153話:脚本協力ノア
ミナミと使節団を次の予定に見送って、私はカーンと劇団ゲームの関係者用テントへ移動した。
「お待たせ、入るわね」
「あ、シャノン来てくれたのね!」
「アリス! すごく良かったわ」
抱き合う相手はシリルであり、その服装は可愛らしいドレスだった。
濃淡のピンクで作られた生地やリボンが重ねられている。
胸元には金糸で飾られたレースが目を引き、良い家の令嬢と言った姿。
「いやぁ、上流階級をモデルにするとなって衣装協力がいてくれて助かった」
カーンはシリルの身元を知っていても口調はミナミの前より軽くなっていた。
シリルと身を離すと、その瞬間香水とは別の匂いが漂う。
「帝国での興行では季節感がおかしい、姫の色味がダサいと散々だったんだ」
「ふふ、私を入団させて損はないって言ったでしょう?」
シリルは姿に合わせた女言葉で可愛らしくウィンクをしてみせた。
留学から戻ったシリルはルール島に渡るとアリス名義で劇団ゲームに入り、女装を常用している。
女装のクォリティが高くて劇団員でも本来の性別を知らない者もいるほどだ。
「さて、それじゃ俺はいただいたご意見を参考に午後の公演に手を加えてみよう」
「カーン、やりすぎて役者から文句が出ないようにね」
「う、それ誰に聞いたんだ?」
シリルの釘差しに苦い顔でカーンはテントを出て行く。
衣装や小道具の置かれたテントの中には私とシリルだけが残った。
「シリル、もしかして別荘地に寄らずここへ来たのかしら?」
「どうしてわかったの? 実はそうなの」
「潮の香りがしたわ。ルカール伯方はお元気?」
テントの中にある椅子に座って、隣同士で世間話に興じる。
「実は、あまり私が帰らないものだからまたルール島へ行くと言っていたわ」
「なのにずいぶん急いで戻って来たのね。そんなに劇の仕上がりが気になったの?」
シリルは下から覗き込むように私に答えた。
「気になったのは、シャノンだよ」
シリルの留学が終わり、再会したのは私が海賊に誘拐された騒動の中。
そこから私を心配してルール島に長逗留をして、たまにクラージュ王国へ帰る生活をしていた。
「心配かけてごめんなさい。でもここで誘拐なんてもう二度とないわ」
「そうじゃないよ。私がシャノンの笑顔を見なきゃ安心できなかっただけ」
自然に肩を抱かれて微笑まれる。
なんだかゲームの陽キャの面影が濃くなって、子供のころ泣き虫だったのが信じられないくらいだ。
「シャノンが強い子なのは知ってるけど、やっぱり女の子なんだから」
手を取られて、怪我がないかを確かめるように撫でられる。
アンリとアレクセイと一緒に攫われた後、シリルと顔を合わせたのはルール島へ帰ってからだった。
その時にも肌も髪も荒れてしまっていた私を心配してくれている。
「すでに頼もしいナイトがいるのは知ってるけど、私にも守らせて」
取った手にキスするふりで冗談めかすシリルに、私は思わず笑ってしまった。
「ふふ、私よりも可愛らしいナイトだなんて」
「かっこいいお姫さまは、たまにこういう恰好もいいと思うんだけど?」
「アリスは私を着せ替えさせるのが好きね」
「もちろん! そうだ、シャノンは若葉色とミントグリーンどちらが好き?」
「そうねぇ…………」
私が考える間に、アリスはブラシを取って後ろに回ると私の髪をいじり始める。
そのままお喋りを続けて、話は今見て来た劇のことに移った。
「どうだった? ちゃんと再現できてた?」
「いい出来よ。良すぎてちょっと混乱したくらい」
「わかる。夢と同じ状況が目の前にあると、現実感なくなるのよね」
「アリスもそうだったの?」
実はシリルには予知としてゲーム知識のことを言ってある。
これはお兄さまの助言で、占属性であり未来予知を持つシリルだからこそ私の助けになれると言われたからだ。
私もゲームがどれくらいそのとおりになるかわからない。相談できる相手がいるのは安心できた。
「シャノンがそう感じたなら成功かな?」
「そうだといいわ。上手くいってると思いたいだけかもしれないけれど」
後ろから覗き込んでくるシリルに微笑み返すと、優しく目を細められた。
「話せるって楽になるよね。シャノンが教えてくれたんだ」
「そうだったかしら?」
「ふふ、そうだよ」
手際よく私の髪ほどいてまとめ直すシリルは、気軽な調子で続けた。
「シャノンが危険にならないよう私も考えるから。気になることがあったら相談してね。ロバートさまからも頼まれてるの」
そんなことを言ってくれるシリルには、死亡フラグについては話してない。
心配するし、心配が過ぎれば私の死亡フラグに巻き込まれる可能性もあった。
そこはお兄さまも納得してくれて、私が予知で危険な目に遭うとだけ伝えてある。
シリルは私の誘拐に遭遇してることから、すぐに納得して味方してくれることになったのだ。
「さ、これでよし」
私の背後から離れるシリルは、衣装のほうへ足を向ける。
私の髪は小さくまとめられていた。
「それじゃ、この若葉色ね」
シリルは一着の服を取り出す。
若葉色のベストの裾は長く、切り返しで色を変えている。
濃い緑のジャケットは腰回りを隠す丈を意識してあり、太めのズボンが劇団という非日常感を演出していた。
「さ、着替えてノア」
シリルは私を偽名で呼びかけ、テントの端に布を垂らして作った仕切りへと誘導する。
シリルがアリスとして女装するように、私は劇団員のノアとして男装している。
ノア名義はウンエイと話していた時からそのまま採用され、男装はシリルの発案だった。
「本当に効果はあるのかしら?」
「実際メアリで効果あったと思うべきじゃないかな?」
シリルは仕切り越しに気軽な答えを返す。
「予知を預言と呼ぶ北の帝国の王子さまは、聖女の助言からあなたが事件の裏にいると考えていた。けれど実際に起きた誘拐事件にルール侯爵令嬢は関わってはいない」
「それは詭弁にならない?」
関わっていたけれどそれはシャノンとしてではなく、メアリという別人として。
私があの場にいたことに変わりはないのに。
「もしあの場にシャノンとしていたら、聖女の助言を裏付けることになったかもしれないじゃない。それに、アレクセイという殿下が言うとおりなら預言は逸らせるのでしょう?」
シリルなりの見解では、私がメアリと偽っていたことが聖女の助言を無効にしたということらしい。
「シャノンが危険に陥る未来なら、シャノンじゃない誰かにすればいいのよ。それに実在する誰かより、架空の人物のほうが気は楽でしょう?」
だからノアという別人を私は演じることになったのだけれど。
服を着て出ると、シリルの手にはカツラが握られていた。
「あと帽子も。実は今日の私と色違いなの」
言われてみれば、シリルが来ているドレスとノアの衣装は配色のバランスが同じだ。
ピンクと緑という色は違うものの、金糸のレースで飾ったクラバットは見るからに対だった。
カツラを被ると目元がしっかり隠れて、私の一番の特徴である紫の瞳が隠れる。
「見えにくくない?」
「案外見えるわ。目の色はどう?」
「大丈夫、透けない!」
銀髪のカツラなんて瞳の色が透けそうだと思ったけれど、案外反射して平気らしい。
「よし、完成。はい、鏡はこっちよ」
姿見の前に誘導されて見た私の恰好は、劇団員というよりサーカス団員のような気もする。
「うーん、もう少し肩の張りが必要かな? 胸はあえて服のボリュームつけて正解かぁ」
「ズボンが緩いと案外体型誤魔化せるのね」
姿見の前で回ってみても、私はほとんど肌の露出がない状態。
これでは男女の区別なんてつかない上に、まず印象的な服に目がいって私が誰かなんて気にしない気もする。
「これから寒くなるからコートをさらに羽織ってもいいわね」
「だったらケープと一体になったコートで肩の張りを出しましょう」
シリルは提案したことからもこの変装に乗り気で、すでに何度かこうして着せ替えをされている。
どうやらメアリが赤を基調にしていたから、ノアは緑を基調にコーディネートされるようだ。
メアリに使えるかと取っておいた赤い狐の魔物の毛皮は、シリルの防寒素材として進呈しようかしら?
「今一番の問題は、私がノア・ライアン・ヴィンサムズと名乗って違和感がないかね」
「ふふ、それならその服装の時には口調を常に意識しないといけないわね」
「うーん、いまいち」
突然私たちの会話に入って来た別人の声に、驚いてテントの入り口見る。
「モス! 声をかけてから入ってちょうだい」
「カツラが作り物だとわかりやすすぎる」
私の注意も気にせず、制作者が文句を言って来た。
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