第17話「アキラ・2」
クロエに散々笑われ、バネッサは少しだけ頬を膨らませていた。
その様子を見ながら、アキラは胸を撫で下ろす。
バネッサが何かを隠している――その確信はあった。
だが、まさかこんな理由だとは思わなかった。
問い詰め方を、少し間違えたかもしれない。
最初、クロエは本気で笑っていた。
それはアキラにも分かった。
だが途中で、その笑い方が変わった。
バネッサの涙を見て。
彼女が本気で怯えていたことに気づいて。
クロエは一度、笑いを止めかけた。
それでも、もう一度笑った。
あれは、わざとだ。
重く受け止めてしまえば、バネッサはさらに自分を責める。
だからクロエは、笑い飛ばした。
これはもう笑っていい話なのだと、バネッサに思わせるために。
バネッサに会う前に、アキラは彼女の資料を読んでいた。
初代ギルの死後、バネッサは十五年近く、ほぼ単独で山に籠もっていた。
その後、喫茶店を開き、十年以上も半ば引退した状態だった。
ときおり採取師の依頼を受けるだけで、転生者社会とは距離を置いていた。
資料としては知っていた。
だが、それがどういうことなのか、アキラは本当の意味では分かっていなかった。
バネッサは、一人でいる時間が長すぎたのだ。
第一線で活動していた時代の常識。
ギルを失った後の孤独。
転生者社会から離れていた長い年月。
その全部が、今も彼女の中に残っている。
だからこそ、クロエは笑った。
笑い飛ばしてしまわなければならなかったのだ。
けれど、すぐにどうこうできる話ではないだろう。
何十年も抱えてきたものだ。
クロエが笑い飛ばすことで、まず空気を変えたのなら。
アキラは、自分なりのやり方で支えることにした。
だから、冷めてしまった水餃子のスープと酢豚を温め直す。
その間に、あとで出そうと思っていたデザートのプリンを食卓に置いた。
「食後のサプライズの予定だったのですけど」
「……プリン」
「はい。せっかく作ったのです。まずは食べましょう」
英雄だろうが、久遠だろうが、関係ない。
生きるためには、まず食べることだ。
腹ペコ猫を、腹いっぱいに食べさせるのだ。
◆ ◆ ◆
クロエは、笑い過ぎたことを改めて謝罪した。
そして、チヅルという女子生徒には一切手を出さない。
必要なら、ただの見間違いとして処理する。
そう、はっきりと約束した。
バネッサは少し安心したように、プリンを一口食べた。
いつもならニコニコと平らげるところだ。
だが、先ほど笑われたことが恥ずかしかったのか、スプーンの運びが少し遅い。
笑ったお詫び、というわけではないのだろうが。
クロエは一つの提案をした。
「今日の調査レポートを拝見した上で、方針の変更をしたいと思います」
「変更?」
「中庭の様子からも、学園全体が予想以上の優良鉱脈だと判断しました」
「で、ですね。私もここまでの鉱脈は見たことがありません」
「ですので、問題となっている図書館横のポイントですが」
「はい」
「今回の調査対象から外しましょう」
中庭の結果だけでも、資産価値を示す材料としては十分だった。
無理に危険な場所を調べるより、残りの安全なポイントを片づける方が良い。
「本当ですか?」
少し気まずそうだったバネッサの表情が、そこでようやく明るくなる。
そして、プリンをニコニコと美味しそうに食べ始めた。
その変化を見て、アキラは再び小さく安堵の息を吐いた。
この人は、本当に――。
複雑なのか単純なのか。
強いのか弱いのか。
一言で説明できない人だ。
アキラは冷蔵庫に残しておいた、おかわりのプリンをバネッサの前に置いた。




