表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ラスト・サイレンス ― 核の冬に芽吹く祈り ―  作者: tky


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

28/30

第28話:本当の優しさとは

轟音とともに、雪煙が舞い上がった。


NICの大型輸送機が、砦から少し離れた平原に強行着陸を果たしたのだ。


風防ガラスの向こう側は、すでにマイナス四十度近い猛吹雪の世界だった。


後部のハッチが開き、重武装の兵士たちが迅速に物資を降ろし始める。


NICの約束通り、大型のタービン発電機とその周辺機器、そして一ヶ月分にも及ぶ大量の物資が雪の上に投下されていく。


そして、その傍らに、三つの人影が降り立った。


肌の露出を一切許さない、極地用の分厚いフルフェイス防寒着に身を包んだ三人の少女たち。


「西崎!高木!松本!」


防寒装備を固めた駿が、強風に煽られながら駆け寄り、大声で名前を呼んだ。


フルフェイスのバイザー越しに、三人が安堵の表情を浮かべたのがわかった。


「急げ!中へ入るぞ!ここは長く居られる場所じゃない!」


駿は彼女たちの背中を押し、半ば強引に佐伯家の分厚い二重扉へと向かって走った。


分厚い防寒着を着ていても、マイナス四十度の冷気は容赦なく体温を奪っていく。


雪国特有の重い二重扉をこじ開け、全員が屋内の土間へと転がり込んだ。


扉が内側から密閉された瞬間、外の猛烈な風の音が嘘のように遠のいた。


玄関に座り込んだ三人は、荒い息を吐きながら、おずおずとフルフェイスのヘルメットを脱いだ。


その直後、彼女たちは目を丸くした。


「嘘……あったかい……」


西崎が、信じられないというように呟いた。


「暖房、点いてないよね……?なんでこんなに暖かいの?」


高木と松本も、周囲を見回しながら震える声で言う。


NICの施設では、あれほど震え上がり、毛布にくるまっても逃れられなかった底冷えの恐怖が、ここには一切なかった。


「地熱を利用してるんだ。この家は、外がどんなに冷えても室温が一定に保たれる。それに、ここには俺たちが一冬越せるだけの大量の米もある。腹一杯食えるぞ」


防寒着のフードを脱ぎながら、駿は誇らしげに言った。


その言葉に、三人の目からボロボロと大粒の涙が溢れ出した。


死の恐怖と絶望から解放された安堵の涙だった。


だが、再会の喜びに浸っている時間はない。


リビングの奥から、深刻な顔をした湊と凛が歩み寄ってきた。


「感動の再会は後にしてくれ。時間がない。気象衛星のデータが更新された。気象前線が加速している。今日の昼過ぎには、スーパーコールドの本陣がここを飲み込む。あと五時間もない。それまでにタービンを稼働できなければ、増産契約は破綻し、先払いされた一ヶ月分の物資の対価が支払えなくなる」


湊の手元のタブレットには、不吉な赤い影が映し出されていた。


その言葉に、全員の表情が引き締まった。


凛が、急いで作成した屋外作業の工程表を提示する。


「配管の結合、ボルト締め、ケーブル結線。作業は完全な屋外よ。防寒着を着ていても、マイナス四十度の中での連続活動限界は『十五分未満』だと思って。それ以上は、凍死か重度の凍傷になるわ」


凛の残酷な計算結果に、蓮と駿が歯噛みした。


十五分作業すれば、深部体温まで奪われる為、ストーブで数時間は休まないと、次の作業には出られない。


「俺と駿の二人で交互に作業していては、昼過ぎのタイムリミットに絶対に間に合わないってことか……」


蓮が忌々しそうに呟く。


すると、健吾、誠、義男、泰造ら大人たちが静かに立ち上がった。


健吾が、極地用のアウター手袋を手に取って言った。


「なら、俺たちもやる。一人での作業は論外だ。必ず二人一組で命綱をつける。動ける男全員でタスキを繋げば間に合う。俺たちが外に出る理由は、お前ら若者の意地とは少し違うけどな」


健吾の視線は、先ほど搬入された大量の物資に向けられていた。


砦には米は大量にある。


だが、塩や調味料、そしてきよの命を繋ぐための医療品は、NICとの取引に依存している。


この増産契約を落とせば、それらが絶たれ、砦の長期的な生活水準が著しく低下する。


大人たちにとって、これは現実的な生存戦略としての決断だった。


「十五分ごとのローテーションだ」


湊が力強く頷く。


「第一班、蓮と駿。第二班、健吾さんと誠さん。第三班に義男さんと泰造さん」


湊はそこまで言って、決意を込めて隣の少女を見た。


「第四班、僕と栞だ」


「正気か、湊!」


駿が慌てて声を上げた。


「お前はシステムの立ち上げがあるし、何より栞ちゃんを外に出すなんて……」


「総力戦だと言ったのはそっちです」


湊は冷徹に、しかし熱を帯びた声で言い放った。


「十五分の作業で奪われた体温を回復させるには時間が要る。一班でも頭数が多い方が、ローテーションを回す上で絶対に有利です。それに、僕と栞だけ安全な部屋で待っているつもりはありません」


栞も強く頷いた。


健一と徳治は高齢のため、予備人員として待機する。


交代のサイクルが始まった。


作業は困難を極めた。


NIC側で可能な限りの組み立ては済まされていたが、ボルトを数本締めるだけの作業でさえ、分厚い手袋と強風のせいで通常の何倍も時間がかかる。


十五分後、二重扉が開き、第一班の蓮と駿が転がり込んできた。


全身の防寒着が真っ白に凍りつき、ガタガタと激しく震えている。


「次、頼む……!」


ストーブの前に倒れ込む二人と入れ替わり、第二班の健吾と誠が外へ飛び出していく。


屋内に戻った蓮たちは、防寒着を剥ぎ取られ、毛布で必死に温められた。


そして第四班の順番が回り、湊と栞が分厚い防寒着を着込んで外へ飛び出していった。


同年代の少女である栞までもが、自分たちの居場所を守るために決死の覚悟で吹雪の中へ飛び出していく。


その姿を見た西崎たちは、このコミュニティの異様な結束力に衝撃を受け、自分たちもこの家族の一員として生きるのだという強い覚悟を芽生えさせた。


西崎たちはただ見ているだけでなく、戻ってきた者たちの体を泣きながらさすり、温かい白湯を飲ませ、必死に介抱を手伝った。


地獄のピストン作業が続き、昼前になった。


スーパーコールドの本陣が接近し、外の風雪が一段と激しさを増している。


最終工程。配管のジョイントのボルト締めを残すのみとなった。


順番が回り、再び第一班の蓮と駿が外へ出た。


極限の寒さで金属ボルトが収縮し、分厚いアウター手袋ではどうしてもネジ山が噛み合わない。


「くそっ、入らねえ……!」


蓮が焦りの声を上げる。


あと数分で、作業限界の十五分が来る。


ここで一旦屋内に戻り、次のローテーションである第二班の健吾たちに引き継げばどうなるか。


その交代のタイムロスの間に気象が急変し、後続の健吾たちが本陣に飲み込まれてしまう可能性が高い。


健吾さんたちを危険に晒したくない。


焦る駿を制止し、蓮が決断した。


蓮は迷うことなく、右手の分厚いアウター手袋を口で強引に引き抜いた。


下には断熱性の低い薄手のインナー手袋を一枚着けているだけだ。


「蓮!やめろ、凍傷になるぞ!」


駿の制止を振り切り、蓮はマイナス四十度に冷え切った金属ボルトを掴んだ。


インナー越しでも、超低温が皮膚を焼き、激痛が走る。


「ぐっ……あああああぁぁぁっ!」


蓮は絶叫しながら、感覚のない指先を無理やり動かし、強引にボルトを締め上げた。


最後の一回転。


レンチが重く止まり、固定が完了した。


「接続完了だ!戻るぞ!」


蓮と駿は足をもつれさせながら、玄関の二重扉へ向かって全力で走った。


屋内に転がり込み、分厚い扉が密閉される。


「蓮!右手!」


駿が叫び、凛たちが慌てて蓮の右手の処置に取り掛かる。


「凍傷の初期症状よ!急激に温めないで、ぬるま湯で徐々に解凍するの!」


凛の的確な指示で、西崎たちが弾かれたように動き出し、必死に水とタオルを用意する。


洗面器に張られた人肌程度のぬるま湯に、蓮の右手がゆっくりと浸された。


「痛っ……痛え……!」


感覚のなかった指先に血流が戻り始め、蓮は顔を激しく歪めてうめき声を上げた。


「我慢して。ここでしっかり細胞を解凍しないと、後遺症が残るわ」


凛が真剣な目で湯の温度を調整し、西崎や高木たちが新しい湯を絶え間なく運んでくる。


「ごめんなさい……本当に、ごめんなさい……」


自分たちのために指を失う覚悟で作業を完遂した蓮の姿を見て、西崎たちは涙を流した。


「気にするな……どうせなら、俺がカッコよく決めたかっただけだ……」


蓮は強がりながらも、痛みに歯を食いしばった。


それから、一時間が経過した。


窓の外が、一瞬にして一切の視界を奪う「白一色」に染まり上がった。


スーパーコールドの本陣が到達し、外気温がマイナス五十度を突破したのだ。


風の音が、物理的に何かを破壊し尽くすような暴力的な轟音に変わる。


それを見た蓮が、洗面器から出した赤黒く腫れ上がった右手を見つめ、自嘲気味に笑った。


「……ははっ。結果論だけどな。あと一時間も猶予があったんなら、無理してインナー手袋になる必要はなかった。屋内に戻って、健吾さんたちに引き継いでも……十分間に合ってたよな。痛えし、カッコ悪りぃ……」


その自嘲に対し、湊が静かに歩み寄った。


「ええ。あなたのあの無謀な行動を、リーダーとして評価するわけにはいきません。次からは絶対にルールを守って交代してください」


湊は冷徹に言い放ち、しかし、すぐにその表情を少しだけ緩めた。


「……ですが、交代のロスで次の班を危険に晒したくないという想いは伝わりました。砦のために体を張ってくれて、本当にありがとうございます」


湊の言葉に、健吾や義男たち大人も深く頷いた。


蓮は照れ隠しのように顔を背け、痛む右手を毛布にくるんだ。


誰も彼の無謀な行動を褒めはしなかったが、ただ内心で深く、その行動と想いに感謝していた。


リビングの端末で、湊がシステムを立ち上げる。


大型タービンが安定した出力を叩き出した。


「出力上昇……増産ノルマ、クリアしました」


湊の言葉に、リビングに安堵と歓声が湧き上がる。


ズキズキと脈打つ右手の激痛に耐えながらも、蓮の心にはかつてないほどの静かな安堵が広がっていた。


女子高生三人を迎え入れ、総力戦で危機を乗り越えた砦。


だが、窓の向こうは完全な死の世界だ。


スーパーコールドとの、本当の籠城戦が始まろうとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ