。
「息合ってきた」
セリナが言う。
「そう?」
「そう」
短いやり取りだったが、ノアの表情が少しだけ柔らかくなった気がした。
この一件をきっかけに、ベルナルト方面を通る護衛依頼のたびに、ノアが同行することが増えていった。回数を重ねるごとに、連携はますます滑らかになり、リリアたちの間でも「ノアがいると安心する」というのが、いつしか共通の認識になっていた。
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依頼終了。夕方、森が赤く染まっていた。帰る時間だった。
商人達を見送った後、六人とノアは、森の入り口でしばらく立ち話をしていた。
「ノアはずっとここで暮らしてるの?」
「うん」
「お祖父さんと?」
ノアは頷いた。
「じいちゃんは、もう歳だから。狩りはあまりできない。だから、私が」
短い言葉の中に、色々なものが詰まっていた。ノアにとって森は、好きな場所であると同時に、離れられない場所でもあった。
リリアはしばらく考える。それから、思い切ったように言った。
「帝都来ない?」
全員が止まる。ノアも止まる。
「え?」
さすがに戸惑った顔だった。
「楽しいよ。人多いけど、みんないるし」
単純だった。実にリリアらしい誘い方だった。だが、ノアはすぐには頷けなかった。
「じいちゃんを、一人にできない」
静かな声だった。それが、一番大きな理由だった。
その時、フィアナが口を開く。
「森を出る決心なら、私も少し分かるかも」
同盟国から一人で来た自分の経験を、重ねているようだった。
「離れるのが怖いんじゃなくて、置いていくみたいで嫌なんでしょ」
ノアは驚いたように顔を上げた。図星だったらしい。
「帝都校には、定期的に近郊の実習がある。今日みたいに、この森へ戻る機会も、たぶんまだあると思う」
ミレーユが冷静に付け加えた。
「それに、狩人の腕があれば、帝都でも仕事はいくらでもある」
「でも、入学とか、住む場所とか」
ノアがぽつりと呟いた。誘いは嬉しい。それでも、具体的なことを考えると、簡単には頷けなかった。帝都校への入り方も分からない。祖父を残していくわけにもいかない。かといって、祖父を連れていくあてもない。
その時、森の奥から低い声が響いた。
「その話、聞かせてもらったよ」
木々の間から、白髪の老エルフが姿を見せた。ノアの祖父だった。杖をつきながらも、足取りはしっかりしていた。
「じいちゃん」
「盗み聞きするつもりはなかったんだが、声が届いてな」
老人は、リリアたちを一人ずつ見渡した。それから、優しく目を細める。
「ノア、儂のことなら心配いらん。この森には、まだ他にもウッドエルフの集落がある。儂の古い知り合いも何人かおる。頼めば、面倒を見てもらえるだろう」
「でも」
「お前はもう、十分に儂の面倒を見てくれた。今度は、お前が自分の道を選ぶ番だ」
ノアはしばらく黙っていた。祖父の顔、それからリリアたちの顔を、順に見る。
「一度、じいちゃんに聞いてみる、って言おうと思ってたのに」
「もう答えたようなものだろう」
老人は静かに笑った。
「入学のことも、住む場所のことも、すぐには決まらんだろう。だが、道はあるはずだ。帝都校には、特別な推薦の仕組みもあると聞く」
その言葉に、ミレーユが小さく反応した。
「特別推薦……」
何か思い当たることがあるような顔だった。だが、この場では、それ以上は口にしなかった。
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「一度、じいちゃんに聞いてみる」
さっきと同じ言葉を、ノアはもう一度口にした。だが、その響きは、さっきよりずっと軽かった。
リリアは満足そうに笑う。
「うん」
いつか、また一緒に歩ける気がした。ノアも少しだけそう思った。木の上からではなく、隣を歩く日が来るかもしれない。そんな予感が、初めて胸の中に、はっきりとした形で芽生えていた。
こうして、森の射手ノアは、少しずつリリアたちの輪の中へ近付いていく。まだ仲間ではない。けれど、もう他人でもなかった。そして、その先に続く道が、少しずつ見え始めていた。




