第27話:過酷な現実と確かな希望
リビングのテーブルは重苦しい沈黙が支配していた。
通信端末の画面に表示されているのはNICから送られてきた新型タービンの図面データだ。
昨日、突如として突きつけられた『百五十パーセントの過負荷増産』という無茶な要求。
湊の交渉によりそれがスーパーコールド通過中の一過性の特例措置であることは既に確認が取れている。
だがその一時的な増産を実現するための条件があまりにも過酷だった。
図面を睨みつけていた凛の顔からさっと血の気が引く。
「……本気なの、これ?」
凛の声が微かに震えていた。
「どうした、凛」
健吾が眉をひそめて尋ねる。
「このタービンのサイズよ。それに百五十パーセントの過負荷を出すための冷却条件ね。タービン発電は熱水と冷却側の温度差で出力を出すの。これだけの過負荷を維持するにはマイナス四十度の外気を直接冷却器に当て続けないと温度差が足りないわ」
「倉庫の中に設置すればいいんじゃないのか?」
健吾が提案するが凛は即座に首を横に振った。
「ダメよ。密閉された倉庫の中にこんな巨大なタービンを置いたら排熱でたちまち室温が上がってしまう。冷却効率が落ちて百五十パーセントのラインを割り込めば増産契約そのものが破綻するわ。それに……倉庫は暖房を引いていない天然の冷凍庫だからこそ達也さんと陽太くんの遺体が腐敗せずに済んでいるのよ。巨大なタービンを置いて室温が氷点下を上回ってしまったら遺体が溶けてしまうし食料も全部ダメになる」
論理的にも感情的にも倉庫への設置は絶対に不可能だった。
「……つまり」
蓮が忌々しそうに吐き捨てた。
「外でやるしかないってことか」
「そうよ。マイナス四十度の猛吹雪が吹き荒れる屋外のアイスバーン上で高圧配管の接続作業をするしかない」
凛が悲痛な声で頷いた。
それは一歩間違えれば凍死か高圧の熱水による大火傷を意味する決死の大工事だった。
重い沈黙が再びリビングを支配する。
誰もがその恐るべきリスクに息を呑み決断を保留せざるを得なかった。
その時、昨日から思い詰めたような顔をしていた駿が湊の前に進み出た。
「湊。タービンの件、決断を下す前に昨日話し合って決めたあの件を進めさせてくれ。この絶望的な作業を引き受けるかどうかは別として、とにかく彼女たちの今の状況と意思を確認したいんだ」
昨日、数千人の避難民リストの中から知人を検索しシビアな入居審査の末に合流の打診候補として残った三人の女子高生。
駿の同級生たちだ。
湊は深く頷き通信端末を操作してNICの回線を呼び出した。
画面の向こうの通信士に対し湊は冷徹に告げる。
「昨日送られてきたリストにある西崎、高木、松本の三人と直接話をさせろ」
「構わない。通信室へ呼び出そう」
通信士は淡々と応じた。
数分後、画面が切り替わった。
そこに映し出された光景に駿だけでなく湊たち全員が言葉を失った。
画面の向こうの通信室に立っていたのは確かに駿の同級生である三人の少女だった。
彼女たちは支給された分厚い軍用の防寒着を何枚も着込んでいた。
物資が不足しているわけではない。衣料品は確実に与えられている。
だがそれでも。
彼女たちの顔色は青白く唇は紫色に変色し肩を寄せ合ってガタガタと小刻みに震えていたのだ。
「西崎……!高木!松本!俺だ!生きてたんだな!」
駿がたまらず声を張り上げる。
「……川上、くん?よかった……本当によかった……」
西崎と呼ばれた少女が信じられないものを見るように目を見開き安堵から涙ぐんだ。
その様子を見て駿はたまらず問いかけた。
「お前ら分厚い服を着てるのに、なんでそんなに震えてるんだよ!そこは軍の施設じゃないのか!」
「ご飯はレーションが貰えるし服も支給されたんだけど、とにかく寒いの。軍の人は熱源が枯渇しているから暖房は中枢設備にしか回せないって。私たちを含めた何千人っていう避難民は大部屋にすし詰め状態にされて少しでも体温を逃がさないようにしてるんだけどコンクリートが氷みたいに冷たくて夜も眠れなくて……」
西崎が震える声で答えた。
それが極寒の世界における冷酷なトリアージだった。
NICには食料も衣類も豊富にある。
だが施設全体を温めるための熱だけが決定的に不足しているのだ。
何の生産性もない一般避難民は支給された服を着込んで凍える外周区画で耐えるしかなかった。
駿が絶句する中、通信士の声が割り込んできた。
「我々としても数千人もの避難民を持て余しているのが現状だ。生産性のない人間にまで限られた熱を割く余裕はない。彼女たちもああ言っているし、そちらで引き取ってくれるなら大歓迎だ。我々はこれまで他の地熱スポットも間接統治すべく小型の有人機で複数箇所を回るルート配送を行って様子を見ていた。しかしそちらの砦の安定性を見て試験運用は終了したと判断した。スーパーコールド襲来もあり今後はルート配送を廃止し大型機による物流の効率化を優先する。明日の大型タービン空輸に合わせて、そちらの一ヶ月分の物資を先払いとして一括輸送する。以降の取引は月一回の定期便だ。その大型機の空きスペースに彼女たち三人を乗せよう。その代わりこの先払いの対価として何としても百五十パーセント増産は成功させろ」
提示された条件は砦にとってもNICにとっても非常に理にかなったものだった。
通信が切れリビングは再び静寂に包まれた。
一ヶ月分の物資と同級生の命。
その対価はマイナス四十度の中での決死の高圧配管作業。
重苦しい沈黙の中、蓮と駿が顔を見合わせた。
言葉を交わすまでもない。
これまで何もできない無力感や湊への嫉妬を燻らせていた彼ら。
自分たちの手で同級生を助け出し男としての意地と居場所を勝ち取るため。
二人は大人たちの前に一歩踏み出した。
「湊。……俺たちがやる。外でのタービン設置作業、俺と駿にやらせてくれ」
蓮が力強い声で言い駿もまた強い決意の目で湊を見つめた。
彼らの覚悟を見た湊は深く頷き力強く応えた。
「……分かりました。配管の手順は僕と凛さんで完璧にシミュレーションします。絶対に誰も死なせない」
スーパーコールド襲来までのタイムリミットが刻一刻と迫る中。
同級生の救出と砦の命運を懸けた決死のプロジェクトが幕を開けようとしていた。




