155話:ホワイトチョコの売り方
「やぁ、いい匂いだね」
劇団ゲームの関係者用テントに現われたのはオーエンだった。
「どうしてオーエンが!?」
「いやぁ、物珍しくて歩いてたら道に迷っちゃって。テントってどれも似たような形だよね。知った顔に出会えて良かったよ」
ニコニコと無害そうに笑うオーエンだけど、絶対に嘘だ。
劇団で動いてる私の様子を見に来たわね。
その上変装して顔隠してるのに、完全に私ってわかってて話しかけてるし。
事前に私が変装して参加してると知ってなきゃ絶対に突っ込んでくるはずだもの。
「ちょうど休憩中よ。オーエンもお茶いる?」
「やぁ、アリスくん。嬉しいなぁ」
受け入れ態勢のシリルに、オーエンは私の不審の目なんて気にせず座る。
「おや、これはクラージュの季節限定ケーキかい?」
「オーエンは本当にお菓子に詳しいわね。食べたことはある?」
「もちろん! 保存が効くから買って帰ったくらいだよ」
そして相変わらずこの二人は仲良しだ。
シリルの性別を知ってるのに、オーエンはシリルの服装にも突っ込まない。
シリルがルール島にいるようになってからは一度スイーツ巡りを一緒にしたけれど、その時は比較的紳士風の装いだったのに。
「珍しいものを見たねぇ」
「モス? 顔くらいは知ってる、はずだよ、ね?」
マオもいるので口調に気を付けるのと、不安で怪しむように聞いてしまった。
「購買はどうしても行く必要があるからねぇ。でも、生徒とは浅く広く付き合うと聞いていたんだけど」
モスは私がオーエンと知り合いだったことに疑問を持ったようだ。
お父さまの間諜とはもちろん知らない。
シリルはクラージュで関わったので、たぶんオーエンに我が家の息がかかっていることには気づいてる。
「私の所にノアが来てくれた時に一緒にクリスマスマーケットを回ったの。お父さまたちが仕事でお忙しい中、私たちの引率をしてくれたのよ」
シリルの言葉にオーエンは笑顔を崩さず私を見る。
「ノアくん?」
「…………何?」
目を合わせたくない。
絶対からかうつもり満々でこっちを見てる。
「この劇団に関わってるとは聞いていたけど、ずいぶん面白いことをしているんだね」
こんな所で探りを入れないでよ!
バタフライエフェクトのために劇団を利用するってお父さまには言ってあるんだから、悪いことはしていないわ。
なのに何故だか言ってはいけないことをしている気分になる。
闖入者の身元がわかり、マオがオーエンに声をかけた。
「おや、魔法学校関係者が僕らの舞台を見てくれたのかな?」
「半分ほどね。来た時にはもう始まっていたんだよ」
オーエンは人の良さそうな顔で答え、首を傾げた。
「もしかして君、マウリーリオ・デ・イルヴェチオ?」
「マオを知ってるの?」
正直芸術家のマオをオーエンが知っているなんて意外だ。
「ほら、去年ちょっと事件があって魔法使いの入島管理が厳しくなっただろ?」
そこで私を見ながら言わないで。
切っ掛けはアンリとアレクセイの誘拐事件だ。
今までは一団で来た来島者の内訳は気にしなかったけれど、今では魔法使いは個別に入島手続きをするようになっている。
「魔法学校にも入島した魔法使いの情報が来るんだけど、その中に入学予定者の名前としてあったから覚えていたんだ。劇団員として来てるって、教職員の間でも噂になっていてね」
「まぁ、そうだったの。オーエン、それなら私のことも魔法学校は把握しているのかしら?」
「もちろんよ、アリスくん。ただ君はちゃんと家の名前で来ていたし、滞在場所も所有する別荘だ。劇団に出入りしていたなんて知らなかったよ」
シリルに答えるオーエンだけど、それも嘘だ。
私を調べればすぐにシリルと一緒にやっているのことはわかるのだから。
「ひひ、君すごい顔してるよ」
「やめて、モス」
カツラを引っ張ってフィット具合を確かめないで。
こっちを見てるオーエンの笑顔が居た堪れないわ。
「ノアくんは僕とお菓子の好みが似てるから、自分の取り分が減るのが嫌なんだろう」
「そこまで食い意地張ってない」
「大丈夫。ノアには別にお土産あるから」
シリルの気遣いは嬉しいけど、オーエンはそこで反応しないでちょうだい。
食い意地張ってるのはどっちよ。
「…………アリス、お土産がお菓子ならわけて上げて」
「ノアくんは優しいなぁ」
調子いいオーエンにモスは私たちの関係性を察したのか呆れたような顔をした。
「そんな顔初めて見たよ」
モスの視線はオーエンに向いている。
いったい普段どんな顔で接客しているのかしら?
まぁ、少なくとも目新しいお菓子に目を輝かせることはないのだろう。
マオはお茶を啜りながらアリスが出すお土産に目を止めた。
「おや、それはホワイトチョコかい?」
「食べたことがあるかしら? クラージュ以外だとあまり出回ってないそうなの」
「そうだね。一度クラージュからの土産で貰ったくらいだよ。でもこんな凝った成形にはされていなかったな」
それでも食べたことあるマオは貴族ではないけれど他国へ行けば貴族に準じる扱いをされる。
名目はどうあれ、国の権力者の子息であることに変わりはないからだ。
アリスのお土産は花の形を丁寧に作ったホワイトチョコ。
「確かにクラージュ以外では広まらないね。僕は嫌いじゃないんだけど。どうしてだろう?」
早速食べながらオーエンがそんな話題を振った。
マオも一口食べていつも持っている指揮棒を振る。
「ハーモニーの問題だろうね。チョコなら一粒一粒に行程を感じる香りの層や味の重なりがある。けれどホワイトチョコは単調だ」
マオは一度語りだすと止まらないのはゲームでも同じだった。
「チョコの華やかさを知っている者には、少々物足りないんだね。チョコはそれだけで高音も低音も足りている。けれどホワイトチョコはカルテットくらいかな。オーケストラを作れるチョコには敵わないんだ」
「何を言っているのかわかるような、わからないようなだねぇ」
突飛な発言なら負けていないモスに、オーエンは大人らしく説明を加えた。
「つまりホワイトチョコだけの強みが足りていないんだ。でもフレーバーをつけてもチョコとはまた違うし」
「白い色の目新しさもチョコありきなんだよね」
シリルも納得したようで、花の形をしたホワイトチョコを摘まみ上げた。
「…………白を生かすなら色をつければ?」
思いつきを口にするとみんなでわからない顔をされた。
そうか。チョコに絵がプリントしてあるとか見たことないわよね。
「例えばこの花。形をこうして作るのもいいけど、赤い染料で薔薇の絵を描いてもいいんじゃない?」
「色のバリエーション! いいかも!」
シリルは乗り気で手を打つと、モスが指を振ってみせた。
「簡単に言うねぇ。元が白いからってキャンバスじゃないんだ。混ぜれば白で濁った色しかできないよ」
「だったらモスが食べられる染料を作ったらいいじゃない、か」
忘れていた男口調を繕って、最近聞いた話を振る。
「染髪剤に飽きて変な色を作り出したと聞いたよ」
紫色の染髪剤なんて使わないと衣装のイーラに言われた。
「ふむ…………そうか、食べ物なら紫や緑でもいいねぇ」
怪しげに笑ったモスが乗り気になると、オーエンも口を挟んだ。
「チョコは独特の香りが強いからね。そちらは同じく強い香りの柑橘が主流だ。色もいいけれどホワイトチョコの優しさでこそ生きるフレーバーがありそうだね」
シリルは考え込んで、そしてモスのほうへ顔を向けた。
「フレーバーなら菓子職人の領分よ。けれど食べられる染料となると伝統的なものしかないわ。つまり、青がないの」
言われてみれば、合成着色料以外に青を見た覚えがない。
赤や黄色はお祝い事の席で見るけれど、シリルの言い方からしてこの世界に食べられる青はないようだ。
「モス、作ってみてくれる?」
「いいよ。面白そうだ。絵具でも青と言えば鉱物由来。そんなの食べられるわけがない、毒だ。ひひ、けれど僕には一つ当てがあるしねぇ」
「なら味見するよ」
「オーエン、それはどういう協力の仕方?」
思わず突っ込むとマオが笑ってまたホワイトチョコを口に運んだ。
「ノアはいい演出家になれるよ。その発想で僕にもインスピレーションをくれないか」
「まだ新商品はないよ。それに今回の舞台で作った曲はもっとお客さんからの反応を集めて次に生かしたほうがいい」
ノアは商家の出と言っていて、マオには録音のできる魔具を融通してから気に入られた。
知らないものを知って音楽に落とし込む。そのためにマオは旅をして劇団にやって来たそうだ。
「うーん、残念だ。帰国の前にもう一作くらい曲を仕上げていきたかったけれど」
私の答えにマオは名残惜しそうにそう言った。
毎日更新
次回:愛する理由




