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148話:テルリンガー家の内情

「海賊に攫われたと言うだけでも心臓が止まるかと思ったのに、まさかそんなことになってるなんて…………。あぁ、僕はちゃんと息ができているかな? これは悪い夢ではないんだね?」

「お兄さま、そんな大げさな」


 私は母方祖父母の家で兄のロバートと再会を果たした。

 ジョヴァンニの船からマルコの船へと移り、それからの生活と人魚を手助けして海魔退治をした話を終えている。

 お兄さまは話を聞くにつれ項垂れていったけれど、話し終えた今額を押さえて天を仰いでいた。


「お嬢さま、それだけの大冒険を成し遂げたとなれば、本を一冊出せます」

「あら、エリオットまで大げさね。そんな心躍るような状況ではなかったのよ」


 振り返ってみるとエリオットは胸を押さえて俯いている。

 美青年と美少年がやっていることを考えると、二人のほうこそ物語の一場面のようだ。


 私は祖父母の家で用意された服に着替えてようやく人心地ついている。


 着ているのは空色のケープを若葉色のフリルが飾る華やかな装い。

 深い青色で刺繍されているのは蝶で、私の趣味に合わせてくれながらも祖父母の可愛らしさへの拘りを感じるふわふわのスカートだった。


「暴行の痕跡などはないと聞いているけれど、それでも海賊なんかに囲まれていたと思うと…………僕の、シャノンが…………」


 嘆くようなお兄さまにエリオットも深く頷いていた。

 実際は海賊のほうが乗船を拒否するくらい嫌がっていたのだけれど。


「やはりお嬢さまには私がお側に居なければ」

「駄目よ、エリオット」

「そんな羨ましい真似させるか」

「お兄さま…………。エリオットもお兄さまを睨まないの」


 ここは話を変えよう。


「私からも質問させてください。お兄さまはどうしてクラージュ王国に?」

「あぁ、そうだね。実はお父さまから異変があった時に一度だけ報せを送れる魔具を渡されていたんだ」


 見せてもらったのは水晶玉のような魔具。

 対の玉があり、異変があって片方が割られるともう片方が発光する仕組みらしい。


 私が攫われたことは観光手配を手伝った領主からお父さまへと伝わったと聞いている。

 お兄さまも異変を知って連絡の取れる地域に戻ったそうだ。


「サンダーバードを使った速達でお嬢さまがメアリとして帝国の殿下方と攫われたことを知りました」


 エリオットが説明を引き継いで話す。


 サンダーバードはルール島にだけいる鳥の魔物だ。

 ゲームでは雷属性の敵として出て来ており、この魔物もかつてヒポグリフを生み出した魔法使いが調教し、人間に慣れた個体だけを交配している。

 そのためテルリンガー家の速達としてサンダーバードは使われているのだ。


「僕たちはクラージュ王国に入ってここを拠点にルカール伯と協力して、海上を監視していた」


 お父さまが魔石を頼りに追う中、クラージュ王国からも近海へ捜索船が出されたそうだ。

 そうして私たちを保護したら速やかに根回し済みのクラージュ王国へ移送することが決定された。


 ちなみに帝国関係者は入国直後でなんの情報も得ていなかったそうだ。

 だから助けられたばかりのアンリとアレクセイを質問責めにしてあの騒ぎになったらしい。


「君はメアリ叔母さまに預けられた遠縁の少女ということになっている。魔法の才能を見込んで訓練していたとね」

「もしかしてエリオットが何か?」

「はい。アンリ殿下が知る情報と矛盾しないようにと思い、お伝えしました」


 私がアンリに魔法の訓練のことを話したから、そういう設定になったようだ。

 モスとの関係も矛盾しないようメアリ叔母さまの血縁ということにしてある。


「お兄さま、お父さまはまだ?」

「そうだね。今回のことの処理もお忙しくてね」

「ルカール伯の下に殿下方からお嬢さまの所在を尋ねる使者がいらしているそうです」


 お父さまはルカール伯のところで帝国関係者に対応している。

 クラージュ王国の関係者もそちらにいるので、この屋敷は静かだった。

 私が王都の祖父母の下にいることは身内とルカール伯爵家しか知らない。


「島のほうはどうなっていますか?」

「シャノンが公爵子息二人を巻き込んでいてくれて良かった。以前の事件もあって公爵家はシャノンを守れなかったことに責任を感じておられてね。我が家に落ち度はなかったと全面的に擁護してくださっている」


 どうやらルール島は今のところ大丈夫なようだ。


「帰ったらジョーとアンディにお礼を言わなければいけませんね」

「聞くところによると、帝国の殿下方もルール侯爵の非は問わないと仰っているそうです」


 エリオットの言葉で、二人が約束を守ってくれていることがわかる。

 私がほっとすると、お兄さまが表情を引き締めた。


「さて、ここからは我が家としての落としどころについて内々の話になる」


 お兄さまの目はエリオットへ向かう。

 するとエリオットは文句も言わず頭を下げて退出していった。


「…………まぁ。少し見ない間にあんなに大人になるんですね」

「おや、見直したかい?」

「変わっていない自分がちょっと恥ずかしいくらいには」


 結局私は能力に頼って無茶ばかりだ。

 そしてお兄さまにもお父さまにも心配をさせてばかり。


 俯く私の気を逸らすように、お兄さまは問いかけた。


「シャノン、今回のことは何処までが予知に関わっているんだい?」

「いいえ、何も? まずアンリとアレクセイに出会うのは入学した後の予定でしたから、完全に今回のことはイレギュラーでした」


 正直に答えるとお兄さまはがっくりと脱力してしまう。


「それで海賊船を乗り換えたり、押し入って来た人魚について行ったりしたのかい?」

「あ、えーとですね、それはそれで予知に関係がありまして」


 私はジョヴァンニと関わることで起きる死亡フラグやフィアとの敵対について話した。


「なので、攫われたのは予知ではないですが、予知を少しでも変えようとしての行動でですね」

「…………本当に怒るべきか褒めるべきかわからないところを突いてくるね。島内に入り込んで学生と関わりを持つ海賊。そんな者は確かに早めに排除しておくに限るけれど」

「あの時を逃せば次いつ会えるかなんてわからないでしょう? それは人魚も同じですし」

「わかっているよ。人魚との関わりについては僕も聞いている。先祖の憂いを思っての行動を、叱るような真似はしない」


 私はお兄さまに優しく頭を撫でられる。


「…………ただ、またうるさくなるな」


 零すお兄さまに私は首を傾げた。


「魔法学校関係ですか?」

「いや、身内の話さ」

「あ…………大伯父家の?」

「知っているのかい?」


 お兄さまは意外そうな顔をしたけれど、すぐに思い直したようだ。


「そうか、魔女となるならあちらの巫女と関わらなきゃいけないね」

「はい。メアリ叔母さま同伴での面会を二回行っただけですけれど、なんというか、私を疎遠にさせてくれていたのは優しさだったのだなと」


 私たちは同時に溜め息を吐いた。

 テルリンガー家の厄介者。それが大伯父家と呼ばれる家だ。


 私の祖父の伯父にあたる人が建てた家で、同じテルリンガーを名乗る一族ではある。

 その上で正当なテルリンガー家当主は長子にあたる自分たちだと主張する困った人たちだ。


「大伯父家の者が巫女になってから主張が一段と激しくなり、隠さずお父さまの足を引っ張るようになったと聞いています」

「僕もそう聞いているよ。正直、メアリ叔母さまが魔女の正統を主張してシャノンに継がせたがっているのは、大伯父家を黙らせるためもあると睨んでる」


 直接会った今はありそうだと思えてしまう。

 大伯父家は当主の家系というだけで魔女を名乗れるなら自分がなってもいいはずだとメアリ叔母さまに言っていたそうだ。

 そこに来て私という正統が現われた。

 もちろん顔を合わせた時には虐め染みたことをしようとしてくれたけれど、全部予想していたメアリ叔母さまにやり返される羽目になっている。


 それでも恥ずかしげもなく正統なテルリンガーの後継者を名乗るのだから喧嘩をするだけ徒労に終わるだろう。


「あの、お兄さま? 本当にあの方たち、非嫡出子のお家なんですよね?」

「その辺りはきちんと書類が揃えられているから確実だよ。僕たちの高祖父に当たる方が学生時代の恋の末に産ませた長子だとね」


 大伯父家は曽祖父の兄だけれど、結婚もしていない時の子供なので非嫡出子だ。

 高祖父には家の決めた婚約者もおり、大伯父家は決して嫡出子とは認められない生まれだという。


 高祖父はそんな長子を不憫がって支援し、当主になってからは一族と妻を説得した末、長子にテルリンガー姓を名乗ることを許された。

 どうもこの長子はできた人だったそうだけれど、その息子たちは違ったという。

 長子の死後、慣例どおり長子相続をすべきだったと騒いだのだ。

 慣例どおりにするなら非嫡出子に相続権はないのにも関わらず。

 そんな家で育てられた巫女も同じ考えで、自らが正統だと思い込んでいる。


「面倒な方々ですね。そう言えば、以前お会いした時に嫁に貰ってやるというようなことを言われましたよ」

「…………は?」

「お、お兄さま。お顔が怖いです」

「身のほど知らずめ。…………僕が当主になった日には、絶対のあの家取り潰してやる」

「お兄さま! 当主となる方が私怨でそのようなことを言ってはいけません!」


 大伯父家の者に会った時、私を当主の家のお荷物だとはっきりと言った。

 その上で魔女としての正統だったら引き受けてやって当主と対を成す権威を手に入れてやろうと言葉こそ飾ったもののそんなことを言われたのだ。

 本当に相手をするだけ馬鹿馬鹿しい妄言でしかない。


「なるほど。ちゃんと取り潰すための下準備が必要だね。それなら当主になってからなんて言わず、今からできる」

「違います、お兄さま!」


 いい笑顔で言わないで!


 最終的にお兄さまは私をお嫁にやらないとまで言い出して、呼び戻したエリオットに引きはがしてもらうことになってしまった。


毎日更新

次回:出せなかった手紙

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