第19話 「帝都推薦」
新人大会から数日後、教室の空気が少し違った。いつもより静かだった。理由は簡単だった。アリア先生の顔が、いつになく真面目だったからだ。
「あの先生の顔」
「何かありますね」
エレノアが小声で頷く。ミレーユも同じことを思っていた。嫌な予感ではない。だが、何かがある。そんな空気だった。
「今日は連絡事項があります」
先生の声で、教室の私語が止む。
「新人大会の結果を受けて」
一拍置いて、先生は続けた。
「帝都推薦候補が決まりました」
その瞬間、教室が一気にざわめいた。帝都。冒険者なら誰もが知っている場所。強者が集まる場所。そして、大きな仕事も、大きな責任も集まる場所。憧れであり、同時に厳しい現実が待つ場所でもあった。
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アリア先生が紙を手に取る。全員が息を詰める。
「まずセリナ・クレスト」
セリナが目を見開いた。しばらく動けなかった。呼ばれるかもしれない、と頭のどこかでは思っていた。それでも、実際に名前を呼ばれると、胸の奥が急に熱くなった。強くなりたい、そのために毎日剣を振ってきた。その全部が、たった今、報われた気がした。
「はい」
立ち上がる。拍手が起こる。セリナは、いつもより少しだけ長く頭を下げた。
「次にエレノア・ローゼンベルク」
再び拍手。エレノアは背筋を伸ばし、堂々と立ち上がった。だが、指先はほんの少し震えていた。貴族としてではなく、一人の見習い冒険者として認められた、その事実が、うまく言葉にならないくらい嬉しかった。
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そして先生が、少しだけ間を置いた。
「リリア・フォルネス」
一瞬、教室が静かになった。全員の視線がリリアに集まる。だが本人だけが、状況をまだ飲み込めていなかった。
「え?」
ぽかんとした顔だった。
「呼ばれてる」
「私?」
「あなた」
隣でミレーユが小さく笑いながら背中を押す。リリアはようやく立ち上がった。最初はぱらぱらと、それから徐々に大きくなる拍手。教室中の視線を一身に浴びながら、リリアは自分の顔が熱くなっていくのを感じた。
こんな経験は初めてだった。可愛い子を集めたい、という理由で冒険者を目指したはずだった。それなのに今、自分の名前が、大きな意味を持って呼ばれている。不思議な感覚だった。
「最後にミレーユ・アスター」
ミレーユも呼ばれる。さらに拍手。四人が教壇の前に並んだ。
アリア先生は、四人の顔を順に見て、微笑んだ。
「よく頑張りました」
短い言葉だった。だが、この一年の全部が、その一言に詰まっている気がした。
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授業終了後、当然大騒ぎになった。
「帝都ですわ!」
「帝都だな」
ミレーユも興奮している。そしてリリアは、
「大きい?」
それだった。
「そこですの?」
「そこ」
即答だった。三人は顔を見合わせて笑った。真面目な話をしていたはずなのに、結局いつも通りだった。それが、少しだけ安心する空気を作っていた。
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放課後、校門にルシェが立っていた。今日も、市場から時間をかけてやって来たらしい。
「ルシェ? また来たの?」
「聞きました!」
開口一番、大きな声だった。
「推薦の話、本当ですか!?」
「なんで知ってるの」
「商人はなんでも知ってるんです!」
胸を張っていたが、種明かしはすぐだった。今回の推薦の件は、帝都との取引を担う商人ギルドにも報告が回っていたらしい。父の店にも、ギルド経由で噂が届いていた。
「父が、リリアさんたちの名前を見て教えてくれて。いても立ってもいられなくて」
「おめでとうございます!」
満面の笑みだった。それから少しだけ、視線が下を向く。
「いいなぁ」
小さな声だった。羨ましさと、寂しさが半分ずつ混ざっているような声だった。
「ルシェも行く?」
「推薦されてませんよ!?」
その通りだった。ルシェは苦笑いしながらも、少し考え込む。市場での日々、値切り交渉、帳簿と向き合った夜のことを思い出しているようだった。
「でも、いつか商人として行きます」
顔を上げて、はっきりと言った。それは、これまでの「地味」という言葉に押し込められていた夢とは、少し違う響きだった。
「絶対、皆さんに負けないくらい大きな商売、帝都でやってみせます」
リリアは笑う。
「じゃあ向こうで会えるね」
ルシェも笑った。
「そうですね。約束です」
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その日の帰り道、夕焼けの中を四人で歩いた。いつもより口数が少なかった。嬉しい。でも、少し不安。そんな気持ちが、誰の胸にもあった。
帝都は遠い。今の生活も変わっていくだろう。新しい仲間が増えるかもしれない。強い相手とも出会うだろう。今日まで積み上げてきたものが、これからどう変わっていくのか、まだ誰にも分からなかった。
リリアは歩きながら、空を見上げた。夕焼けが、いつもより鮮やかに見えた。
「楽しみ」
その一言に、三人が思わず笑う。結局、そういう性格だった。怖がるより前に楽しむ。それが、リリア・フォルネスだった。
四人の影が、夕日に長く伸びていた。まだ知らない景色の方角へ、少しずつ、伸びていくように。




