第24話 「森の射手」
帝都へ来て二週間。ようやく帝都校の生活にも慣れてきた。リリア以外は。
「迷った」
朝一番だった。
「まだ登校中よね?」
「うん」
「どうして迷うのよ」
「帝都だから」
万能の言い訳だった。
「今日は校外実習です」
エリス教官が言った。全員が前を向く。この二週間で、生徒たちも少しずつ分かってきていた。エリスの声のトーンが変わる時は、何かしら気を引き締めるべき時だった。
「帝都近郊のベルナルト森林地帯へ向かいます」
森。調査依頼だった。帝都周辺で小型魔物の目撃情報が増えている。危険度は高くない。だが確認は必要だった。
「冒険だ」
リリアの目が輝く。
「調査よ」
「冒険だ」
もう聞いていなかった。エリスは小さくため息をついた。
「リリア・フォルネス。調査と冒険の違いは、次の座学で説明します」
「楽しみ」
「そういう意味ではありません」
短いやり取りだったが、それでもエリスの口元は、ほんの少しだけ緩んでいた。
---
翌日、ベルナルト森林地帯。帝都から半日ほどの距離にある大きな森だった。木漏れ日が揺れる。風も気持ち良い。故郷の森によく似ていた。
「落ち着く」
リリアが言う。
「分かる」
ミレーユも頷く。フィアナは少し不思議そうだった。
「あなたたち森に慣れてるのね」
「村育ちだから」
「納得したわ」
六人で進む。調査は順調だった。魔物の痕跡を確認する。足跡。爪痕。食べ残し。セリナが観察する。フィアナも周囲を警戒していた。腰には、実習用に貸し出された鋼の剣が下がっていた。
---
その時、ひゅっ。何かが飛んだ。矢だった。全員が足を止める。矢は木に突き刺さった。正確だった。かなり。狙いを外したのではなく、明らかに、警告として狙って撃ち込んだ一射だった。
「止まって」
声が降ってくる。上だった。木の枝の上に、少女が立っていた。銀色がかった髪、少し尖った耳。長弓を構えている。ハーフエルフだった。
構えは崩れていない。矢筒には、まだ何本も矢が残っている。全員がそれに気付き、動きを止めた。
「誰?」
リリアが聞く。
「それはこっち」
少女が言う。警戒していた。明らかに。人慣れしていない、というより、人そのものに慣れていないような目だった。
セリナが一歩前へ出る。両手を軽く上げ、敵意のないことを示しながら。
「帝都校の実習だ。調査で来ている」
少女はしばらく観察する。嘘かどうか確かめているらしい。矢先が、ゆっくりとリリアたちの制服、それから森の入り口の方角へ動く。確認するように何度か視線を往復させた。やがて、静かに弓を下ろした。
「そう」
短い返事だった。それでも、明らかに警戒が緩んだのが分かった。
---
リリアが近付く。
「可愛いね」
「え」
少女が固まる。いつものだった。フィアナが吹き出す。ミレーユは諦めた顔をしている。
「初対面なのよね?」
少女が言う。
「うん」
「そう」
処理を放棄したらしい。正しい判断だった。
---
事情を聞く。少女の名前はノア。森の近くで祖父と二人で暮らしている。狩人見習い。弓の腕は相当なものらしい。実際、矢の精度は見ただけでも分かった。
「一人で森にいるの?」
「いつも」
「怖くない?」
「森の方が、慣れてる」
ぽつりとした返事だった。それ以上は、あまり多くを語らなかった。ただ、その言い方には、どこか含みがあった。人里よりも、森の方が過ごしやすい。そう聞こえた。
「すごい」
リリアが言う。
「普通」
ノアが答える。謙遜だった。全員がそう思った。
---
その時、茂みが大きく揺れた。全員が反応する。小型魔物、三体。ウルフ系だった。飛び出してくる。
セリナが剣を抜く。刃が陽の光を弾いた。フィアナも前へ出る。だが、一番早かったのはノアだった。
矢を三本、指の間に挟んで一気に構える。呼吸を整える間もなく、放った。
ひゅっ。ひゅっ。ひゅっ。
ほぼ同時。三体とも、狙い違わず足を撃ち抜かれる。動きが止まる。恐ろしいほどの精度だった。狙いを一体ずつ変えながら、三本を瞬時に放つなど、並の狩人にできる芸当ではなかった。
その隙を逃さず、セリナが飛び込む。
がきん。がきん。がきん。
刃が確実に急所を捉える。終了。全員が固まった。綺麗すぎた。連携したわけではない。初対面同士の、たまたま噛み合った動きだった。だが、まるで何年も一緒に戦ってきたかのような完璧さだった。
「すごい!」
リリアが拍手する。ノアが少し照れた。分かりやすかった。
「別に」
全然別にではなかった。
「今の、いつも一人でやってるの?」
「うん」
「連携する人いなかったの?」
ノアは少し黙った。それから、小さく答えた。
「いない」
短い言葉だったが、その一言には、思ったより重いものが含まれている気がした。リリアはそれ以上、深くは聞かなかった。
---
調査終了後、六人は森の出口までノアと一緒に歩いた。会話はあまり続かない。ノアは元々無口だった。だが、沈黙は嫌ではなかった。不思議な空気だった。
「今日の記録、教官に見せたら褒められるかも」
ミレーユが呟く。
「エリス先生、褒めるの?」
「褒める、より、認める、って感じかな」
想像すると、少し面白かった。
別れ際、
「またね」
リリアが言う。ノアは少し考える。それから小さく頷いた。
「……うん」
短かった。けれど、確かな返事だった。「いない」と答えた時とは、少し違う響きだった。
森の射手、ノア。リリアは直感する。また会う。きっと。理由はうまく説明できなかったが、木の上から降りてきたばかりのその横顔が、なぜか、これからも何度も見ることになる気がした。




