第14話「アキラ・1」
<中庭の調査、完了です>
中庭調査完了の報告。
アキラは、その通信内容に小さな違和感を覚えた。
中庭は、今回の調査でもっとも警戒していたポイントだ。
生徒総会という好機を利用し、無事に成功したのなら、もっと安堵や達成感が滲んでもおかしくない。
だが、先ほどのバネッサの声は妙に淡白だった。
声が震えていたわけではない。
慌てていたわけでもない。
息が乱れていたわけでもない。
むしろ、平静すぎた。
それが引っかかった。
とりあえず、体育館入口の監視は不要になった。
アキラは望遠鏡から目を離し、椅子の背もたれへ体を預ける。
静かな作戦室。
エアコンの動作音だけが聞こえていた。
アキラは耳たぶを指先で触りながら考える。
──何かあった?
バネッサは、感情表現が分かりやすいタイプだ。
面倒そうな時はすぐ顔に出るし、嬉しい時は素直に喜ぶ。
おいしいものを食べた時など、隠す気があるのか疑わしいほど分かりやすい。
一方で、仕事中の報告は基本的に短い。
余計なことは言わない。
言い訳もしない。
状況だけを、必要な分だけ伝える。
それは採取師としての癖なのだろう。
だが、短い報告にも、いつも感情はにじんでいた。
うまくいった。
面倒だった。
疲れた。
お腹が空いた。
だからこそ、あんな事務的な声は、どちらかといえば珍しかった。
程なくして、再び通信が入る。
<お疲れ様ですー。さっきは近くに先生がいたので、淡白な連絡でしたが>
<いえいえ、大丈夫ですよ。調査結果はいかがでした?>
<中庭は抜群でした。帰ったら報告しますので、楽しみにしていてください>
<了解です。この後は普通に授業へ戻りますか?>
<はい。そのまま放課後に残りのポイントを調査して帰ります>
<分かりました。お気をつけて>
通信が切れる。
アキラはゆっくり椅子から立ち上がり、部屋の中を歩き始めた。
──やっぱり、おかしい。
今の通信。
あれは、フォローだ。
これまでのバネッサは、
「誤解されたかもしれないから補足しておこう」
のような通信をしたことがない。
必要最低限。
それがいつものやり方だった。
今回だけ違う。
つまり、バネッサ自身が、
「先ほどの通信は不自然だった」
と自覚している。
そして、その不自然さを、こちらへ意識させたくなかった──。
アキラは窓の外へ目を向ける。
学園の校舎が、昼の光に照らされていた。
校舎の中庭は、作戦室からは直接見えない。
見える範囲には異常なし。
それでも、胸の奥に小さなざらつきが残る。
何か問題が起きた。
そう考えるべきだろう。
だが、学校へ突入するわけにはいかない。
そんなことをすれば、調査どころではなくなる。
交換留学生の関係者が突然校内に入れば、学校側に余計な疑念を持たれる。
これまでの調査が、すべて台無しになる可能性がある。
なら、今できる準備は何だ。
アキラは、まず中庭周辺の記録を確認した。
体育館入口。
北館。
南館。
渡り廊下。
望遠鏡と、学外に設置した補助カメラで確認できる範囲を、一つずつ見直す。
生徒総会が終わったようだ。
生徒たちが各自の教室に戻っていく。
大半の生徒にとって、退屈な時間だったのだろう。
あくびをしたり、背伸びをしたりしながら廊下を歩いている。
不自然な動きはない。
中庭の映像が欲しい。
だが、建物に挟まれていて、ちょうど死角になっている。
次の授業が始まった。
教師が一人、渡り廊下を歩いている。
事務職員らしき人物が、北館の窓際で資料を運んでいる。
それ以外は静かだった。
バネッサの教室にレンズを向ける。
後ろの席で、真面目に教師の話を聞きながら、ノートに何かを書いている。
いつも通りの様子だ。
ただ、バネッサは教室にいる自分が、見られていることを知っている。
何事もなかったように振る舞っている可能性もある。
一人ではこれ以上考えがまとまらない。
アキラはスマートフォンを取り出し、クロエへ電話を掛ける。
一回目……繋がらない。
二回目……やはり繋がらない。
アキラは小さく息を吐いた。
クロエは今日、別件の会合があると言っていた。
すぐに出られない可能性は高い。
なら、まず自分で情報を集めるしかない。
アキラはノートパソコンを開き、学内スケジュールと配置図を表示する。
次に、バネッサの行動予定を確認した。
午前中は欠席扱い。
午後、生徒総会開始後に登校。
中庭調査。
その後、授業へ戻る予定。
予定通りなら、何も問題はない。
だが、予定通りなら、あんな通信にはならない。
アキラは、机の上のメモ用紙へ短く書いた。
中庭調査完了報告、声に違和感。
直後に不自然な補足通信。
クロエ社長と連絡取れず。
そこまで書いて、ペンを止める。
バネッサは強い。
調査能力も高い。
判断も早い。
普通のトラブルなら、一人で対処できるだろう。
だが、強い人ほど、隠す時は本気で隠す。
ましてバネッサは、こちらに心配をかけたくない時ほど、妙に明るく振る舞うところがある。
短い付き合いでも、それくらいは分かった。
アキラは通信機を見た。
今すぐ問いただすべきか。
それとも、帰還後に直接確認するべきか。
一瞬迷い、通信を入れるのはやめた。
今、バネッサは授業中だ。
急な呼び出しには応じてくれるだろう。
しかし、問い詰めれば、かえって動揺させるかもしれない。
近くに教師や生徒がいれば、それも危険だ。
なら、待つ。
ただし、何もせずに待つわけにはいかない。
アキラは再びクロエへ電話を掛けた。
やはり繋がらない。
「……さて、どう動くべきですかね」
静かな作戦室で、アキラは一人、窓の外の学園を見つめた。
中庭は見えない。
だからこそ、余計に気になった。




