146話:船の上の秘密
「なんでだ!?」
マルコが誰にともなく叫ぶ。
その上で船は追っ手から逃げるために帆を立てていた。
「装飾品は南の馬鹿の船ではぎ取られてたろ!?」
確かに私たちはジョヴァンニの船で金目の物は奪われている。
ただこの眼鏡は剥がれなかったから諦めてもらえたけれど。
マルコもめぼしい装飾品がないことは確認していたので、魔法的に追って来られるとは思っていなかった。
けれど実際、私を追って我が家の船が来ている。
「魔法だって水作る以外させないようにしてたってのに!」
「あらあら」
私は取り乱すマルコに微笑みながら、石つきの縄を片手間に壊す。
マルコは警戒して剣に手をかけた。
「何度も誘拐されるような私に、なんの対策もされてないなんてどうして思えるのかしら?」
「威張るな!」
うん、ごもっとも。
正直お父さまには申し訳ない。
こんな騒動ばかり起こす娘でごめんなさい。
ちなみに追っ手が私の位置を把握してるのは魔具の力じゃない。
ジョヴァンニにそういう物は確かに盗られた。
では何か、と言えば…………。
「あれ~? 魔石が近づいてる~?」
私の陰から生首を出すアーチェ。
見つめる先は追っ手の船だ。
そう追って来たのは我が家に伝わる魔石。
アーチェに反応するので、探索機になるというのは巫女たちの間では当たり前のことだとメアリ叔母さまが言っていた。
逆に巫女からも魔石の位置が本来ならわかるそうだけれど、私は仮契約のままなのでわからない。
「ルール侯爵は来ているかしら?」
私は冗談のように言って、アーチェにさりげなく聞いてみる。
「いるね~」
我が家の略章なので無関係の人間には持たせられないけれど、親戚の誰かかと思ったらお父さま本人だったようだ。
「…………いるのか?」
マルコが嫌そうな顔で追っ手の船を見る。
「いると思うわよ。ほら、船の動きが風の流れを無視しているもの。当代のルール侯爵は風属性ですから。自ら昼夜兼行でいらっしゃったようね」
「くそ!」
マルコは海上に霧を出現させた。
追っ手との間に目隠しとして広げる。
マルコの号令で海賊たちは姿が見えない内に方向転換を試みるけれど、霧は風で吹き散らされてしまった。
お父さまの魔法だろう。
「ルール侯爵本人が来ているとなると、僕たちが誘拐されたこともわかっているんだろうね」
アンリは海賊の狼狽え方に驚きながら希望を瞳に宿す。
娘の私がいるとは知らないので、侯爵本人が来たのは挽回のためだとでも思っているのだろう。
「碌な噂を聞かない野心家だけど、自ら汚名を雪ぐために行動する判断力は評価してやってもいいかな」
さらにアレクセイが偉そうに言うと、マルコが八つ当たり気味に叫んだ。
「うるさいな! おい、この商品どもを船室に放り込んでおけ!」
「あら、邪魔な荷物は降ろして身軽になってはどう?」
追われるのは私たちがいるからだ。
私たちを船から降ろして海に流せば、追っ手は私たちの回収を優先するだろう。
マルコたちは逃げるだけの時間を得ることができる。
「俺たちは名声だなんだより命が大事なんだよ。その命を繋ぐには金が必要だ。ただ働きなんてくそくらえだよ」
「このままでは追いつかれるだけだ。諦めたほうがいい」
「そうだ。あの異常な船足を見ろ。悔いて罪を償え」
アンリとアレクセイが強気に言うけれど、マルコは気にしない。
「お前らは俺たちの盾でもあるんだよ。誰がそう簡単に手放すか」
「あぁ、そういうこと。アンリとアレクセイが乗っている船に砲弾や魔法を打ち込むなんてできないものね」
そう考えるとさっきの霧はお父さまの魔法の射程を見極めるためかもしれない。
せっかく迎えを待っていたのにここでマルコに逃げ切られても困る。
だからと言って私たちを拘束した状態でマルコが捕まれば罪の報いとして殺される。
「…………しょうがないわね」
私はムールシュアから貰った紫真珠の腕輪に手をかけた。
外した腕輪から、紫真珠を連ねる糸を切ってばらばらにする。
「メアリ!? いったい何をしてるんだい?」
アンリが驚く声に気づいて、マルコも私の行動に疑問の目を向ける。
「一応記念に三粒ほど貰っておこうかしら。それで残りはあなたにさしあげるわ、マルコ」
「どういうつもりだ?」
「これで私たちを買うの。あなたたちはただ働きではなくなるでしょう」
私の差し出す紫真珠を睨んでマルコは考える。
その間にアレクセイが私を止めた。
「君何を言ってるのかわかってるのか!? 人魚は君に渡したんだぞ!?」
「だからこの人魚の女神のカメオは私が持っておくわ」
言われるまでもなく、これが人魚の気持ちなのはわかってる。
大粒の紫真珠で色つやもいいし、マルコが私の手の紫真珠を見つめて迷うくらいにいい品なのだ。
「こんなの売り払って人魚にいらん恨みを買うなんてごめんだぞ」
「私が私の判断で、命の危険を回避するために感謝して使わせてもらったのよ。きっと私が助かるためと言えば彼らも納得してくれるわ」
命を助けた礼としての贈り物より、私の命あることを喜んでくれるはず。
マルコは一度全速で追ってくる船を睨んで、何かを振り切るように頭を掻き回した。
「…………あーあ! ったく、商談成立だ!」
乱暴に紫真珠を受け取ると、海賊に指示を出す。
「おい! 小舟を用意しろ!」
その間に私はアンリとアレクセイに向き直った。
「一粒ずつで申し訳ないけれど、二人にもさしあげるわ」
「…………いったいなんの取引のため?」
受け取らないアンリが渋い顔で聞いてきた。
「私が海賊と取引をした口止め料よ」
「そんなのいらない」
アレクセイはきっぱり断る。
「他にも色々と黙っていてほしいことがあるの。例えば、私があなたたちを観光に連れ出したことも」
「あれは僕が言い出したことだ! メアリを責める者がいるなら僕が対応する!」
「元はと言えば僕がメアリを巻き込んだんだ。君が口止めなんて考える必要はないよ」
「優しいのね。でも、口裏を合わせて嘘をついてほしいこともあるのよ。そうね、取引もせず海賊が私たちを解放した理由は、人魚に追われていたからとでも」
石つきの縄ほどいて紫真珠を握らせ、私は念を押すように申し入れた。
「できれば、私のことを何一つ話さないでほしいの」
「メアリ? 君は何かまだ秘密があるのかい?」
アンリは心配するように私を見つめる。
「えぇ、いっぱいあるわ。こんな騒ぎに慣れるくらいにね」
「困ったことがあるなら言え。僕が君を助ける」
偉そうなのは変わらないけれど、アレクセイは私を思ってそう言ってくれた。
「ふふ、まるで王子さまじゃなくて騎士さまのようね。けれどごめんなさい。私はお姫さまじゃないの。自分の身は自分で守るわ」
攻略対象の二人が守るべき姫は別にいる。
こんな所ででしゃばる気はない。
「そうね、口止め料が嫌なら…………私たちだけの秘密の証。そう思って受け取ってちょうだい」
私の手に一つだけ残った紫真珠を、顔の高さに掲げて冗談めかしにお願いした。
アンリとアレクセイは唖然とした後に、何故か照れたように俯いてしまう。
「うっわ…………お前さん、それ…………うっわ…………」
「何よ、マルコ?」
貶すように変なことを言うマルコを睨むと、すごく渋い顔をされた。
「見逃してあげるんだから悪いことしないでね」
「んなこと指図される謂れはねぇよ」
確かに海賊に言うことじゃない。
「では、また生きて会えることを願っているわ」
私は小舟に乗り込んで手を振ると、そんな別れの言葉を投げかける。
一度私を見たマルコは嫌そうな、傷ましそうななんとも言えない顔をしていた。
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