第23話 「フィアナの本音」
帝都へ来て一週間が過ぎた。フィアナは、なぜか、毎日一緒に昼食を食べていた。
「たまたまよ」
本人は言う。毎日言う。説得力はなかった。
食堂。いつもの席。リリア、ミレーユ、セリナ、エレノア、そしてフィアナ。五人だった。ルシェは商人学校なので別だった。時々顔を出す。今日は来ない。
「美味しい」
リリアが言う。
「食べて三秒で?」
ミレーユが聞く。
「美味しい」
二回目だった。よほど美味しいらしい。フィアナはその様子を見て、小さく笑っていた。この一週間で、ずいぶん見慣れた光景になっていた。最初は、たまたま道案内をしただけの相手だった。それが、気付けば毎日同じ席に座っている。自分でもよく分からない流れだった。
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その時、近くの席から声が聞こえた。
「同盟国の奴だろ」
ひそひそ声だった。だが、聞こえた。
「何で帝国にいるんだ?」
「先の国境紛争、あっち側だったんじゃないか」
「よく平気で来られるな」
笑い声。小さい。けれど、確かに聞こえた。声の主は、少し離れた席にいる上級生らしき数人だった。直接絡んでくるわけではない。ただ、聞こえよがしに、こちらを見ながら話している。
フィアナの表情が曇る。ほんの少しだけ。フォークを持つ手が、一瞬止まった。だが、リリアは見逃さなかった。
「知り合い?」
「違う」
フィアナが答える。
「気にしなくていい」
慣れている声だった。それが、一番悲しかった。慣れているということは、これが初めてではないということだった。
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セリナが席を立ちかけた。目つきが変わっていた。
「あいつらか」
「やめて」
フィアナが慌てて止める。
「本当に、気にしなくていいから」
「気にするよ」
セリナは低い声で言った。
「敵意を向けられて平気な顔してる奴なんて、いない」
エレノアも眉をひそめていた。
「わたくしも一言申し上げたい気分ですわ」
「エレノアまで」
ミレーユは何も言わなかった。ただ、じっと相手の席を見ていた。それから、静かにフィアナへ視線を戻す。
「言い返さなくていいなら、それでいい。でも、我慢しなくていいってことは、覚えておいて」
その言葉に、フィアナは少し目を伏せた。誰かにそう言われるのは、久しぶりだった。
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昼食後、フィアナは一人で行ってしまった。
「追う?」
セリナが聞く。
「追う」
リリアが立ち上がる。即決だった。
「私たちは?」
ミレーユが聞く。
「二人で大丈夫だと思う」
セリナが言った。理由は分からなかったが、なんとなく、そんな気がした。
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帝都の中庭。フィアナはベンチに座っていた。一人だった。風が吹く。木々が揺れる。静かな場所だった。
リリアが隣へ座る。
「いた」
「見れば分かる」
元気はあまりない。それでも返事はしてくれた。しばらく沈黙が続く。珍しかった。リリアが黙っている。フィアナも黙っている。ただ、風の音だけが二人の間を通り過ぎていった。
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やがて、フィアナが口を開いた。
「帝国って、嫌いだったの」
小さな声だった。
「うん」
リリアは聞く。
「同盟国では」
「帝国の人は意地悪だって聞いてた」
少し笑う。寂しそうに。
「戦争の話も、よく聞かされた。国境の村を燃やしたのは帝国だとか、そういう話。子供の頃から、ずっと」
「本当に?」
「分からない。私が生まれるずっと前の話だから」
フィアナは膝の上で、手を重ねる。
「でも、帝国でも同盟国は嫌われてるって聞いてた。だから留学の話が来た時、みんな反対した。危ないって」
また風が吹く。
「半分くらい本当で」
「半分くらい違った」
複雑だった。子供には、少し難しい話だった。それでも、リリアは聞いていた。目を逸らさずに、ちゃんと聞いていた。
「良くしてくれる人もいる。さっきみたいに、嫌な顔する人もいる。どっちも本当なんだと思う。でも」
フィアナが空を見る。
「分からなくなるの。何を信じればいいのか」
本音だった。ずっと、誰にも言えずにいた本音だった。
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リリアはしばらく考える。珍しく、ちゃんと考えた。眉を寄せて、真剣な顔だった。そして言う。
「私も分からない」
フィアナが見る。
「え?」
「帝国とか」
「同盟国とか」
リリアは首を傾げる。
「難しい」
正直だった。とても。
「国のこととか、昔のこととか、私にはよく分からない。頭良くないから」
「それは自分で言うことじゃないと思う」
フィアナが思わず苦笑した。
「でも」
リリアは続ける。少しだけ、真剣な顔のまま。
「フィアナが、今、目の前で困ってるのは分かる。悲しい顔してるのも分かる」
一拍置いて、
「フィアナは好き」
静かになる。フィアナが固まる。
「何それ」
「友達だから」
「まだ友達って言ってたの?」
「言ってる」
即答だった。フィアナは吹き出した。思わず。本当に思わず。笑ってしまった。
「変な人」
「よく言われる」
「知ってる」
しばらく二人で笑う。笑いながら、フィアナは目の端が少し熱くなるのを感じた。誰かの国籍とか、過去の戦争とか、そういうものを一切気にせず、ただ「フィアナが好き」と言ってくれる人。そんな人に会ったのは、帝国に来て初めてだった。いや、もしかしたら、故郷にいた頃も、こんな風に真っ直ぐ言われたことはなかったかもしれない。
「ありがとう」
小さな声だった。リリアには、はっきり聞こえた。
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夕方、帰り道。帝都の街を歩く。沈む夕日が綺麗だった。少し歩いたところで、フィアナが足を止める。
「リリア」
「なに?」
フィアナは、しばらく言葉を探すように黙っていた。それから、意を決したように口を開く。
「友達でもいいかも」
一瞬だった。本当に小さな声だった。だが、リリアには聞こえた。満面の笑みになる。
「やった」
その笑顔を見て、フィアナは少しだけ後悔した。言うんじゃなかったかもしれない。こんなに喜ばれると、少し恥ずかしい。それでも、悪くなかった。むしろ、胸の中が久しぶりに軽かった。
「でも」
フィアナが付け加える。
「まだ半分よ」
「半分?」
「友達、半分」
「じゃあ次で満分にする」
「満分って言葉、ないと思う」
二人で笑いながら、帝都の街を歩いた。
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翌日、食堂での昼食に、フィアナはいつも通りやってきた。
「たまたまよ」
いつもの台詞だった。だが、その声には、昨日までとは少し違う響きがあった。ミレーユがそれに気付いて、小さく笑う。
「もう隠さなくていいんじゃない?」
「何のこと?」
「別に」
フィアナは何も言わず、リリアの隣に腰を下ろした。
「今日も可愛いね」
リリアが言う。
「その台詞、一日一回は絶対言うわね」
「言う」
「毎日?」
「毎日」
否定はしなかった。
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その日の夜、リリアは寮の部屋で、ぽつりと呟いた。
「六人目」
ミレーユが顔を上げる。
「フィアナ?」
「うん」
満足げな声だった。だが、そこには、いつもの軽いノリだけではない、もう少し重みのある響きが混じっていた。可愛いから、というだけの理由ではない。今日、あの中庭のベンチで、フィアナが誰にも見せなかった顔を見せてくれた。その事実の方が、リリアには、ずっと大きかった。
「可愛いだけじゃないよ」
「知ってる」
ミレーユは静かに頷いた。
同盟国の少女、フィアナ・ルーベルト。帝都で初めて、心から信頼できる友達を見つけた日だった。そして、リリアの可愛い子リスト、六人目が、これまでのどの追加よりも、少しだけ確かな重みを持って刻まれたのである。




