156話:愛する理由
「帰国の前にもう一曲って、マオは帰国するの?」
予想外のマオの一言に私は驚いて聞き返した。
するとシリルは知っていたようで答えてくれる。
「入学準備のために一度帰国するそうよ。オーエンの言うとおりマオは家の名前を出さずに入島しているもの。入学するには正式に入島しないと」
どうやら私があまり来ないから知らないだけで、劇団の中では周知だったようだ。
入島の正否に入学は関係ないけれど、そこは体面が大事な貴族社会。
入学は公式なことなので、ちゃんと国が決めたルートで入学のため入島する必要がある。
「僕を見ても何も出ないよぉ?」
ついモスを見る私が何を言いたいかわかっているくせに。
結局帰国せずに済ませたモスとは、心構えが違いすぎる。
「いやいや、ノアの言いたいことはわかるよ。僕もモスのようにこの島に入り浸っていたかった」
と思ったのはどうやら過大評価だったようだ。
マオは額を押さえて後悔する。
その様子にモスは得意げに笑った。
「ひひ、年季が違うよぉ」
「それに聞いた話では幼い頃から療養目的で滞在していたんでしょう? モスはマオのように自由に旅はできなかったんだよ」
シリルがとりなすように言う。
確かにシリルに対してモスのことをそう説明したのは私だ。
でも温泉離れできない今の状態は単にモスの趣味なのだけれど。
「だからって学外滞在の長期許可をもぎ取る真似はしないでほしかったって担任が言っていたよ」
オーエンがモスに笑いかけながらそんなことを言った。
ちょっとモス、何したの?
ゲームでずっと温泉街にいるのはそういうことをしたからなの?
もぎ取ると言われたことについて説明が欲しいのだけれど?
あからさまに顔を背けないでこちらを見なさい。
「自らの行動で選んで決められるならそれがいいさ。正直、クレーテ王家の放任主義が羨ましいよ」
「クレーテ王家の特殊性もあるのでしょうけど、マオの場合はしょうがないわ」
シリルは元老院制で制度が違うこと以上にマオが特殊だという。
モスも親しい分内情を理解しているらしいことを言った。
「おや、君はまだマエストロ候補かい?」
「いや、もうマエストロになったから旅を許されたんだ。世界を回って見聞を広め、より良い曲作りをするためにね」
マオの国は職業人の能力認定の制度がある。
一定の実務期間と学業の履修が必要になる制度で、マオはその才能で幼くしてマエストロ候補になった。
年齢基準がなかったため十歳までに履修を終えてマエストロ資格を得たそうだ。
実は有名な音楽の神童だったりする。
「なんで君、こんな劇団に入ろうと思ったんだい?」
私が思ったことをモスが歯に衣着せず聞く。
するとマオは驚いたように指揮棒を振った。
「それは君も同じ思いだと思ったけれど? ここは柔軟に貪欲に新しいものを受け入れる。伝統だ歴史だとうるさいお歴々の目なんて気にせず作曲に励むことができるじゃないか」
「だったらマエストロになる必要なかったんじゃない? 確かそれって国の援助が厚い代わりに国外への移住や結婚は認められないんだろう?」
どうやらオーエンは他国の制度に詳しいらしい。
マエストロ資格を得ると芸術家として国の保護下に入る。
生活の面倒を見てもらえると同時に囲い込みの制度でもあるようだ。
入学を前に帰るのも、マオが国の意向を強く受ける立場だからかもしれない。
「マエストロになると過去の偉人たちの手稿や国宝の楽器を手にする機会が得られると言われてつい」
マオは幼い頃にそう誘惑されて本当にマエストロになり、国宝に触れる機会を得たそうだ。
「マエストロの恩恵と不自由は表裏一体。やはり作曲にも元手は必要だから国が後援者であれば安定感はあるんだよ」
「あ、マオが帰国するなら劇団の拠点にしてる家屋はどうするの?」
マオはルール島滞在のために、スローブローに借家を持っている。
商家の出と偽って私が融通した物件だ。
さらにそれをマオは善意で劇団ゲームの拠点として使わせている。
持ち主であるマオが帰国するなら無駄にお金を払う理由がない。
帰国と同時に解約もありうるかと思って聞いてみたけれど。
「ちゃんと僕がいない間の賃貸料は前払いしておくよ」
「え、解約しないの?」
「この島に戻るのに?」
マオは当たり前のように首を傾げる。
するとオーエンが困った表情を取り繕って言った。
「学生の趣味を禁止はしないけど、学業を優先してほしいなぁ」
そんな学校側の代弁をしたオーエンに見られて、モスは眉を上げる。
「おや、案外仕事熱心なんだねぇ」
「いやぁ、先生方の嘆きの声を聞いてたらね」
笑って流すモスに行状を改める気がないようだ。
だからって私を見ないで、オーエン。
どうにかできたらもうやってるわ。
一応言ってはみるけれど。
「モス、動きはちゃんと把握されてるんだから」
「わかってるよ。ちゃんと計算してやってるから」
「それギリギリ進級できるって計算だろう? テルリンガー家と姻戚なだけあって魔法の腕や知識はしっかりしてるんだから。もっとできるはずなのにって担任は嘆いてるんだよ?」
オーエンが語る内情に、私は意外だと思ってしまった。
モスってできる子だったのかしら?
ゲームでもトラブルメーカーだから今もそのつもりでいてしまったかもしれないわ。
ちょっと思い込みに引き摺られないようにいないと。
「テルリンガー家は関係ないよぉ。何せこの島、魔法が使いたい放題だからねぇ」
「言い方が悪い。節度は持って」
やっぱり駄目だ。
私は問題発言の多いモスに釘を差した。
でもシリルとマオがとんでもない曲解に頷く。
「ルール島は魔法使いとして自然体でいられるよね」
「思いついた時に魔法で音を出して故国では何度怒られただろうね」
「そうそう。そんなに危険じゃない魔法でも怒られるんだねぇ」
モスも同意して、オーエンもわかる様子で聞いていた。
どうやら国外で育った魔法使いにはあるあるだったらしい。
「ノアは家族全員に魔法の素養があるから実感ないよね」
「うーん、友達と難しい魔法をこっそり練習して子供にはまだ危ないって怒られたことなら」
「へぇ、ルール島ではそういうことがあるのかい?」
マオは私の話が新鮮なようで驚く。
まず魔法を使える友達という時点で国外ではあまりないことらしい。
さらに子供が簡単に魔法に触れられる環境も珍しがられた。
「ひひ、この島は石を適当に投げれば魔法使いに当たるからね」
「酷い表現だけどそうだね。ニグリオン連邦でも特にこのルール島は島民にも魔法使いが生まれやすくて平民用の魔法学校があるくらいだし」
オーエンの賛同にマオは満足げに笑った。
「だからこそここでは当たり前の常識さえ守っていれば魔法を使っても恐れられないし怒られることもない。したいことをそのままできる」
「私も魔法で悪戯してる子供見た時には驚いたのよ」
「僕のような好き勝手してる魔法使いでも放っておかれるくらいに鷹揚だからねぇ」
自分で言わないで、モス。
そして注意はしてるんだから、好き勝手を容認しているわけではないのよ。
「僕はこの島を守りたいと思ったんだ」
マオは私を見つめてそんなことを言う。
「だから君が発案したという啓発劇には感動した。その話を受けたこの劇団の考えにも賛同している」
そう語るマオは思いついた様子で指揮棒を振りながら魔法で音を出し、音楽を奏で始める。
その旋律はゲーム音楽とは違うクラシック音楽のような格調の高さを感じさせた。
「この島が魔法使いにとって自由を得られる場所なら、僕はそれを守るための劇団の活動を支援するよ。今はまだ試行状態だと言うけれど、もし啓発劇を定期公演するのなら借家を買い取って完全な拠点にすることも考えているんだ」
どうやらマオは本気らしい。
「僕はこのルール島を愛してしまったんだよ」
笑顔でそんな台詞を恥ずかしげもなく口にするマオは、ゲームでもこういうキャラクターだった。
マイペースで独自の考えで動くため、たまに外すけど影のある初期メンバーの中で陽キャとしてゲームのストーリーを回す役どころだ。
(ゲームではヒロインに惚れたみたいなこと言って密輸組織追ってたけど)
(たぶん語らないだけで同じようなこと思ってたんでしょうね)
(うん、ゲームでも島を荒らすようなことしてる密輸組織に怒ってたし)
(そうよね。誰もゲームで全てを語ってはいないのよね)
(ゲームだからね。いちゃつくところ以外は省かれてるんだろうね)
(ということは、他の攻略キャラにも『不死蝶』と対立する何か別の目的があるのかしら?)
(あ、そこがわかればイベント潰せるかも?)
イベントを一つ一つ潰すより効率的かも知れないその考えに、私は一つの光明を得た気がした。
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