149話:出せなかった手紙
私はクラージュ王国にある祖父母の屋敷の中、与えられた一室で手紙を読んでいた。
「うーん…………」
「お嬢さま如何なさいました? シリルさまからどのような?」
私の悩ましい声に反応するのは、当たり前に控えているエリオット。
祖父母の家でも私つきと知られているのは幼少の頃から。
今のエリオットが仕えるお兄さまも許しているので、そのまま私の従僕として侍っていた。
手紙はアンリとアレクセイの対応をしているシリルからのものだ。
「私の無事を確かめないと帝国に帰らないと言っているそうなの」
「それはまた。ずいぶんとお嬢さまの魅力の虜になったようですね」
「何を言ってるの。………私はメアリとしてずいぶん勝手に動いたから、あの二人も今度は自分がメアリを守るのだと意気込んでいるんでしょうね」
「庇護欲を掻き立てるのも魅力の一つだと思いますが」
なんだか変なことを言っている気がするけれど、ここは聞き流しておきましょう。うん。
「後はお父さまを信用していないせいでしょうね」
「聖女マリアの預言、ですか」
お兄さまにもお父さまにも、アレクセイから聞いたことは伝えてある。
聖女マリアは私と同じ未来を予知したかもしれないと添えて。
エリオットには預言でシャノンに悪い印象があることを説明した。
「預言のことは手紙で言うわけにはいかないけれど、シリルにも意見を聞きたいわね」
「北の帝国との親交もありますので、フューロイス帝国へ行った際にはその辺りも調べましょう」
「ありがとう、エリオット。でも自分のためにも外遊は有意義に過ごしてね」
そんな話をしながら私はシリルへの返信を書く。
今までも文通を続けていたので苦もなく書き上げられた。
「これでいかしら? エリオットお願いできる?」
「はい。私の名前でお送りいたします」
私とばれないよう、シリルとはエリオット宛にやり取りをしている。
手紙を出すため動いたエリオットをなんとなく目で追うと、その顔は何故か深刻そのもの。
「エリオット? どうしたの?」
「はい、なんでしょう?」
なんでもない風に振り返る。
けれど今のは見間違いじゃない。
「今、私の手紙を見ながらすごい顔、して…………あ、手紙」
そう言えば私はエリオットへの返信を一回きりで終わらせている。
つくろえなかったのか、エリオットは私の一言で俯いてしまった。
「…………やっぱり、怒ってるわよね。あんなに手紙をくれたのに」
「いいえ、お嬢さまに対して怒るなどおこがましい」
否定ははっきり口にするのに、エリオットは顔を上げない。
「怒っていないのなら、どういう心境なの? 返信しなくても良かった、なんて言わないんでしょう?」
エリオットは答えようとして私を見るけれど、すぐ目が泳ぐ。
じっと返事を待って見つめ続けた結果、エリオットは呟くような小さな声で答えた。
「僕にはないのに、ロバートさまには、返信が来て…………使用人ですから、望むべくではないんですが、それでも…………羨ましかった、です」
形式上、お兄さまからの手紙に返信しないのは失礼だ。
けれど使用人の立場のエリオットはお兄さまの後に回されてしかるべき身分。
別にそんなことを思って返信しなかった訳ではない。
けれどエリオットはお兄さまと比べてしまった。
「気が回らなくてごめんなさい。そうよね、お兄さまへの返信頻度を、知っていたのよね」
「お嬢さまが謝られることではありません。ですが、そのようにおっしゃるのなら、返信がなかった理由をお教えくださいませんか?」
私に向き直るエリオットの顔は真剣だ。
そして今度は私が目を泳がせる。
「た、大した理由ではないのよ」
「では今後、返信をいただけますか?」
「それは、その…………」
言いよどむ私にエリオットは黙る。
見るとショックという表情で硬直していた。
そ、そんな誤解しないで! 本当に大した理由じゃなくて!
え、でもこれ言うの?
本人を目の前に?
何それ恥ずかしい!
「…………お嬢さま? お、お顔が大変なことになってらっしゃいますが?」
「その、ほんとうに、ちょっと、碌でもないから、説明は…………」
勘弁してほしい。
自分から言うと想像しただけで顔が熱い。
「…………お嬢さま」
エリオットは流れるような動作で私の足元に跪く。
見上げる顔はなんで嬉しそうなの?
「どのような理由なのでしょう? どうか教えてください。お教えいただければ返信の催促などいたしません」
なんで期待の目で見てくるの?
余計に言いにくいんだけど?
「ですが、私がお嬢さまへお手紙差し上げることはお許しください。あなたを思うことは私の生きる糧なのです」
「そ、それは言いすぎよ。それに、本当に笑ってしまうような理由だし、そう思うと私が恥ずかしいのよ」
「笑いません。怒りもしません。決してお嬢さまを傷つけるようなことはいたしませんから」
傷つけると言ったエリオットの言葉で私は息を詰めた。
返信がないことでエリオットは傷ついたのかもしれない。
お兄さまにはあるのにエリオットにはないなんて、傷ついて当たり前だ。
ここは呆れられるのを覚悟で素直に答えよう。それがエリオットへの謝罪にもなる。
…………とは思うものの、頬に集まる熱が増えて中々口が動いてくれない。
「実は、返信…………書いてはいたの。ただ、出せなかったのよ」
「何故でしょうか? 船の不具合ではないのでしょう?」
言った後のエリオットの反応が怖いなぁ。
けれどここで黙ると二度と言えないかもしれない。
私は一度大きく息を吸い込んで、なんとか言葉を押し出した。
「書いたのだけれど…………すごい量になったの。封筒に入らないくらいの厚さに」
「…………え?」
うわー、絶対呆れられた!
えーい、もうままよ!
「それで書き直したのよ。でも今度は無駄な部分を削りすぎて箇条書きのようになってしまったの!」
「お嬢さま、それは…………」
私が恥ずかしがっている理由にエリオットは気づいたようだ。
「えぇ、ジョーとアンディの手紙を受け取った時と同じなの。しかもそれを私は一人でやってしまったのよ。あの時、エリオットいい反応ではなかったから、そんな手紙送れないと思って、その、どうしても、上手く書けなくて…………」
「あ…………! いえ、お嬢さまあれは!」
「なんとか普通に無難にまとめて一通だけ書き上げたの。けれどその後が続かなくて。同じ内容の手紙を送るわけにもいかないし。返信が書けないまま、今日まで…………」
エリオットとは一緒にいることが当たり前だった。
私に何があったかはいつもエリオットは知っていた。
だから日々のことを改めて書いてみたのだ。すると手紙が恐ろしく分厚くなってしまった。
「お、お嬢さま!」
言い訳を連ねたあと黙り込んでしまった私に、エリオットは焦った様子で手を重ねてくる。
「お嬢さまからの手紙を心待ちにする者にとって、どうして手紙の厚さが苦になるでしょうか。私にとっては楽しみでしかありません」
「でも、色々説明を入れると長くなって、本当にこんなになるのよ?」
私は自由になるほうの指で板チョコくらいの厚みを作る。
手紙にしては厚すぎだ。
さらには海を渡るので梱包を厳重にするとちょっとした小包になったりする。
「喜んで」
エリオットは迷いなく答えた。
そしてシリルへの手紙を見下ろす。
「…………お嬢さま、どうしても私への手紙が厚くなることを気に病まれるのなら、今から晩餐までの間、お話を聞かせていただけないでしょうか?」
「え?」
「もちろん、この手紙は明日の朝いちばんにシリルさまの下へ届くよう手配いたします」
エリオットは私の手を握ったまま、窺うように瞳を覗き込んで来た。
やっぱりエリオットには心を読まれているような気になる。
それほど、エリオットの誘いは私の心の内そのままだった。
「私もいっそ今話てしまいたいと思っていたの。やっぱりエリオットはすごいのね。なんでも私の望みを叶えてくれるような気さえしてしまうわ」
「お望みであれば」
「駄目よ。エリオット、私を甘やかしすぎだわ。…………でも、とても魅力的な誘いは断る気にもなれないものなのね。晩餐まで、話し相手をしてくれるかしら?」
「もちろんです」
エリオットは零れるような笑みを浮かべて応じてくれた。
それから離れていた間の話をお互いに語り合う。
話すのも楽しいし、聞くのも楽しい。
そんな時間は走り去るように瞬く間にすぎていった。
毎日更新
次回:演じるバタフライエフェクト




