第15話 「商人娘」
「値切られてる」
「値切られてますわね」
「値切られてるな」
全員が同じ方向を見ていた。鉱山町の市場、その真ん中で、少女が店主相手に必死に言い返していた。
今日は学校からの依頼で薬草を納品しに来ている。護衛でも採取でもない、ただの配達。平和な依頼のはずだった。本来なら。
「いや、これは違うんです!」
年齢はリリアたちと同じくらい。茶色の髪、肩までの長さ、小柄な体格。両手には大量の荷物を抱え、それでも声だけは必死だった。
店主のおじさんが腕を組む。
「高いんだよ」
「適正価格です!」
「高い」
「高くないです!」
言い争いというより、少女が一方的に押されている構図だった。
「何してるの?」
リリアが首を傾げる。
「商売」
「難しそう」
「難しいよ」
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すると、少女がふとこちらを見た。目が合う。そのまま迷いなく走ってきた。
「お願いです!」
全員が驚く。特にミレーユ。嫌な予感がした。最近こういうパターンが多い。
「荷物持ってください!」
予想外の頼みだった。だが、リリアの返事は速かった。
「いいよ」
「早いな!?」
ミレーユが叫ぶ。少女は少し感動していた。
「ありがとうございます!」
荷物を渡される。思ったより重かった。リリアがよろけ、ミレーユが咄嗟に支える。
「重い」
「見れば分かる」
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その後、市場を歩きながら話を聞く。少女は商人見習い、名前はルシェ。父親の露店を手伝っているらしい。
「大変そう」
「大変です!」
力強く頷く。
「最近、全然売れなくて」
「何で?」
「それが分からないんです」
商品は決して悪くない。値段も、周りの店とそう変わらない。それでも、素通りされる。ルシェの声は、いつも少し早口で、少し不安げだった。父の代からの得意先はもう他の店に流れていて、新しい客をどう掴めばいいのか、ずっと手探りだった。
「父はうまいんです、こういうの」
「お父さんは?」
「今日は具合悪くて、寝込んでます。だから、私が」
その一言で、必死さの理由が少し見えた気がした。
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しばらく一緒に売り歩く。商品を並べ替え、値札を書き直し、通りがかる客に声をかける。リリアには、正直よく分からない世界だった。
「なるほど」
「分かりました?」
「全然」
ルシェが崩れ落ちる。
一方、エレノアは妙に詳しかった。貴族教育の一環で経済も学んでいたらしく、値付けの相談に的確な助言をしていた。セリナは値段そのものに興味がなく、ミレーユは真面目に話を聞いていた。理解できていないのは、リリアだけだった。
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昼過ぎ、それでも商品はあまり動かなかった。ルシェが荷物の脇に座り込み、肩を落とす。
「難しいです……」
その声には、疲れがはっきり滲んでいた。
その時、リリアが商品の一つを手に取った。木彫りの小鳥だった。丁寧に彫られた羽の一枚一枚が、日の光を受けて陰影を作っている。
「これ可愛い」
「え?」
ルシェが顔を上げる。
「本当ですか?」
「うん。すごく可愛い」
その声には、お世辞の気配が一切なかった。リリアはいつも本気だった。可愛いと言う時も、困っている人を助ける時も、手加減というものを知らなかった。
その本気の声は、思いのほか遠くまで届いた。
「可愛いのか?」
隣を通りかかった客が足を止める。
「可愛い」
「そんなに?」
「可愛い」
一人、また一人と、人が集まり始めた。リリアの声の大きさと、迷いのなさに、つい足を止めてしまうらしかった。
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気付けば、木彫りの小鳥は次々と売れていった。ルシェが固まる。
「え?」
本当に売れていた。一時間後には、商品はほとんど残っていなかった。ルシェは震える手で、空になった木箱を見つめていた。
「売れた……」
「おめでとう」
「売れたぁぁ!」
泣いた。嬉し泣きだった。
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広場のベンチで一息つく。ルシェが深々と頭を下げた。
「ありがとうございました」
「私何かした?」
「しましたよ!?」
全員が思った。かなりした。
ルシェは久しぶりに、明るい顔で笑った。
「皆さん、冒険者なんですよね」
「見習い」
「そうなんですね……」
少し羨ましそうな声だった。
「ルシェは?」
リリアが聞く。
「商人になりたいんです。父より、もっと大きく商売したい」
即答だった。目には、迷いのない光があった。ティアが鍛冶を語る時の目と、少し似ていた。
「今日、皆さんが来てくれなかったら、たぶん今日も駄目だったと思います」
「そんなことないよ」
「いえ、絶対そうです」
ルシェは静かに、でもはっきりと言い切った。誰かに助けられた、という事実を、ちゃんと受け止めているようだった。
リリアは笑う。
「いいね、その目」
「そうですか?」
「うん」
そして、少し考えたあと、付け加える。
「ルシェも可愛いし」
「関係あります?」
「ある」
なぜか断言した。
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夕暮れ、依頼も終わり、別れる時間になる。ルシェが大きく手を振った。
「また会いましょう!」
「うん!」
市場を後にしながら、ミレーユが聞いた。
「リリア」
「なに?」
「もしかして」
「うん?」
「また増えた?」
リリアは満面の笑みで答えた。
「五人目」
即答だった。
可愛い子リスト、五人目追加。ルシェ・マリオン、未来の優秀な商人。そして、リリアたちの大切な仲間になる少女である。それはもう、時間の問題だった。




