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ラスト・サイレンス ― 核の冬に芽吹く祈り ―  作者: tky@3作品同時連載中


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第4話:微睡みの朝と、広がる波紋

【2040年 6月27日】


十七人という大所帯となった佐伯家では、限られた資源をやりくりする工夫が始まっていた。


日が落ちる前に全員が入浴を済ませる必要があったため、半数は夕食前に、残りの半数も食後すぐに風呂場へと向かった。


屋根のソーラー温水器は機能していたが、一度に全員分の湯を賄うには到底足りない。


そのため、かまどで炊飯をする際、その熱を利用して大鍋で一緒に湯を沸かし、それを浴槽に足して温度と量を調整した。


薪の爆ぜる音と湯気が、殺伐とした世界の中で束の間の平穏を演出していた。


夜の九時。


それぞれの部屋に割り振られた人々は、既に布団や寝袋に身を沈めていた。


湊は、昨夜の一睡もできない緊張と、今日一日の激務、そして暴漢との立ち回りによる極限の疲労が限界に達していた。


夕食後、栞と同じ部屋に布団を敷いたものの、彼女を意識する余裕すらなく、横になった瞬間に泥のような深い眠りへと沈んでいった。


しかし、隣で横になった栞は違っていた。


暗闇の中、すぐ近くから聞こえてくる湊の規則正しい寝息が、静まり返った部屋に妙に生々しく響く。


昼間、凛に冷やかされた時の恥ずかしさや、自分を守ってくれた湊の逞しい姿を思い出し、彼女は一向に寝付けないまま、天井を見つめていた。


【2040年 6月28日 06:00】


窓の外が薄明るくなった頃、湊は重い瞼を持ち上げた。


「……ん」


覚醒しきらない頭で身体を起こそうとした湊は、至近距離に「誰か」がいる気配に気づき、心臓が跳ね上がった。


すぐ隣で、栞が自分をじっと見つめていたのだ。


実際には、彼女もようやく微睡みに落ちた直後で、湊が動いた気配に驚いて目を覚ましただけだった。


しかし、寝起きの湊の視界には、朝露を浴びた花のように儚げな栞の顔が、わずか数十センチの距離に飛び込んできた。


「あ……お、おはよう、湊くん」


栞が顔を真っ赤にしながら、蚊の鳴くような声で挨拶をする。


湊もまた、自分が彼女の前で無防備に爆睡していた事実に気づき、一気に顔が火照るのを感じた。


「お、おう……おはよう、北条。……その、よく眠れたか?」


「……う、うん。おかげさまで」


嘘だったが、栞はそう答えるしかなかった。


互いに動揺を隠せないまま、ぎこちない沈黙が流れる。


その気まずさに耐えかねた湊は、逃げるように部屋を飛び出し、リビングへと向かった。


リビングでは、既に早起きした大人達が、外で拾ってきた薪を使い、朝食の準備を始めていた。


「お、湊くん、おはよう。よく眠れたかい?」


誠が少しニヤニヤしながら声をかけてくる。


「……まあ、それなりに」


湊がぶっきらぼうに答えると、後ろから少し遅れて、まだ頬を赤くした栞がリビングに入ってきた。


それを見た凛が、悪戯っぽく微笑んで湊の肩を叩く。


「あらあら、二人ともお揃いで。顔が真っ赤よ?」


「凛さん、茶化さないでください!」


十五歳の少年の叫び声と共に、二十名近い人々が揃っての、賑やかで切実な朝食が始まった。


【同日 08:30】


朝食後、湊は一同を集めて午前中の作戦を伝えた。


「各自の家から衣服や日用品を回収しつつ、まだ残っている生存者がいないか確認します」


佐伯家には、父親が仕事に使っていたワンボックスカーがあった。


湊はこれを活用し、コミュニティを三つの班に分けることにした。


捜索班は、湊、栞、誠、健一の四名。


運搬班は、凛、健吾、祥子の三名。


そして、残りの十名は高橋きよを中心に、加藤達也の看病と拠点の守り、家事を担当することになった。


「八軒目の木本さんの家は、凛さんの家の近くだ。まずは七人で車に乗って移動しよう。小林さん、運転をお願いできますか」


「ああ、任せてくれ」


健吾がハンドルを握り、ワンボックスカーが静まり返った山道を走り出す。


途中、凛たちの自宅と、その近くにある木本家の付近で捜索班の四人が車を降り、そこからは徒歩で捜索を開始した。


しかし、木本家は不在。


午前中に回った七軒の家も、どれも不在か、あるいは既に避難した後で、もぬけの殻だった。


「……誰もいない。みんな、街の避難所へ行ったのか、それとも……」


健一が苦い表情で呟く。


不安が募る中、最後に訪れたのは川沿いに建つ一軒の農家、川上家だった。


庭先で、薪を割る力強い音が響いていた。


「生存者だ!」


湊が声を上げると、そこには川上家の一族がいた。


川上鉄造が斧を振り下ろし、息子の義男がそれを手伝っている。


傍らでは、高校生の駿が周囲を警戒していた。


「お、湊じゃないか! 生きてたか!」


駿が湊に気づき、顔を綻ばせて駆け寄ってくる。


駿は湊の二学年上の先輩で、中学の部活動でも世話になった頼れる存在だった。


「駿先輩! 鉄造さんも、無事だったんですね!」


湊の説明を聞いた鉄造は、深く頷いて応えた。


「街へ行くのも危ないと思ってな。ここで立てこもる準備をしていたが、湊の家に集まるというなら異存はない。義男、準備だ!」


川上家も車を所有しており、自力で衣服や食料を積み込み、湊たちの車の後を追う形で佐伯家へと向かった。


【同日 12:30】


昼過ぎに佐伯家に戻ると、別行動をしていた凛たち運搬班も、大きなバッグを抱えて無事に戻っていた。


新たに加わった川上家の五人を加え、コミュニティは二十二名にまで拡大した。


相変わらず栞以外は、この土地で長年顔を合わせてきた知人同士だった。


だからこそ、言葉を交わさずとも結束は強まっていく。


「……湊くん、すごいね。どんどん、家族が増えていくみたい」


栞が、荷降ろしを手伝いながら少し誇らしげに湊を見つめた。


「……いや、俺一人の力じゃないよ。みんな、生きるのに必死なんだ」


湊は謙遜したが、自分がこの「城」の主として、二十二人もの命を背負っているという自覚が、より一層強く胸に刻まれていた。


昼食を済ませた湊は、玄関の隅に置いていた金属バットを手に取った。


その視線は、昨日とは反対の方向。


栞が襲われ、人々が理性を失って争っているという「街」の方角へと向けられていた。


「午後は、あっちの方向へ行く。……まだ残っている人がいるかもしれないし、奴らがこっちを狙っていないか、確かめなきゃならない」


終わりの始まった世界で、彼らの拠点は確実にその勢力を広げつつあった。

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