第4話「作戦室」
東北へ向かう列車の中。
バネッサは車窓を流れる景色を眺めながら、駅弁を堪能していた。
やっぱり旅先の駅弁は良いなあ。
帰りも駅弁買えるといいなあ。
などと呑気に考えているうちに、乗り換えを重ね、指定された駅へ到着する。
改札を出たところで、長身の女性に声を掛けられた。
「バネッサさん、ですね?」
「は、はい」
女性は軽く頭を下げる。
「お会いできて嬉しいです。アキラと申します」
「よろしくお願いします」
クロエの事務スタッフであり、今回の調査任務を後方から支援するアシスタントだ。
理知的な印象の女性だった。
事前にクロエから写真付きのプロフィールを受け取っていたが、実物の方がずっと美人である。
背筋が伸びていて、所作もきれいだ。
仕事ができる人、という雰囲気がある。
笑顔が柔らかい。
クロエよりは少し話しやすそうだと、バネッサは内心で思った。
学園近くに用意された拠点マンションへは、アキラの運転する車で向かった。
道中、アキラは明るく話し続ける。
世間話のようでいて、こちらの性格や反応を探っている感じもあった。
これからサポートする相手として、バネッサの性向を把握しておきたいのだろう。
「バネッサさんは、東北にはよく来られるんですか?」
「昔は結構来ていましたよ。最近はご無沙汰ですけど」
「採取のお仕事で?」
「お仕事もそうですけど。師匠と一緒に旅してたんですよ」
そう答えてから、バネッサは窓の外を見る。
遠くに山の稜線が見えた。
少しだけ、胸が落ち着く。
これから向かう場所が学校ではなく山なら、どれだけ気が楽だっただろう。
マンションは思っていたより広かった。
家族でも十分暮らせそうな間取りである。
景色も良い。
窓の向こう、木々の隙間からグラウンドと校舎が見えた。
おそらく、あれが目的の学園だ。
想像していたよりも、ずっと広い。
校舎。
グラウンド。
林。
工事中らしき区域。
山を切り開いて造られた場所だと、遠目にも分かる。
バネッサは少しだけ眉をひそめた。
「まずは制服の試着をしましょうか」
アキラがにこやかに言う。
「軽くメイクも確認したいので」
「あ、はい……」
来た。
ついに来てしまった。
スタンダードな白シャツ。
紺色のブレザー。
そして赤いチェック柄のスカート。
着替え終わり、姿見を見たバネッサは妙な気恥ずかしさを覚えた。
──なんだろうこれ。
──落ち着かない。
採取師の服なら、どこに何があるか、その意味も含めてすぐ分かる。
グローブ。
ブーツ。
腰ベルト。
ヘルメット。
防塵ゴーグルとマスク。
だが、今の自分は何の変哲もない制服姿だった。
意味はあるのだ。
潜入のためには必要だ。
必要なのは分かっている。
だが、それと納得できるかどうかは別だった。
「いいですね」
アキラの声が弾み始める。
「いいですよ、かなり自然です」
「自然ですか」
「はい。短期留学生として、かなり自然です」
「自然であってほしくなかったです」
「え?」
「いえ、何でもありません」
そこからは、ほぼ流れ作業だった。
「靴は後で履いて確認してください。動きづらければ別のものを用意します」
「少しメイクしますね。……あ、眉の形すごく綺麗です」
「目元はもう少し若い感じに寄せましょうか」
「あ、リップはこちらの色で正解ですね。かわいいです」
アキラがてきぱき作業を進めていく。
その勢いに押され、バネッサは、
「はあ」
「ありがとうございます」
「そうですね……」
程度の返事しかできなかった。
なんというか。
工場で出荷前の調整を受ける商品の気分である。
──どうなっちゃうんだろう、私。
◆ ◆ ◆
「こちらの部屋を、作戦室として使っています」
案内された部屋には、大型の望遠鏡や見慣れない機械が並んでいた。
転生者社会の魔道具ではない。
この世界の一般技術による機器類だ。
「バネッサさんには、こちらの通信機を装着してもらいます」
アキラが取り出したのは、小型の耳掛け式通信機だった。
肌色で目立ちにくく作られている。
「学園内で活動している間、私がここから遠隔でサポートします」
「遠隔、ですか」
バネッサは感心した。
遠距離通信は、転生者たちの魔道具では極めて難しい。
便利なのに、なぜ採取師たちは使わないのだろう。
距離の問題か。
出力の問題か。
山奥では電波が届かないからか。
……まあ、今はどうでもいい。
その後も説明は続いた。
施設の間取り図。
巡回警備のルート。
調査ポイントの候補。
授業の時間割。
短期留学生としての設定。
学園は想像以上に広大だった。
採取師の強力なセンサーでも、敷地外から観測できない場所が多いらしい。
つまり、明日から、この広い学園内を歩き回る必要がある。
しかも。
「授業は普通に受けてください」
とアキラは当然のように言った。
「普通に、ですか」
「はい。授業を受け、休み時間に移動し、放課後に調査を進めます」
「学校生活をしながら、採取師の仕事をするんですね」
「そうなります」
「難易度が高いですね」
「バネッサさんなら大丈夫です」
「なんか最近聞きましたけど、そのセリフ」
つまり自由に動けるのは、休み時間と放課後だけということになる。
バネッサは積み上げられた教科書を眺めた。
想像していたより、ずっと本格的な潜入任務である。
小さく息を吐いた。
「ちなみに、宿題などもあります」
「宿題」
「短期留学生ですので、多少は配慮されますが」
「宿題……」
バネッサは、もう一度教科書の山を見る。
山なら、読める。
天気も。
足場も。
獣の気配も。
鉱石の匂いも。
だが、教科書の山は読めない。
「これ、かなり大変なのでは?」
思わずそう呟く。
アキラは、にこりと笑った。
「はい。ですので、全力で支援します」
「よろしくお願いします」
バネッサは襟元のリボンを緩めた。
まだ、落ち着かない。
けれど、仕事はもう始まっている。
採取師として受けた以上、やるしかない。
たとえ支給された装備が、女子高生の制服だったとしても。




