第8話「調査初日夜~五日目」
「ただいま戻りました」
「おかえりなさい、バネッサさん。初日、お疲れ様でした」
「採掘より疲れますね、授業って」
「分かります、コーヒーでもいかがですか」
「あ、嬉しいです。手を洗ってきますね」
初日の調査を終え、バネッサは拠点へ戻ってきた。
アキラが穏やかな笑顔で迎えてくれる。
分かってはいたが、学園の敷地は広大だった。
歩き回るだけでも時間がかかる。
今日は本格的な資源探査は行っていない。
それでも、閉門までに全ポイントを確認しきれなかった。
コーヒーを片手に、バネッサは地図を広げる。
放課後の行動ルートを説明しながら、問題点を整理していった。
「調査に支障が出そうな場所はありました?」
「今日のところは、最初の中庭ですね」
バネッサは地図上を指でなぞる。
「とにかく人目が多いです」
「授業中に抜け出す、とか?」
「南館の教室って、中庭側に窓があるんですよ。授業中でも普通に見られそうです」
「なるほど……少し作戦を考えないといけませんね」
どうしたものかな。
バネッサはコーヒーを飲み干した。
「学校の中で自然に動くというのは、思ったより難しいですね」
「初日ですから。そこまで難しく考えなくても大丈夫ですよ」
「そうでしょうか」
「はい。授業中の様子を見ていましたけど、かなり馴染んでいました」
おそらく、例の望遠鏡で観察していたのだろう。
バネッサは、自分が入れられた教室の位置を思い出して、嫌な想像をした。
もしかすると、望遠鏡で教室内の様子を確認しやすいクラスに入れるよう、裏で手を回していたのかもしれない。
……クロエさんたちなら、やりかねない。
「そうでしたか?」
「ええ。完璧でした。少なくとも、怪しい短期留学生には見えていません」
「怪しい短期留学生」
「明日もその調子で頑張りましょう」
「はーい」
その後、アキラと一緒に夕食を取った。
彼女は料理も得意らしい。
冷しゃぶサラダが驚くほど美味しかった。
「今どきの高校生って、あんな感じなんですね」
「あんな感じ?」
「なんというか……距離感が遠いというか」
バネッサは箸を止めた。
「私、警戒されてるんですかね」
「いえいえ、最初はそんなものですよ」
バネッサは、これまで一緒に仕事をしてきた採取師たちの顔を思い出す。
ギルからは何度も教えられてきた。
仲間とのコミュニケーションは大事だ、と。
山では、相手を知らないことが命取りになる。
だから採取師たちは、もっと距離が近かった。
布団へ潜り込みながら、バネッサは小さく呟く。
「そんなもん……なんですかねえ」
◆ ◆ ◆
翌日。
授業の合間になると、バネッサの席の周囲には自然と人が集まってきた。
バネッサは笑顔を浮かべたまま、生徒たちを観察する。
単なる興味本位の子。
仲良くなろうとしてくれる子。
話題の中心にいる留学生を、とりあえず見に来た子。
色々いる。
だが、距離は少しある。
誰も悪意を向けているわけではない。
けれど、踏み込んでくるわけでもない。
輪の中にいるのに、どこか薄い膜を一枚挟んでいるような感覚があった。
脅威どころか、警戒する必要すら薄かった。
こんな仕事は初めてだった。
放課後。
昨日回りきれなかった調査ポイントを確認していく。
教科書は教室へ置いてきた。
クラスメイトによると、「置き勉」と呼ぶらしい。
毎日教科書を持ち帰らない行為だという。
──じゃあ家で勉強しないの?
──宿題は?
バネッサには少し不思議だったが、任務中に荷物が軽くなるのは、ありがたいので真似をすることにしたのだ。
本日二つ目の調査予定ポイントに着いた。
ここは倉庫の裏で、身を隠す場所が多い。
今日はまだ事前調査だが、明日に備えて予行演習をしてみることにした。
実際に観測するわけではない。
ただ、本番と同じつもりで動き方を確認しておく。
センサーを二つ。
記入用のバインダー。
筆記具。
それらを持ったつもりで、腕を動かしてみる。
……やはりセンサーの持ち替えが忙しすぎる。
その上、いちいち結果を記録用紙に記入する必要がある。
正直、腕がもう一本欲しい。
筆記具に紐をつけて首から下げる。
バインダーに片方のセンサーを固定する。
そういう工夫をしないといけないことが、改めて分かった。
多くの場所には、何らかの死角が存在する。
しかし、図書館横の小庭だけは別だった。
二階の窓から完全に見下ろされている。
敷地全体を見ても、
高校中庭。
図書館横の小庭。
この二か所が調査の難所と言えそうだった。
「作戦って言ってもなあ……」
バネッサは小さくぼやく。
「図書館って、いつも大学生がいますし。どうしたものですかね」
大学生といえば、初日にクロエとアキラを疑ったことを思い出した。
敷地内には私服姿の大学生も普通に歩いている。
──わざわざ、高校生の格好しなくても良かったのでは?
高校生の制服を着て、おろおろしているバネッサを陰で笑っているのでは、と最初は本気で疑った。
だが実際に歩いてみると、中学・高校エリア周辺には大学生の姿がほとんど無い。
用事が無いのだろう。
校舎の配置。
掲示板の内容。
生徒たちの流れ。
教師の視線。
どうやら、私服の大学生として歩けば、かえって目立つ。
結局、この制服姿が一番自然なのは間違いなかった。
それでも、なんとなく釈然としない。
アキラが制服姿のバネッサを確認用に撮影し、ニヤニヤしながらクロエに送っていたことを思い出したからだ。
最後の調査ポイントを確認し、校門へ向かう。
途中、山肌を削り、コンクリートブロックで補強された崖の横を通った。
バネッサは少し眉をひそめる。
──こんなに広い敷地なんだから、ここまで山を削らなくてもいいのに。
二日目は、そんな形で終わった。
明日からはいよいよ本格的な資源調査が始まる。
◆ ◆ ◆
三日目から五日目。
バネッサは死角の多いポイントを中心に、本格的な資源調査を進めていった。
周囲を警戒しながら、鉱石用に調律したセンサーを起動。
夜、アキラと相談しながら調査の練習を行って良い案を思いついた。
鉱石用のセンサーを、右脚の上にベルトで固定する。
立ち上がれば、スカートで隠れる位置だ。
これで、持ち替えるのは、対人センサーと筆記用具だけになる。
しかし、作業効率はかなり上がったが、人に見せられる姿ではない。
まあ、人に見られないために、対人センサーを使うのだが。
鉱物の反応を確認。
それをアキラが用意した調査用紙へ記録。
続いて、対人用センサーを確認。
接近する人物がいないかをチェックする。
これを鉱石の種類ごとに何度も繰り返す。
なかなか骨が折れる作業だった。
しかも、今回は山ではない。
人が大勢いる学園だ。
次の調査ポイントへ移動する際、アキラにつっこまれる。
立ち止まる時は、スマートフォンを見ているふり。
地面を見る時は、落とし物を探すふり。
しゃがむ時は、靴紐を直すふり。
<バネッサさん、今のしゃがみ方は少し手慣れすぎています>
<しゃがみ方にも自然不自然があるんですか>
<あります。帰ってきたら練習しましょう>
<学校、難しいですね>
そんなやり取りを挟みながら、調査は少しずつ進んだ。
この学園は、確かに優秀な鉱山だ。
希少鉱物の割合も高い。
他ポイントも同様なら、クロエは莫大な資産を得ることになるだろう。
掘ることさえできれば、だが。
調査中、対人センサーの反応に何度か違和感を覚えた。
放課後の学園には、それなりに学生が残っている。
だが、一人きりで長時間立ち止まっている反応は少ない。
しかし。
比較的近い位置で、しばらく動かない反応が何度か現れていた。
近づいてくるわけではない。
ただ、少し離れた位置で止まっている。
──監視されている?
監視にしては素人くさい。
偶然にしては、何度も重なりすぎる。
まだ、問題ではない。
けれど、放っておくには少し気になる。
バネッサは表情を変えないまま、頭の片隅へその違和感をメモしておいた。
調査五日目を終え、校門を出る。
成果は少し増えた。
問題も、少し増えた。
「……学校、難しいですね」
その言葉だけが、今日までの結論だった。




