第12話「バネッサの決意」
考えろ。
バネッサは頭を高速で回転させる。
三十秒以上、対人センサーの確認を怠った。
大失態だった。
中庭の調査は、まだ七割ほどしか終わっていない。
完了まで、最低でもあと三分。
目撃者は、目の前のチヅル一人だけ。
そして、おそらく。
生徒総会のような機会は、もう二度と来ない。
「チヅルさん。三分だけ、このまま待っていてください。あとで説明します」
チヅルが黙って頷いた。
バネッサはしゃがみこんで調査作業を再開する。
本来なら、すぐにアキラへ報告すべきだ。
体育館周辺は、アキラが監視していたはずだった。
なら、この子はどこから来た?
──違う。
言い訳するな。
センサーを見落としたのは、自分だ。
見たこともないほど優秀な採掘ポイントを前にして、舞い上がっていた。
完全に、自分のミスだった。
バネッサは、震えそうになる指を押さえながら、調査を続けた。
鉱石用センサーを確認する。
調査用紙へ記録する。
対人センサーを見る。
もう一度、地面を見る。
手順は同じだ。
同じはずなのに、さっきまでよりずっと遅く感じる。
中庭の静けさが、妙に重かった。
そして。
バネッサの胸の中に、暗い予感が渦巻いていた。
状況を冷静に考える限り、クロエたちは、この少女を消す。
チヅルは唯一の目撃者だ。
処理してしまうのが、一番安全。
商人側から見れば、それが最も合理的な判断になる。
たとえ原因が、バネッサ自身の失態だったとしても。
そういう時代を、バネッサは知っていた。
知ってしまっていた。
◆ ◆ ◆
ギルは、採取師出身の遅咲きの商人だった。
「商人は、採取師から採取する本当の採取師だ」
そんな皮肉を、バネッサは何度も聞いてきた。
それでもギルは、採取師たちと殴り合いをしながら、
「採取師のための商人になりたい」
と本気で願っていた。
そして実際に、そうなった。
バネッサは、そんなギルに拾われた。
守られ、育てられ、採取師として理想的な環境を与えられた。
だからこそ、全国でも名の知られた採取師になれたのだ。
だが、ギルのような商人ばかりではなかった。
ギルの死後。
バネッサは、様々な商人の依頼を受けて仕事をした。
そこで何度も見た。
商人たちの、利益を優先した冷徹な判断を。
救助より、損失の少なさを優先する判断。
仲間より、契約を守る判断。
人の事情より、商圏の安全を優先する判断。
そして、都合の悪い目撃者を黙らせる判断。
何度も。
本当に、何度も見てきた。
うんざりした。
だから、転生者社会と距離を取ろうと、喫茶店を開いた。
しかし、経営はうまくいかなかった。
結局、たまに声がかかる採取師の仕事に手を出す。
そしてまた、嫌な思いをして歯を食いしばる。
その繰り返しだった。
もちろん、今の時代が同じだとは限らない。
クロエが、そういう判断をする人間だと決まったわけでもない。
アキラが、そんなことを許すとも思えない。
それでも。
バネッサの中に残っている古い記憶は、簡単には消えなかった。
商人は冷徹だ。
それが、ギルを失った後に、バネッサが身をもって覚えた現実だった。
◆ ◆ ◆
バネッサは、目の前の少女を見つめる。
チヅルは、黙って待っている。
本当に、ただ待っている。
何を見たのかも分からないまま。
何が起きているのかも知らないまま。
ただ、バネッサが待っていてほしいと言ったから、そこに立っている。
申し訳なさで、胸が苦しくなる。
私の油断が。
私の不手際が。
この、三つ編みの少女の未来を消してしまう。
──何十年生きても。
私はまだ、一人を守る知恵も力も足りないのか。
バネッサは唇を噛む。
私は、いつもこうだ。
森の焚火の前で出会った少女を思い出す。
喫茶店の前で刺された少女を思い出す。
救えなかった記憶が、胸の奥から浮かび上がる。
暗い感情に飲み込まれそうになりながら、それでも考える。
どうにかできないか。
まだ、何か方法は無いのか。
今、私が持っている力で。
この子を守らなければならない。
調査を終えたバネッサは、バインダーを閉じた。
チヅルの方へ歩く。
できるだけ、いつもの短期留学生の顔に戻ろうとした。
だが、うまく笑えた気はしなかった。
「チヅルさん、どちらへ行く予定でしたか」
「あ……保健室です。気分悪くなって」
「では、ご一緒します」
保健室へ向かいながら、バネッサは通信機へ小さく告げた。
<中庭の調査、完了です>
それだけを。
できるだけ平静な声で。
本当なら、報告すべきことは他にもある。
目撃者が出たこと。
それがチヅルであること。
自分の確認ミスだったこと。
だが、今は言えなかった。
言えば、この子が危険になる。
だから、隠す。
この失敗を。
この少女を。
自分の恐怖を。
保健室へ続く廊下を歩きながら、バネッサは静かに決めた。
チヅルだけは、守る。
たとえ、クロエに逆らうことになっても。
たとえ、この仕事が失敗になっても。
それだけは、譲らない。




