143話:海魔退治
私たちは人魚に連れられ、海魔退治のための洞窟へ移動した。
洞窟というか海峡かしら?
分厚い地層のような割れ目の中にある横穴で、そこに空気が溜まっていた。
海に通じる横穴もあり、ちょっと海底とは思えない巨大空間が広がっている。
「魔女メアリ、合図をしたら必ずこちらに走ってくれ」
「えぇ、わかったわ」
ムールシュアが指すのは洞窟の奥。
人間サイズでなければ入れない洞窟の奥には海に抜ける小さな穴が開いている。
最悪海魔をこの洞窟に生き埋めにする作戦があり、そのための仕掛けはしてあった。
「仕掛けた魔法は私のほうで一斉に起動させられるから、海魔の足止めさえ上手く行けば生き埋めにできるわ。だから、あなたたちも必ず逃げてね」
「我々は海にさえ入れたなら問題はない。そのためにもまずは勇士ではない者の避難が優先だ。頭巾を落とさないよう気を付けてくれ」
「そうね。海の中では私たちのほうが足手纏いよね」
勇士という名称から、子供の私たちより先に逃げられないのかもしれない。
だとしたら問題は海で自由に動けない私たちの避難経路だ。
海の中では人魚に助けられながら逃げることになるため、指示どおりの場所にまず走ることが重要だった。
「メアリ、この石を目印にここから前には出ないでくれ」
「アンリの結界の範囲ね。気を付けるわ」
防御適性のアンリは私を守る結界を作る。
攻撃適性のアレクセイは私を守るアンリの護衛だ。
そういう割り振りだけど実際は後ろに下がらされている。
事実、立ち位置は私より後ろだし、一番避難経路に近い。
海魔とは戦える腕がないからそういう配置にされていることを、本人たちもわかっていた。
「危ないと思ったら二人とも逃げてね。通路の奥には避難担当の人魚が待機しているのだから」
「メアリ。君を置いては逃げないよ」
「アンリ、でも」
「立場があるからこそ退けないこともあるんだ」
「アレクセイ…………」
ここは退くべきところだと思うわ。
だって国を負う立場の二人にはなんの関係もない状況だもの。
いっそ船に残って海賊を制圧し、自分たちだけ逃げても良かったのに。
私が言葉を探していると、アレクセイが現状とは違うことを言って来た。
「君、どうして最初自分だけで人魚を助けに行こうとしたんだ」
「え? えーと、私の家の問題だから」
それもあるけれど、マルコの目を掻い潜って、人魚の協力を取り付けた上で船から安全に二人を助けられないかと考えなくもなかった。
歌であれだけ海賊を無力化できるなら、可能だと思ったのだけれど。
マルコには見透かされてここまで監視のためついてこられてしまっている。
「メアリ、だったら僕たちも王族の矜持として君だけを残してはいけない。逃げる時は一緒だ」
アンリが私に言い聞かせるように言った時、洞窟内に高音が響く。
人魚が据えた音叉のような魔具からひとりでに発されているのだ。
「来ました! 海魔です!」
海魔は音波を発して動く。
その音波を受信する装置で人魚は海魔の接近を察知した。
海魔が洞窟に入ると音が鳴るようになっている。
それだけ敵が近くなったと知って、みんな構えた。
「魔力は大丈夫か?」
こっそりムールシュアが顔を近づけて確認して来た。
回復に魔力を大きく注いだことを知っているからこその確認だ。
そして実は海魔に一撃入れたらほとんど残らない。
そんな状態を見抜かれていたようだ。
「あなたと同じことができると言ったら、安心できる?」
「それは…………」
ムールシュアは顔を顰めた。
体力を削っての魔力回復には苦痛が伴う。
どんな苦痛か知っているからこそ私を止めたい。
でも自分もやる気だから止められない。
そんなムールシュアに笑いかけた。
「倒しましょう、海魔を」
そう言って私は持ち場につく。
洞窟の中には緊張と沈黙が広がった。
少しずつ、何かが暴れるような音が近づいている。
そして、一瞬静かになった。
「成功ダ!」
叫んで自ら飛び出てくるのはフィア。
人魚で最速の遊泳を誇り、海魔誘き出しの役を担っていた。
フィアは人魚が用意していた縄を掴む。
待機していた人魚が引いて洞窟の水面から横にフィアを避けさせた。
瞬間、洞窟にある水面から空中を噛む巨大な口が現われる。
波のように激しい飛沫を上げて、海魔が洞窟の中に躍り上った。
「でけぇ!?」
マルコの叫びに私も叫びそうになっていた。
船より大きい!
そして見た目は角の生えたクジラだ!
「入水!」
ムールシュアの号令で人魚たちが動く。
勢いで洞窟に乗り上がった海魔を、水に入って尻尾のほうから攻撃した。
海の生き物であり陸上では動きの鈍くなる巨体の海魔は煩わしそうにのたうつ。
「遅れるな、野郎ども!」
マルコも号令を発して動いた。
風属性の海賊二人が魔法を放つと、他の海賊たちは援護で仲間にバフをかける。
「ち、硬いにもほどがあるだろ!?」
マルコは舌打ちを吐いた。
風の魔法で優位が取れるはずなのに、かすり傷しかつかない。
黒い巨体には痛痒を感じた様子はなかった。
もちろん人魚の銛も刺さらず、海魔の表皮の厚さを物語る。
「前に出過ぎるなよ!」
マルコは海賊を霧で包む。
索敵疎外の結界で、海魔はマルコたちを見失った。
海魔が水中の人魚に気を取られるとマルコたちが攻撃を強めて気を引く。
けれど霧で音波での索敵も阻害された海魔は、マルコたちが何処にいるのかわからない。
「海魔の魔法が来るぞ!」
何かを感じ取ったらしいムールシュアの警告が響く。
一瞬置いて、海魔の角が発光した。
光の範囲に入った洞窟の壁や床が砂と化す。
そのまま砂を操って、海魔の魔法攻撃が始まった。
打ち付けられる砂によって、マルコの霧の結界は解かれる。
人魚たちも雨のように打ち付ける砂によって怪我を負っていった。
「好きにはさせないわ!」
私は用意していた魔法陣を魔法文字で起動する。
「風神の刺突!」
海魔の魔法さえ貫き通す風の刃。
ゲームでは必中攻撃だ。
そして確率でクリティカル判定が出る魔法。
「どう!?」
海魔が苦痛の声を上げてのたうつ。
クリティカルは入らなかったけれど初めて血が出た。
「傷を集中攻撃だ!」
マルコの号令で海賊が魔法を乱打し始める。
魔法が止むとフィアが人魚たちを率いて走った。
「遅れを取るナ!」
率いる人魚たちと共に銛を投擲。
次々に傷に命中すると、さらに食い込ませるために海魔に取りつく。
「今ダ!」
フィア合図で人魚は水中でも海魔から退避する。
応じてムールシュアが魔力を高めた。
こっちも回復したばかりでそんなに魔力はない。
それでも戦う覚悟でもって魔力をかき集める。
「食らえ!」
ムールシュアのかざした手には、水で作った巨大な銛が現われた。
水の銛から線を引くように、フィアたちが刺した銛に光が走る。
投げると一直線に海魔の傷へ巨大な銛が突き刺さった。
どうやらこれは連携攻撃による必中技らしい。
「くそ、まだ生きてやがる」
マルコは油断なく索敵疎外の霧を出しながら海魔の状況を確認した。
海魔は苦痛に暴れるもののまだ倒れそうにない。
今の畳みかけで体力は半分以下なのが私には見える。
これなら残った魔力で相性有利を取れば…………。
「まずい!」
ムールシュアの緊張した声が上がった。
その視線は海魔から私に向けられる。
ムールシュアの顔から海魔に視線を戻すと、苦痛に暴れているように見せて床に魔法を展開していた。
途端に海魔の体の下の洞窟の岩が砂へと変わる。
「避けろ!」
銛を投擲するために動いたムールシュアは私から離れている。
忠告する間も砂を泳ぐように海魔は動いていた。
明らかに狙いは私で、角を構えて向かってくる。
「メアリ!?」
巨体に見合う大きな角は車のような速さで私に迫る。
近すぎるそれはもはや壁のようだった。
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