144話:海魔討伐
私の前には壁があった。
ころころと形成に失敗した石ころが足元に転がる。
「…………アンリ?」
「無事かい、メアリ」
目の前には石が混じった土の壁。
この壁はアンリが用意していた私を守る結界だ。
結界は分厚い壁を生成するだけでなく、海魔の進路を作る砂を吸収するようにして速度を緩め突進を止めていた。
しかもアンリが用意していたのは攻性結界という名のカウンター攻撃。
海魔には槍のような硬い土が刺さっている。
殺しきれなかった勢いのため、海魔は自ら土の槍に頭を突き込んでいた。
「大丈夫。君は僕が守るよ」
アンリは強い意志を持った目をして、私の前に立つ。
その隣にはアレクセイが並んだ。
「これだけ大きければ狙いを外さないな」
上に手をかざすと、いつの間にか海魔の頭上に氷柱ができていた。
しかも一つ一つが太く、人間では決して持ち上げられなくらいの大きさがある。
アレクセイが掲げていた手で指を鳴らす。
氷柱はひとりでに天井から離れて海魔に突き立った。
狙いが外れて砕け散る氷柱もあるけれど、十本以上の氷柱の襲撃に海魔は逃れる術がない。
「水属性の中で最も攻撃性に優れた僕の魔法を舐めるなよ」
さらにアレクセは魔力を高めて手を叩く。
途端に海魔に突き刺さっていた氷柱が爆発するように砕け散った。
傷口を広げられた海魔が洞窟を揺らすような声で叫ぶ。
アンリの攻撃にアレクセイの連撃を加えられ、その体力は四分の一にまで減っていた。
「あと一息よ! 押し込んで!」
私に応じたのはフィアだ。
「これでどうダ!?」
アンリの攻勢結界に貫かれて動けない海魔へと、フィアは飛び上がって手を押し付ける。
海魔の巨体に対して、フィアの手はあまりにも小さい。
けれど魔法を発動すると、フィアの触れた部分から海魔の厚い皮膚が不自然に波打った。
フィアは水の派生である波属性だ。
そして援護適性で攻撃性は高くない。
けれど自らの魔法攻撃にデバフを付加できる能力があった。
「もう一度!」
フィアは同じ攻撃動作で海魔の表皮を揺らす。
動作は同じだけれど、さっきは命中率低下のデバフがかけられ、今度は攻撃力低下のデバフを重ねがけした。
ゲームでのフィアは主人公とイベント戦闘があったキャラクターだ。
その時にもこのデバフコンボをやられて必殺技が当たらないし当たっても威力が出ないという苦戦を強いられた。
波属性のためか攻撃もデバフも全体攻撃なのだ。
「これで当分まともに攻撃できなイ!」
「本当だろうな!?」
言いながら霧にひきこもっていたマルコが攻撃に転じる。
人魚の宝で攻撃力を強化し、霧を小さな針のようにして海魔に幾千と降り注がせた。
防御適性でも攻撃魔法を使えないわけじゃない。
威力が数段落ちるので適性に従って魔法を放つのほうが効率がいいだけで。
それでもマルコを筆頭に海賊たちがまた魔法を乱打し始めた。
傷を負った現状、海魔はマルコたちの小さな攻撃にも嫌がる様子を見せる。
「魔女メアリを任せて大丈夫か?」
私の側まで戻って守備態勢に入っていたムールシュアが確認する。
声をかけられたアンリとアレクセイは海魔を見据えて答えた。
「最初から言われるまでもないんだ。メアリを守らなきゃいけないのは僕たちなんだから」
アンリはきっぱりと言って、防御魔法を使って海魔の角を土で固める。
「君たちは最初からお呼びじゃないんだよ。喋る暇があるなら敵を倒すことに集中すべきだ」
落ち込んでたのにアレクセイも強気に答えると、新たな氷柱を生成した。
そんな二人の強がりを見て、ムールシュアは小さく笑った。
「それは失礼」
「ムールシュア! 無茶しないで!」
「私がしなければ君がするつもりだろう?」
そう言うと、ムールシュアは魔法を使う。
やっぱり体力を削って魔力に変換する魔法だ。
体力ゲージが瞬く間にすり減り、攻撃力の上がるバフがかかる。
けれどムールシュアは苦痛の色を見せず海魔に挑んで見せた。
「行くぞ! 我が刃に力を!」
ムールシュアの声にフィアが応じてバフをかける。
兄弟の協力体勢に、私は自分の前言を笑った。
「そうね。言うべきは違ったわ」
残った魔力を集め、私もムールシュアの背中にバフをかけた。
「決めてちょうだい。人魚一の勇士」
「任されよ!」
水の銛を構えてムールシュアは跳んだ。
さっき現れた銛よりも、大きさも鋭さも増している。
ようやく海魔はアンリの攻勢結界から逃れ、辺りに砂の道を作った。
海魔の巨体でも砂の上なら素早く動けるのは先ほど見せられている。
狙いが撤退であることは誰の目にも明らかだった。
「おいおい、この期に及んで逃がすわけねぇだろ」
砂の上を移動して海に戻ろうとする海魔を、マルコが霧で包む。
方向を見失った海魔は、その場でぐるぐる回るだけで逃げられない。
「長き戦いをここで終わらせよう!」
宣言して、ムールシュアは私がつけた傷を貫く。
ムールシュアの一撃で海魔の体力ゲージが勢いよく減った。
体力がなくなるまでの間、海魔は苦痛のため暴れ続ける。
それが最期の抵抗であり、ほどなく終えるのを確かめられるのは私だけ。
海魔が確かに動かなくなるまで攻撃は続き、魔法攻撃をやめても皆息を詰める。
その沈黙の中、海魔の目から光が消えた。
それが戦いの終わりを告げる。
「…………我々の勝利だ!」
ムールシュアの声に、人魚と海賊が緊張から解放されたように勝利の叫びを上げた。
スポーツ観戦を思い出す激しさで広い洞窟の中木霊する。
その騒音に、お上品な王子二人は慣れないみたいでびっくりして固まっていた。
アンリとアレクセイに喜んでいいんだと告げるため体を動かすと、体勢が崩れて倒れそうになる。
「…………あ」
「メアリ!?」
「大丈夫か!?」
ふらつく私はアンリとアレクセイに支えられた。
「魔女メアリどうしタ!?」
見ていたらしいフィアも駆けつけて、私の顔を覗き込む。
「大丈夫よ。魔力が底をついて、ちょっと、立ちくらみが」
途端に慌てる三人は勝利の声に加わらず私の心配をしてくれた。
「なんでもっと早く言わないんだ!」
アレクセイに怒られるけれど、支える手はしっかりしている。
「ともかく横になって。いや、ここじゃ無理か」
「すぐに運ブ!」
アンリとフィアは私が休めるよう気遣ってくれた。
「おうおう、化け物姫もさすがに底ついたか」
マルコも異変を察してやってくるけれど、口にするのは悪態だ。
「あら、今度は化け物退治でもする気かしら?」
嫌みで返すとマルコは両手を上げた。
後ろには音もなく忍び寄っていたムールシュアが銛を突きつけていたからだ。
「馬鹿言え。あれだけの大魔法連発してようやくの奴に喧嘩売るほど自惚れちゃいねぇよ」
マルコは私がムールシュアを回復した姿も見てる。
それどころかここまで魔力を削ろうと毎日水を作らせていたのはマルコだ。
それでも削れなかったんだけどね、私。
「居心地悪くなるからやめてよ~」
久しぶりに自分から出て来たアーチェは、私にそんなことを言った。
面倒臭がりのくせに文句は言いに出てくるのね。
と言うか私の魔力なくなると影の中の居心地が悪いの?
初めて知ったわ。
「魔女メアリ、感謝の念は尽きない。辛いのなら君だけは先に連れ帰るが?」
ムールシュアはまだ海魔の死体の処理なんかがある。
私一人を相手に指示を止めている場合ではない。
「いいえ、大丈夫。少しふらついただけよ。怪我もないし、座っていれば落ち着くわ」
「うへぇー…………」
アンリとアレクセイの支えから一人で立つと、マルコが嫌そうな声を出した。
私が無事でそんなに嫌なの?
「さぁ、作業にかかりましょう。その後は勇士の凱旋よ」
実はまだくらくらする。
それでも私は強がって笑顔を浮かべた。
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