150話:演じるバタフライエフェクト
私は島に帰ってからもごたごたしていた。
お父さまはクラージュ王国で帝国関係者の相手をすべく残り、お母さまは公爵家と協力してニグリオン連邦相手に各方面へ顔を出す日々。
残った私はメアリ叔母さまの手伝いくらいしかできなかったけれど、それでも事情説明のために色んな場所へ動き回ることになった。
「とんでもないねぇ、君」
「言わないで、モス。三カ月経っても終息しないなんて私も責任を感じているのよ」
用があってモスの所に向かった私は、アンリの友人でもあるモスに予知以外の部分を包み隠さず語って聞かせた。
モスも気になっていたのか、珍しく服を着て待っていたくらいだ。
「逆だねぇ。帝国の王子二人も攫われておいてその責任をルール侯爵に求める声は上がっていない。ニグリオン連邦から上がるルール島の不祥事として追及する声を抑え込むために血統の高い公爵家が二つも動いている。そしてその中心にいるのが君だよ」
モスは私を指差した後手を打って笑う。
「やめて。私が来ない間、モスが進学準備進めてないことは聞いてるんですからね」
「いやぁ、僕の従妹はよく気が付いてくれるよねぇ。君が観光案内することになったメアリという架空の人物の変装に、僕が関わってると言わずにいてくれるくらいだ」
「それはメアリが関わっていないことにする関係で伏せるようにしただけよ。アンリもメアリとあなたの関係を他所では言わないと約束してくれているわ」
モスは笑うのをやめて頬杖を突くと横目に私を眺める。
「本当に君は、少し自分のために欲を出してもいいと思うよぉ?」
「何よ、いきなり?」
「僕みたいに面倒なしがらみのない場所に腰を落ち着けたりさ」
あら、自覚があったのね。
このルール島ではしがらみがないから自由にできていると。
「嫌よ。私は私の周りにいてくれる人たちが好きなの。面倒ごともまとめて好きなんだから放り出す気はないわ」
モスは答えず溜め息だけ吐いた。
溜め息の意味を聞こうとしたら、突然扉が開く。
「いい!」
「ウンエイ!? あなた来ていたの?」
「君が来る前からいたよぉ。他にも髪染め習いに女性の劇団員が来てるよぉ」
「是非、君を主題にした劇を!」
「嫌! というかもう我儘令嬢はしないって言ったじゃない」
即座に拒否すると、飛び込んで来たウンエイは出鼻を挫かれて落ち着く。
「ハオハオ、それはもちろんしないアルよー。でも私たちも人気作封印で困ってるアルねー。次のシナリオの題材も決まってないアルー。困ったアルー」
そして似非外国人になると、憐れっぽく袖で目元を隠す。一切濡れることはないけれどね。
私はウンエイの嘘なきを無視してモスに言った。
「そうそう、約束の時間に遅れたお詫びよ。モスは餡子平気? 温泉まんじゅうを買って来たの。温泉の蒸気で蒸しあげてるからふっくらしてるのよ」
「これ土産物だろ? 何処で何して遅れたんだい、君?」
「遅れたのは通訳とはぐれて困っている東の国の方を見つけたからよ。言葉が片言で緊張なさっていたから落ち着いてもらうために温泉まんじゅうでお茶をしたの」
ゆっくり話しじて事情を聴き出した後は通訳を捜し、無事解決してから来た。
「僕、餡子はあのねっとりした舌触りが苦手なんだよぉ」
「それなら私がいただくアルー。…………本当に餡子だ!?」
ウンエイが勝手に食べてそんなことを言う。ちゃんと餡子だって言ったのに。
「懐かしいなぁ。うちは芋餡が多かったけどたまに食べられる小豆餡は手間がかかる分ごちそうの類だった」
ウンエイが懐かしむように語り、また温泉まんじゅうに手を伸ばす。
「いいわね、芋餡。作り方わかる?」
「私はわからないが…………大陸にある私の親戚が運営する移住者コミュニティ捜せば作れる人間いるはずアルよー?」
ウンエイが指でお金を示す。
碌でもない大人だとは思うけれど、魅力的な提案であることも確かだ。
「持ち帰って検討します。今日はその話じゃないの」
ウンエイにも関係があるからこのまま話すことにした。
「モス、手紙にも書いたけれど、メアリは田舎に引っ込むことになったわ」
「あぁ、ルール島の体制が悪くなかったという言い訳のために勝手に王子を連れ回した少女を抹消するんだねぇ」
「言い方! 確かに批判の矛先を逸らす意味はあるけれど、同時に帝国への謝罪のポーズでもあるの。帝国側が引けばニグリオンの中でお父さまを批判する人たちも勢いを失くすわ」
何より王子誘拐に関わったとなれば普通の令嬢なら名前に傷がつく。
公爵家継嗣の誘拐に関わった私だってそうだ。
権力争いに関わる家に生まれた限り、この煩わしさは避けられない。
モスが面倒なしがらみと言ったのもこんなことが瑕疵として扱われるところだろう。
「だからメアリは田舎で静かに暮らして、ほとぼりが冷めた頃に…………そうね、純朴な青年と幸せになりました。めでたしめでたしで終わるわ」
「だったら次はノア! アルねー? 大丈夫! ちゃんと我が劇団ゲームの劇団員として仕事も割り振ってあるアルよー」
「いつの間に!?」
何処かへ提出するらしい書類を引っ張り出すウンエイ。
そこに構成員と役職を書く欄があった。
「ノア・ライアン・ヴィンサムズ。シナリオ提供、取材協力?」
モスが読みあげる役職は、つまり私をまた劇にする気満々であるということ。
「ひひ、つまり次は男装かい?」
「モスまで面白がらないで」
「いやぁ、せっかく染髪剤の色を揃えたからね。眼鏡もまだ新しくできるし。問題は胸か。ふむ…………」
私は思わず胸を両腕で隠す。
けれど気にせずモスは椅子を立って何か持ってきた。
銀髪の染髪剤とメアリが使っていた丸い眼鏡とは違う細いタイプの眼鏡だ。
こっちもやる気満々じゃない。
やめてよ、私見世物になる気はないのよ。
ゲームでも『不死蝶』で、劇では我儘令嬢で、私の人生の汚点をなぞって何が楽しいの!
あら…………人生をなぞる?
「ねぇ、シナリオ提供ということは、私が考えた話を劇にしてくれるということ?」
「それは違う。あくまで我々ゲームはリアルにこだわっている!」
「我儘令嬢はリアルな私なの?」
「い、いや。その、取材の結果違うとわかったから取り下げることにしたんだ」
「ふーん、今はそれでいいわ」
責めるつもりはないのだし。
「さっき迷子の方を見つけて遅れたと言ったでしょう? 何を言っているかわからない、文字も読めない方もルール島には来るのよ。そんな方のために島で行うと危険なことを劇にして見ていただけないかと思って」
「…………それは我々への皮肉かな?」
「そうね。入っちゃいけない場所に行って痛い目を見る。そんな人の話があってもいいと思うわ」
「痛い目を見るほどのことはなかったけどねぇ」
「そこは脚色よ。よりリアルに伝えるために少し大げさにするくらいはいいわ」
私の言葉にウンエイは考えているようだ。
すぐに否定はしないなら望みありかしら?
「それにわかりやすいことも必要よ。我儘令嬢では悪役がわかりやすかったのが受けたのだと思うの。だったら危険を知らせる啓発のための劇では、痛い目を見る悪役を一人に絞ったほうがいいんじゃないかしら?」
「つまり危険な行為を行った事例を集めはするが、それを劇中で行うのはあくまで架空の悪役?」
「えぇ、キャラクターとして活用してくれるなら私をモデルにしてもいいし、あの我儘令嬢でもいいわよ」
「何!? 二言はないな!?」
食いついたけれど、話の整合性はどうするつもりかしら?
「ちょっと待ってくれ! おーい、シーナ! すぐ来てくれ!」
ウンエイは部屋の外に声をかけた。
その間にモスが私に細身の眼鏡を渡してくる。
「試着だよ、試着。君がずいぶん頻繁に使ってくれたお蔭でいいデータが取れた。今度は魔力の有無も合わせて見えるように改造したんだ」
「私、男装はしないわよ」
けれど興味が湧いたのでかけてみる。
モスは瞳の色が見えないかをチェックし始めた。
「はーい、どうしたの?」
脚本家のシーナが来ると、後ろには舞台演出のイーラもいる。
そしてさらに後ろにもう一人。
ふわふわの巻き毛はオレンジっぽい赤毛。
甘い顔立ちにトレードマークの指揮棒を掲げてやって来る。
「…………あ!?」
「おや、どうしたんだノア? マオを知ってるのか?」
既成事実作ろうとしないでウンエイ!
けれどその名前…………。
「マウ、リーリオ?」
「おや、自分を知っているのかい?」
「マオの名前マウリーリオというの? だったら大陸南の出身ね」
「え、待って。シャ、メァ、えーと、ノアが知ってるってことは貴族?」
シーナとイーラがびっくりしてるってことは知らなかったらしい。
ウンエイは予想がついていたのか作り笑いだ。
マオは悪びれなく答えた。
「いやー、ばれてしまったか。こっちには知り合いもいないからわからないかと思ったのに。あ、でも今までどおり舞台音楽のマオでよろしく」
軽い、けれどこのノリを私は知っている。
だってマウリーリオは初期メンバー最後の一人。
入学までルール島に来ないはずの攻略対象だった。
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