142話:水底の作戦会議
ムールシュアが回復し、人魚はそれだけでお祝いムードだった。
けれどなんの解決にもなってない。
だからこれから海魔を倒すために力を振り絞らなければいけない、はずだった。
「こちらをどうぞ。次はこちらを」
「魔女さま、お手伝いいたします」
なのに私はお着替え中。
お風呂も用意してもらって、気持ち良かったけどいいのかなと思ってしまう。
私に用意されたのは、薄くて長い上品な桃色のガウン。
真っ白で引き摺るほどの丈のドレスは、地上のようにきつく形を整えるようなものではない。
長い布を止める装飾品の数々が繊細で美しく、髪の色を誤魔化すためのヴェールとティアラまでつけられると、RPGに出てくるお姫さまみたいだった。
「海魔と戦うのに、これはちょっと」
「その際はこちらをどうぞ」
そうして新たな服が出された。
濃紺のマントに鮮やかな青のベスト。
アシンメトリーなスカートはマントに合わせた濃紺と薄桃で、こっちもRPGの戦う女性キャラという感じで装飾品が多い。
「…………あ、はい」
何か言ったらもっと服出してきそうだったので、私は素直に頷いておいた。
そこからようやく作戦会議だ。
もちろん海魔退治のための。
「これは試練でもあると考え旧悪は一時退けよ」
マルコたちとの協調はフィアの独断だ。
それをムールシュアが事後承諾し、里一番の勇士として他の者たちを説得した。
そんなムールシュアが上座なのはわかる。
でもなんで私はその横にいるの?
「宝よりなお尊い力をもたらしたことを評価しよう」
「へいへい。その化け物姫のほうが確かに力になるだろうよ」
マルコは鼻白んだ様子でそっぽを向く。
ちゃんと協力してくれるかしら?
危険察知はしっかりしてるはずだから、こんな深海で恨まれることはしないだろうけれど。
後で聞いたら海魔はほとんど人間を襲うことはなく、狙いは人魚一択なモンスターだと知っていたかららしい。
つまり、自分たちは適当に逃げ回れば助かるという算段でついて来ていた。
「まずその海魔って奴の特徴を詳しく教えろよ」
マルコは人魚たちのちょっと棘のある視線も気にせずそう促した。
「ともかく巨体だ。そして外皮は分厚く刃物は効かないと思え」
ムールシュアの説明に、マルコは銛を持って立つフィアに顎を向ける。
「そいつで目を突くんじゃ駄目なのかよ?」
「乗っていた船がそのまま生き物だと思え。突っ込んでくる船の窓一つ狙って割れるか?」
ムールシュアの例えにマルコは肩を竦める。
もちろん答えは無理だ。
「なるほどな。それで魔法でやろうってのか。だったら海魔の属性くらいわかってんだろうな?」
「砂だ」
「は? 砂って地属性だろ? なんで海の中にそんなのいるんだよ!?」
マルコが驚くのは属性についてじゃない。
属性の相性だ。
地属性は水属性に強い。
そして人魚は水属性だ。その血を引くマルコも水属性から派生した霧属性。
ゲーム風に言うと海魔の攻撃は二倍効く。
「よく人魚は生き残れたわね」
「かつての住処は岩に囲まれていて海魔の巨体では入り込めなかった。ここは常に移動して海魔の追跡を避けるようにしていたが」
「見つかってしまったのね」
ムールシュアは静かに頷く。
「防壁はあるが岩には劣る。海魔の角で穴を開けられるだろう」
あ、海魔って角があるんだ。
「となるとここで戦うのは無理だな。お前らと違って俺たちは穴が開いた時点で戦えなくなるぞ」
マルコの言葉に私も想像してみる。
うん、海水に潰されれば死ぬし魔法じゃきっとどうしようもない。
「もちろんだ。なので戦闘場所は乾いた洞窟で行う」
「そこには空気があるって言うのかよ?」
気づけば話し合いはマルコとムールシュアが主導していた。
最初に喧嘩を売るような対応は向き合わせるためだろうか。
理由があるにしてもやり方が乱暴なのは海賊の流儀なのかもしれない。
「つまり、攻撃の主軸はそこの化け物姫でいいんだな? うちにも風の派生属性はいるが、常識の範囲でしか魔法は使えないぜ?」
地属性に有利なのは風属性。
メアリとしても誤魔化せるから私はそれでいい。
いいけれど、マルコの言葉に棘を感じる。
そんなに生まれを言い当てられたことが嫌だったのかしら?
まぁ、海賊をしているくらいだから触れられたくない過去もあるのだろう。
「もちろん。元よりお前たちと連携できるとは思っていない」
ムールシュアもはっきりと言った。
「我々は海から、お前たちは乾いた場所から海魔を攪乱する。とは言え、連携できなくとも打ち合わせは必要だ。どのような手を打つかは攪乱を行う勇士の隊長に伝えろ」
ムールシュアが目を向けると一人の人魚がマルコを睨む。
うん、睨んでる。
共闘するんだから乱闘はしないでね。
「里一番の勇士さまは何をするんですかねぇ?」
睨まれたマルコは憎まれ口を叩く。
「魔女メアリの警護につく。場合によっては援助を行う」
主軸にされるらしい私を置いて、話し合いは進んでいく。
その中で妙に静かな一画が気になった。
末席に座ったアンリとアレクセイ。
結局二人の王子は一言も言葉を挟まず作戦会議は終わった。
「二人とも、いいかしら?」
「メアリ?」
私はアンリとアレクセイに宛がわれた部屋へ訪れた。
人魚が海魔の居場所を探る間、人間の私たちは休憩をしている。
「なんだか元気がなかったから。何処か具合が悪い?」
聞いても黙るので、私がじっと待つとアレクセイがぽつりと言った。
「僕たちは役に立たない」
アレクセイは氷属性。つまり水の派生属性だから海魔に不利だ。
アンリは海魔と同じ地属性で、不利にはならなくても有利は取れない。
「海魔退治でも僕たちは君の側に控えているだけだ。海賊よりも戦えないと人魚たちには思われている。実際のところそうなんだけど、突きつけられると悔しいんだ」
「アンリ…………。ここで待っていてもらってもいいのよ?」
「「それは嫌だ」」
アンリとアレクセイは声を揃えて反対した。
そして今度はアレクセイが私をじっと見つめてくる。
「君はいったい何者だ? そろそろ教えてくれてもいいだろう」
「聞かないほうがいいと思ったけれど、こんな状況になったら知らないほうがまずい気がする」
アンリもそんな風に私の身元を明かすよう迫る。
「…………いいえ、知らないほうがいいわ。だって、あなたたちは立場のある人じゃない。交流のない種族に関わったとなればお国で問題にされることもある。だったら誰とも知れない私に巻き込まれただけと白を切れる余地は残すべきよ」
「馬鹿を言うな。そんなことになった時、君は魔物と通じる異端者になるんだぞ? 知らなければ助けられもしないじゃないか」
魔物が悪の宗教なのに、アレクセイは私が危険になったら助けてくれる気でいてくれるらしい。
「メアリ、君は僕と出会った時から身元を慎重に隠していた。何か理由があるのなら、どうか教えてほしい。僕たちにも、手伝えることがあるなら力は惜しまないよ」
アンリも真剣に私を心配してくれていることはわかる。
だからこそ私は首を横に振った。
「私には立場なんてあってないようなものだもの。気持ちだけで嬉しいわ」
私の答えに二人はあからさまに不満そうだ。
「そうね、どうしても力不足が気になると言うのなら、どうかルール島を守って。今回のことでスローブローの街は大変なことになっているでしょうから」
わざと話を逸らして言うと、二人とも渋い顔になる。
私の遠回しな拒絶に気づかないほど鈍くはない。
けれどそれと知って引けるほど大人でもない。
「お願いできない?」
私の念押しにアンリとアレクセイは不承不承頷いた。
申し訳ないけれど言うわけにはいかない。
死亡フラグのないストーリーを変えるわけにはいかないのだ。
シャノンは二人にはまだ会わない。
今はこれでいい。私はメアリでいなければいけなかった。
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