152話:この物語はフィクションです
「これはこれは、ルール侯爵令嬢さま。美しい花には華やかな蝶がよく集うものですね」
カーンはそんなおべっかを言いながら入って来た。
いや、私の周り美形が多いのは否定しないけど、カーン、おべっか下手ね。
貴賓席の様子は一般席から見えなくもない。
声が聞こえる距離にも一般席はあるので、私の所にカーンが来たと聞いてざわざわしている気配が伝わって来た。
「ミナミさま、この者はカーン・トークン。劇団ゲームの総合監督をしている者です」
カーンにもミナミが使節団を率いる代表であることを伝える。
ミナミの国には将軍がいて、公家があり、陰陽師っぽい役職もある。
統治制度が根本的に違うので、ミナミは一応子爵相当の貴族という扱いになっていた。
「あぁ、我らが劇団にもお国の方がいるのです。ウンエイと言うのですが」
「カーン、ウンエイはミナミさまのお国のお隣よ。文化圏としては同じでも、我が国とフューロイス帝国を混同するような発言になるわ」
「こ、これはご無礼を!」
見た目で判断しただろうカーンは下町出身と聞いた。
一般人としては馴染みのない国の違いなんてよくわからないんだろう。
女子高生の私もヨーロッパの国々の違いなんてわかってないし。
「いえ、それより違いが分かっていらっしゃることのほうが珍しく…………」
よほど間違われたのだろう。
ミナミさま以外の使節団も言い表せない心情からか視線を遠くに向ける。
ゲームでは日本風、中華風、そして折衷のようなファンタジー色の強い東洋風の国が三つ出てくる。
ゲームをしている時には和服の国、チャイナ服の国、何処とも言えない国と別れているのが服装でわかった。
ミナミさまは和服の国の中でも珍しい平安風の恰好をしてるのだけれど。
逆にニグリオン連邦とフューロイス帝国の服装の違いなんて、ゲームをしている時には気にしていなかった。
今なら襟の形や裁断の仕方が違うと見てわかる。
「シャノンどのは本当に見識が深くていらっしゃる」
「いえ、私はこの島の生まれですから。温泉街を作るため貴国から招じた大工の話などを知っていたにすぎません」
なんか期待の目されてる?
本当にそんなに深くは知らないから。
知ってるのはこの世界にない日本だけだから。
「あー、そうです。異文化交流として貴国の文化を紹介していただける機会を設けましょうか」
「お心遣いいたみいります」
思いつきだったけれど案外乗り気なのかしら?
使節団としても自国の宣伝は仕事の内だろうし、いい案かも。
「カーン、各国を回って公演するあなたなら、遠い国から来た方が遭う困ったことの話を聞いたことはないかしら? そこに異文化だからこそ起こる行き違いがあるかもしれないわ。そのような話をしてちょうだい」
話を振るとカーンは申し訳なさそうな声を繕った。
「私は高い身分ではないので、マナーについては疎く。そうしたことをお聞きになるならレクターが適任でしょう」
「マナーと言うほどかしこまらなくていいのよ。この劇団には色んな国の出身者がいるでしょう?」
「…………では、話に出ましたウンエイが困った時のことを」
さらに促すと渋々喋り出すカーン。
真面目なミナミはきちんと聞く体勢を取ってくれて、その内カーンも乗って来て話しに熱が入るようになり、私を挟まなくてもミナミと会話ができるようになっていた。
「なるほど。確かに国の言葉を聞き間違えられたことは私もあります。しかし、まさか呪いの言葉と受け取られることがあるとは」
「さらにこの島で実際に起きた事件では、偶然喋った言葉が文節を無視して繋げると恐ろしい魔具の封印を解く呪文になってしまっていたという話も」
島での公演のためネタを探ししていたカーンがそんなことまで話し出す。
私も調べたから知っている、実際にあった事件だ。
「そうなると、もしやこの物語も実際の事件が元に?」
ミナミの質問に対してカーンは私を見る。
つられて私を見るミナミに頷いてみせた。
「実は、あの敵役は私がモデルだそうですよ」
「え!?」
「そっちを言いますか、お人が悪い。確かにモデルにはしました。ですが、本当にあった事件への啓発が目的ですから、登場人物は実在の方ではありません。これは明言しておきましょう」
カーンは早口に言い訳を並べる。
我儘令嬢にさらに手を加えた劇の悪役は、私からは離れたはずなのに何故かゲームの『不死蝶』に寄ってしまっていた。
ミナミはカーンの言葉を拾って私に問う。
「そっちというと?」
「あぁ、劇に出てきた魔導書は私が持っているのです。実はベッドに置き忘れて、片づけようとした使用人が取り込まれる事件がありました」
「え!?」
面白いほど素直に驚いてくれるミナミは、なるほどカーンが乗るのもわかる。
ちょっと楽しくなってきた。
幼い頃の失敗談として私も魔導書のことを話して、啓発についても説明する。
「魔導書は過去の魔法使いの知識の集積です。それ故に隠しギミックも多いのですが、あの時は夜中まで読みふけって眠くなり、そのまま置いておいてしまったのです」
「使用人は?」
「無事に救出することができましたし、勤勉な使用人でしたので姿が見えないことがすぐにわかり、魔導書に閉じ込められたのだとわかりました」
エリオットがずっと側にいた頃だ。
姿が見えなくなったのは誰の目にも明らかで、私も心当たりがあってすぐに救出できた。
「こちらさまからはいつも興味深いお話を伺っているんですよ。お蔭で劇団員たちも創作意欲を刺激され、早くも次回作について意見を聞きたいと」
カーンはそんなことを言って私に意味深な目を向けてくる。
この後ミナミと使節団は次の視察場所へ行く。
私はここで別れて劇団員と話し合いの予定だった。
「私などは魔法とは無縁で生きてきましたから。こうして聞くだに恐ろしく想像も及ばないことも多いですが、その分夢のような魅力に溢れていると感じますな」
「ミナミさま、この島にとって魔法は、火が生活を助けると同時に害を成すこともある、そんな当たり前のことと同様なのです」
「えぇ、わかります。我が国も魔法と呼ばれる力を神通力と呼んで神と交渉する力と崇めもすれば、敵を打ち果たす力として振るうこともありました」
要は使いようだ。
ちなみにこのミナミ、精霊憑きだったりする。
ゲームでは肩に狐のキャラクターが乗っていて、現実で見ると精霊だった。
見たのは初めて出会った時の一度だけ。
メアリ叔母さまに聞いたら別の土地の精霊が、海を渡り大陸を越えて大移動して来たから弱っているのだろうと。
なので狐姿の精霊が回復するまでは、その存在については触れないことにしている。
「魔法学校においても毎年、魔法を上手く使えず事故が起きます。もちろん教職員が安全に努めていますが、今回の劇のような事故が起こるとも限りません」
「魔物との戦闘訓練があり危険を伴うとは聞いていましたが、そうした心構えはできていませんでしたね」
そう反省するミナミに、カーンは真面目な顔を作ってみせる。
「島外の私からすると、この島の住人は少々魔法に慣れ過ぎているきらいがあるのではないでしょうか。魔物が出たと聞けば慌てて逃げ出すのが私の常識でしたが、この島では杖や魔導書を持って追い払いに行くのです。まるで普通の動物を相手にするかのように」
「なるほど。あの劇での脚色は、楽しませるのみならず島民にも危機感を持ってもらうためだったのですね」
頷くカーンに、私は疑わずにはいられない。
脚色好きなだけじゃないのかしら?
いやいや、今はミナミを楽しませつつ説明するためなのだからいい。
私の目的も果たせたのだし、カーンを責める必要はない。
「やはり教育というのは…………」
「我が国にも学問所を…………」
使節団からも話を聞いて、劇の趣旨を理解してもらうことはできたようだ。
「こんなことありえないって」
「でも、魔導書開いちゃったって話聞いたことあるよ」
「あと魔法使い同士で喧嘩とか」
「うちのおばあちゃんが魔女だったんだけど」
「あ、私の親も魔法で失敗したって」
話が聞こえていた一般客も考え直してくれるようだ。
やっぱり趣旨を説明するためのパンフレット作ってもらおうかしら?
「けどあの令嬢って我儘令嬢じゃなかったの?」
「違うみたいだよ。すごくまともそうなこと言ってた」
「でも島の領主の娘が酷いってよく聞くぜ?」
「いや、こんなこと本当にやってたら問題だろ」
そんな声も聞こえて、私は内心ガッツポーズを決める。
この劇は私のほうから大袈裟にしてほしいと注文したもの。
「色んな事件を混ぜていますが、本当に起きた事件を元にしているのです。それに合わせて登場人物は脚色をされているにすぎません」
「確かにシャノンどのはあんな敵役とはかけ離れていますね。なるほど、ありえない人選で王子などという人物も登場させたのですか」
そこは極個人的な都合なのだけれど、私は理解を示すミナミに微笑み返した。
この劇を作った理由は、預言の先取りのため。
もし未来が神の意思で変わらないなら、アレクセイが教えてくれた預言という神の意思に従うことで未来を乗り越える方法を得たかった。
けれど実際やることはできないから、演劇という形で疑似的にやってみている。
これもバタフライエフェクトになるかもしれない。
そんな希望を持って、私は今回の劇団ゲームの公演を敢行した。
毎日更新
次回:脚本協力ノア




