第22話 「迷子と留学生」
帝都へ来て二日目だった。
「大きいなぁ」
窓から外を眺めながら、リリアは呟いた。
「昨日からそればっかりね」
向かいの席で朝食を食べていたミレーユがため息をつく。昨日は帝都へ到着し、手続きを済ませ、さらにルシェとも再会した。まだ二日目だというのに、リリアの中ではすでに帝都は面白い場所認定されていた。
「今日は迷子にならないでね」
「ならないよ」
即答だった。ミレーユは信用していなかった。セリナも信用していなかった。エレノアも信用していなかった。ルシェも信用していなかった。本人だけが信用していた。
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朝食後、四人は教室へ向かう予定だった。正確には、向かう予定だった。リリア以外は。
「あれ?」
気付けば一人だけ別の場所にいた。
「ここどこだろう」
迷子だった。予想通りだった。
寮を出たまでは覚えている。食堂へ向かった。途中で大きな噴水を見つけた。少し見た。さらに綺麗なお店を見つけた。少し見た。気付いたら知らない場所にいた。完璧だった。
「おかしいなぁ」
辺りを見回す。知らない建物。知らない通り。知らない人。分かるものが何もない。帝都は広かった。そして人が多かった。
「困った」
少しだけ困る。少しだけである。
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その時だった。
「あなた」
後ろから声がした。リリアが振り返る。そこには一人の少女が立っていた。長い金髪、碧い瞳、整った顔立ち、見慣れない制服。年齢は同じくらいだろう。そして、とても可愛かった。
「可愛い」
リリアが言った。少女が固まった。
「は?」
正常な反応だった。
「可愛いね」
「初対面よね?」
「うん」
「安心したわ」
何も安心できる要素はなかった。少女は深いため息をついた。
「それより」
「迷子?」
「たぶん」
「確実に迷子ね」
即断された。否定は難しかった。
「学校はどこ?」
「帝都冒険者育成学校」
少女が納得したように頷く。
「やっぱり」
「分かるの?」
「制服を見ればね」
確かにその通りだった。少女は踵を返す。
「ついてきて」
「案内してくれるの?」
「迷子を放置できないもの」
優しかった。リリアは素直についていく。
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二人で帝都の大通りを歩く。商人たちの呼び声。行き交う馬車。忙しそうに歩く人々。帝都らしい賑わいが広がっていた。リリアはきょろきょろしながら歩く。
「本当に大きい」
「田舎から来たの?」
「うん」
「なるほど」
納得された。
しばらく歩いたところで、リリアが聞く。
「名前は?」
少女は少しだけ考えた後、
「フィアナ」
と答えた。
「フィアナ・ルーベルト」
綺麗な名前だった。
「私はリリア」
するとフィアナは頷いた。
「知ってる」
今度はリリアが固まる。
「有名なの?」
「少しだけ」
その言い方は、単なる社交辞令ではなかった。新人大会での独創的な戦闘スタイル、正体不明の回復水、そして推薦候補としての名前。帝都冒険者育成学校の生徒の間では、すでに何度か噂に上っていた。それをフィアナも小耳に挟んでいたらしい。
「回復水を作る子」
「作れる」
短い返事だった。有名だと言われても、本人にはまだあまり実感がなかった。
「変な反応するのね。普通、有名だって言われたらもっと得意げになるものよ」
「なるの?」
「私だったらなるわ」
そう言いながら、フィアナは少しだけ笑った。
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「フィアナは帝都の人?」
その質問に、フィアナは少しだけ表情を変えた。
「違うわ」
静かな声だった。
「私は同盟国出身」
リリアは頷く。四国同盟。帝国の隣に存在する国々。授業でも習ったことがある。
「交換留学生みたいなものね」
「へぇ」
リリアは頷く。それだけだった。反応が薄い。フィアナが少し驚く。
「それだけ?」
「うん」
「驚かないの?」
「なんで?」
逆に聞き返された。フィアナは言葉に詰まる。
帝国に来てから、何度も同じ流れを経験してきた。同盟国出身だと分かった瞬間、相手の目つきが変わる。警戒する者もいれば、物珍しそうに距離を詰めてくる者もいた。中には、はっきりと嫌悪を向けてくる者さえいた。同盟国と帝国の間には、まだ完全には消えない緊張が横たわっている。そのことを、フィアナは肌で知っていた。
だから、目の前の少女の反応の薄さに、逆に戸惑った。
「普通、もう少し何か言うものよ」
「何を?」
「同盟国なんだ、とか。仲良くできるかしら、とか。あるいは、その逆とか」
リリアはしばらく考える。真剣に考えているようだった。それから、首を傾げた。
「フィアナはフィアナでしょ?」
フィアナが目を見開く。
「え?」
「同盟国の人でもフィアナだし」
当然のように言う。国とか、立場とか、そういうものより先に、目の前にいる一人の人間を見ている、そんな言い方だった。フィアナが何かに身構える理由が、最初からなかった。
そして、リリアは続けた。
「可愛いし」
余計な一言まで付いていた。
フィアナが吹き出した。思わず笑ってしまう。
「あははっ」
久しぶりだった。こんな風に、何も考えずに笑ったのは。同盟国から来て以来、どこか気を張っていた自分に、初めて気付いたような気がした。
「変な人ね」
「よく言われる」
実際よく言われる。
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やがて巨大な校舎が見えてきた。帝都冒険者育成学校。寮も見える。完全に帰ってきた。
「着いたわ」
「本当だ」
リリアが感心する。本当に着いていた。一人ならたどり着けなかっただろう。
「ありがとう」
リリアが頭を下げる。フィアナは肩をすくめた。
「今度から迷子にならないで」
「頑張る」
信用できなかった。フィアナにも分かった。
「無理そうね」
「うん」
二人で少し笑う。
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その時、遠くから声が聞こえた。
「リリアー!」
ミレーユだった。後ろにはセリナ、エレノア、ルシェの姿もある。全員かなり慌てていた。
「見つけた!」
「いたな」
「いましたわね」
「いましたね!」
四人が駆け寄ってくる。リリアは笑顔だった。
「見つかった」
「当たり前よ!」
ミレーユが即座に突っ込む。
フィアナはその様子を見て少しだけ笑った。こんな賑やかな集団は珍しい。そして、その中心にいる少女も。
「ありがとうございました」
ミレーユが頭を下げる。フィアナは軽く手を振った。
「気にしないで」
そう言いながらも、どこか楽しそうだった。
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フィアナは踵を返し、来た道を戻り始めた。数歩進んだところで、ふと足を止め、振り返る。
「また迷子になったら、そのあたりを歩いてるから」
「見つけてくれる?」
「気が向いたらね」
素っ気ない言い方だった。だが、その口元は、少しだけ緩んでいた。
リリアは小さく手を振る。
「じゃあね、フィアナ」
「ええ」
遠ざかっていくその背中を見ながら、リリアはふと思う。同盟国から来た、少し不思議な少女。今日出会ったばかりなのに、なんだか、もっと長く知っているような気がした。
帝都での、思いがけない出会いだった。まだ二日目だというのに、この街は、驚くほど多くのものをリリアに見せてくれていた。




