第19話「南側エリア・2」
北側エリアと南側エリアを結ぶ陸橋は、二つある。
車道も歩道も広く、自転車専用レーンまで整備されていた。
意識しなければ、そこが「橋」であることを忘れてしまうほど自然な造りだった。
陸橋の緩やかな勾配を登り、橋の中央付近で、バネッサは自転車を停めた。
双眼鏡を取り出し、南側エリア唯一の調査ポイントを観察する。
広い更地に、数台の重機。
作業服姿の人影も何人か見えた。
整地作業中、という感じだ。
もう少し近づいて確認してみよう。
再びハンドルを握る。
ちょうどその時、学園内に正午を知らせるチャイムが響いた。
汗をかきながらペダルを踏み、作業現場の近くまでやって来る。
重機のエンジンは止まっていた。
運転手たちは車両を降り、作業員同士で話しながら、どこかへ向かっている。
昼休憩だろうか。
誰もいないなら、少しだけ近づいて――。
整地された地面へ足を踏み入れた瞬間、遠くから野太い声が飛んできた。
「こらー! 学生さん、入っちゃダメだ!」
「す、すみませーん!」
バネッサは素直に立ち止まり、ゆっくり振り返る。
作業員たちは、簡素な屋根付きの休憩所に集まっていた。
その先頭で、白髪混じりの作業員がこちらを指差している。
◆ ◆ ◆
「へえ、交換留学生なのか」
「どこから来たんだ?」
「きれいな目してんなあ」
「危ねえなあ。女子高生一人で入るなんてよ」
「おやっさん、そんな怒んなって」
最初こそ叱られたものの、素直に謝るバネッサに、作業員たちの空気もすぐ柔らかくなった。
そして。
「……お嬢ちゃん、腹減ってんのか?」
「え?」
作業員の一人が吹き出す。
バネッサが、彼らの弁当をじっと見ていたからだ。
病欠した作業員用の余り弁当が一つあるらしい。
「食うか?」
「いいんですか!」
ぱあっと顔を輝かせる金髪娘に、作業員たちは笑った。
結局、「仕方ねえなあ」と、一緒に昼食を囲む流れになった。
◆ ◆ ◆
ヘラヘラしていたら、お弁当を貰えた。
バネッサは遠慮なく、ご馳走になる。
なんだか、山で採取師たちと休憩していた頃に少し似ている。
弁当を頬張りながらも、視線は自然と現場を測っていた。
目の前には、殺風景な整地中の土地。
ここは元々、小さな起伏のある公園だったらしい。
今回そこを大規模に造成し、学園内外で利用できる複合型グラウンドを建設する予定なのだという。
「複合型?」
「ああいうやつさ」
作業員の一人が、遠くの大型看板を指差した。
サッカー場。
野球場。
陸上トラック。
さらにコンサートにも利用できる、多目的施設の完成予想図が描かれている。
なるほど。
地形が大きく変わったから、調査ポイント候補になったのか。
バネッサは、クロエ商会所属の採取師たちの地形把握能力に感心した。
作業員たちに礼を言い、昼休み終了ギリギリで教室へ戻る。
アキラが作ってくれた弁当は、放課後に食べればいい。
午後の授業中、バネッサは作業員たちの話を思い返していた。
作業員たちは、何気ない雑談の中で色々教えてくれた。
作業開始は朝九時。
正午から一時間は昼休憩。
その後は閉門まで作業。
そして、一番の問題。
金曜日から、次の業者が入るという。
巨大な重機を使った杭打ち工事が始まるらしい。
岩盤までコンクリート杭を打ち込む、大規模な基礎工事だ。
関係者以外の立ち入りは厳重に止められる。
つまり。
調査のタイムリミットは、明後日の木曜日まで。
◆ ◆ ◆
放課後、バネッサはチヅルの姿を探していた。
保健室の件について、もう一度礼を言うほどの勇気はない。
けれど、何もなかったように無視するのも違う気がした。
「チヅルさん」
「は、はい?」
図書館へ向かおうとしていたチヅルは、背後から声を掛けられた。
振り返ると、バネッサが立っている。
昨日の保健室での出来事が、まだ頭から離れていない。
「な、何でしょう」
それでも、話しかけてもらえたことは素直に嬉しかった。
バネッサは、歩道脇の案内看板を指差す。
「『がくしょく』って、何ですか?」
「学食ですか?」
チヅルは、図書館横の建物を指差した。
「あれです。学生食堂の略で、『学食』」
「食堂……?」
「学生なら普通に利用できますよ。安いし」
「……えっ」
バネッサが目を見開く。
「交換留学生でも?」
「もちろんです」
「本当ですか!」
なぜこの重要情報を誰も教えてくれなかったのか――などと、バネッサはぶつぶつ呟いている。
チヅルは思い切って口を開いた。
「……明日、一緒に行ってみますか?」
バネッサは考え込み、それから笑った。
「じゃあ、金曜日でお願いします」
「え?」
なぜ金曜日なのだろう。
チヅルには分からなかったが、
「はい、喜んで」
と答えた。




