145話:待っていたもの
海魔を倒した後の人魚の里では、海賊までもが歓待を受けた。
そして私たちは怪我もあり数日滞在し、手厚く看護を受けている。
私も魔力の回復を待つため一人部屋で悠々と過ごさせてもらった。
もちろん海底での長逗留をマルコは嫌がったけれど、人魚があの手この手で引き留めている。
実際人魚の手を借りないと帰れない現状、マルコもしぶしぶ了承してはいた。
何より人間の中の負傷者はほとんどが海賊だ。
マルコも仲間の手当ての厚さはわかっているので嫌味や挑発は言わなかった。
「え!? あの隠し港は人魚の里だったの?」
「魔女メアリ、知らなかったノ?」
見舞いという名の話し相手になってくれていたフィアは可愛らしく首を傾げる。
私は人魚側から見たルール島について聞いてみたのだけれど、思わぬことを言われた。
私に用意された個室なのでアンリとアレクセイはいないけれど、見張り名目でマルコはいる。
その上私の言葉を聞いて盛大に顔を顰めていた。
「自分たちハ、魔女の家系の者が使っていると思ってタ」
「いいえ。あの隠し港の場所を知ってるのは本家で私だけのはずよ」
「なんで知ってんだよ…………!」
堪らず突っ込むマルコは私の視線を避けるように横を向いた。
密輸を手伝ってるだろうマルコも知っているのは想定内なのだけれどね。
隠し港は一見ただの岩山だ。
けれど一角だけ細く岩に割れ目があって、その割れ目を隠すような位置にも岩がある。
一見して内部に広大な空間があるとはわかりにくい場所で、潮の流れも複雑なため周辺の漁師も近づかない場所だった。
「もちろん、予知よ。お父さまたちの目を盗んで場所を確認するのに苦労したわ」
「げぇ…………。完全にばれてるのか」
せっかく種明かしをしてあげたのに、マルコは嫌そうな声を上げる。
そしてどうやらマルコは私が予知をしているという話を全面的に信じているようだった。
「魔女メアリ、他に伝えないのは理由あル?」
「大きく未来を変えすぎても私の知らない状況になったら対処できないのよ。だから私の死に繋がらない未来は後回しにしていたの」
「それでも隠し港の場所確かめたんだろ? 逆に近づくことが命の危機に繋がるなんて考えなかったのかよ?」
マルコが文句を言うように、隠し港に近づいたことに苦言を呈した。
「だって気になるじゃない。私が見た夢が現実と繋がっているかどうか」
「なるほどな。随分遠回りなやり方だと思ったが、お前さんも自分の予知に自信がないわけか」
当たり前だ。私はゲームとして知っているだけ。
何よりここは私シャノンが生きる世界で、架空だとはどうしても思えなかった。
「昨日の夜見た夢が、現実になるなんて、あなたは信じられるの?」
「ありえねぇな」
即否定するマルコはちょっと考えるように上を見た。
もしかしたら自分の身に即して想像しているのかもしれない。
でも私には違う問題もある。
ここが現実だとしたらもう一人の私はどうなるの?
あちらが夢? 予知のために見た架空の世界?
それも違うと思う。
だって向こうの世界には向こうの世界の法則が確かにある。
私一人が想像できる範囲を超える歴史がある。
「確かなところから可能性を潰して行かないといけないわ。…………フィア、どうして隠し港を我が家が作ったと思ったの?」
「だっテ、人魚の里への入り方知ってる人間、魔女の血筋だケ」
フィアが言うには魔物として弾圧された時も、隠し港の場所はばれなかったと伝わっているそうだ。
ニグリオンに降伏したテルリンガー家も教えなかったのを私も伝承で聞いている。
それでも里から出られなくなった人魚は生活ができず、転居を余儀なくされたそうだ。
そんな場所を隠し港にして利用する密輸組織が、偶然見つけたとは思えなかったらしい。
「あ、マルコ。私が隠し港の場所を知っていることは秘密よ」
「なんでだよ」
「だって知られたら密輸組織の動きが変わるでしょう?」
「違ぇよ! なんでそれで俺が黙ってると思うんだよ!?」
「駄目?」
マルコは大きな溜め息をついて私を指差す。
淑女に対して失礼ね。今さらだけど。
「いいか? 俺はお前を攫ったんだ。場合によっちゃお前を売り飛ばす側なの。お前の言うとおりにする意味がないだろ」
「だって、ジョヴァンニがあれだけ派手にルール島から逃げたのだから、当分マルコはルール島に近づかないでしょ? だったらわざわざルール島の密輸組織に連絡入れることもしないかと思って」
私の返答にマルコはがっくりして差していた指を下ろした。
「考えてないようで考えてるお前さんのわかりにくさが俺は嫌いだ」
「私は案外一本気なマルコのこと嫌いじゃないわよ」
嫌みに渋い顔をするマルコとの間で、フィアは口を挟めずおろおろしていた。
「それに、そろそろ…………」
「あん?」
「いえ、そろそろ太陽の光が恋しくなってしまったの。戻るにしてもまたあなたの船に乗るのだから、仲良くしましょうね」
私はエリオットの真似をして感情を読ませないよう微笑む。
マルコはちょっと考えてから頷いた。
それから私たちは海上へ戻ることを決めたのである。
「魔女メアリ、これを」
海底で、私たちは人魚たちの見送りを受けた。
先頭にはムールシュア。
結局体力を大きく減らす魔法で負傷者になってしまった勇士だ。
差し出すのは紫色の真珠を連ねた腕輪。
女神の横顔を象ったカメオがついている逸品だった。
「紫真珠という我々人魚だけが作れる物だ」
「まぁ。紫真珠って、あの? 初めて見たわ」
「げ、紫真珠を一体幾つ使ってんだよ、それ」
マルコも反応するほどの宝で、我が家にもかつては伝わっていた。
ニグリオンに降伏した時、王家に接収されたため、実物は残っていないけれど。
でも私が知ってるのはゲームでのこと。
実は敵モンスターとして現れる人魚がドロップするアイテムなのだ。
高レアアイテムとの交換素材だったりする。
「我々の敬意の証に受け取ってくれ。そして、再会の約束を」
「えぇ、楽しみにしているわ」
フィアに送られ私は久しぶりに海の上へと出た。
船では海賊たちがマルコを喜んで迎える。
「魔女メアリ、今なラ…………」
「いいえ、ここからは陸の人間たちの問題よ。まだムールシュアは本調子じゃないのだから、お兄さまを支えてあげて」
心配するフィアと別れ、人魚たちの姿は深海に消える。
私が甲板に上がるとマルコが手を挙げた。
「なんだこれは!?」
アレクセイが吠える。
私たちはマルコの指示で、また石つきの縄で縛られていた。
「ま、それはそれ。これはこれってな」
「結局は海賊なんだね」
珍しくアンリも不平を漏らすと、マルコは悪そうな顔で笑った。
「商品にこれだけ勝手を許す俺の懐の広さを少しは理解してくれよ」
「海賊の下卑た考えなんかわかりたくもない!」
一度縄で魔力を強制発散されているアレクセイは、よほど石付きの縄が嫌いになったようだ。
反対にアンリは危険性をわかっているからこそ押し黙る。
私は特に気にしない。
そんな私に、マルコが何故か不安そうな目を向けた。
「お前さんが静かだと、良からぬことを考えていそうで嫌なんだが?」
「まぁ。お願いをしても文句を言うのに、静かにしていても文句を言われるなんて。あなた案外我儘ね」
「うるせぇ。海賊が我儘で何が悪い。そういう生き方したいから賊なんてやってんだよ」
マルコにはそう思うだけの過去がある。
そう考えてしまうのは人魚の末裔であると知られて過剰反応をしていたからだ。
何か陸での生活が嫌になるような経験をしたのかもしれない。
だからって犯罪に手を染めるのは駄目だと思うのだけれど。
「何企んでやがる?」
「心外だわ。…………と言いたいところだけれど、あなた本当に危機察知に長けているのね」
私は縛られた手で船の右舷を指す。
私を特に警戒していないアンリとアレクセイが水平線を見る。
マルコは私から目を逸らさないけれど、合図を送って海賊に望遠鏡を除くよう指示した。
「…………あ? あ、あー!?」
「どうした!?」
部下の叫びにマルコが声を大きくする。
「船です! 真っ直ぐこっちに向かってきてます! それに、あれ…………ルール侯爵の旗、掲げてる…………?」
一度聞き間違いかと部下を見たマルコが、ルール侯爵の名に私を振り返る。
「嘘だろ!?」
「本当」
私は聞かれたので、満面の笑みで答えてあげたのだった。
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