140話:マルコの出生
熱に浮かされたムールシュアが私に問いかけた。
「君は…………」
以前より言葉がはっきりわかる。
人間の言葉を練習したのかしら?
マルコを追うために必要だったのかもしれない。
「今は治療を優先させてもらうわ。…………ちょっと本気よ」
本体である魔石と離れてアーチェの能力に制限がかかっている。
ここだと蝶をつけての強化に時間制限が課された。
だから私は蝶での底上げはせず、魔力を注ぎ込んでの大技を使う。
水中なので水属性の回復を基盤に、地に連なる毒属性の魔法も編み込む。
そうして空中に描き出した魔法文字を基盤に二つの属性を複合させた。
さらに別の木属性の回復を発動させ、そっちには火に連なる熱属性を編み込む。
また複合させ最初の複合魔法と掛け合わせ、大きな円を描いた。
「医神の四姉妹!」
私の魔法は一つの大きな魔法陣になってムールシュアを包む。
女性のスカートが揺れるように光が移ろうと同時に溢れ出す魔力が部屋へと波及した。
苦しそうにしていたムールシュアも、目の前で展開された魔法に気づいて辺りを見回している。
「…………テルリンガーの姫はなんでもありかよ」
マルコが茫然と呟く声が聞こえた。
近くのフィアは声もない。
この大技でも、回復には時間がかかる。
それだけムールシュアの深い傷があるということだ。
「海魔は恐ろしい相手なのね。あぁ、そうだわ」
手持ち無沙汰になった私は、気になったことをマルコに言ってみた。
「マルコ、私を姫と呼ぶのはルール島の人だけよ」
「…………!?」
息を呑む気配がして肩越しに見ると、マルコは随分渋い顔をしていた。
当たりだ。
当たってほしくはなかったけれど、どうやらこの海賊マルコは、ルール島の島民だった。
どうりで指名手配していたはずなのにルール島に潜り込めるはずだ。
「やっぱり」
「なんだよ」
「今日のことであなたの身元にはだいたい見当がついたわ」
最初から少し不思議だったのだ。
魔法使いが海賊をしているなんて。
アレクセイは独学と言ったけれど、マルコの魔法にはしっかりした基礎を感じる。
特に霧という飛散する魔法形態で動く船を覆うなんて、相当の技術がなくては無理な話だった。
「船に乗ってからあなたの瞳が水のような色だと初めて知ったわ」
「…………うるせぇ」
マルコは薄い青い瞳をしている。
青い色の瞳はニグリオン連邦にあまりいない。
私の周りでは外国由来のアンディくらいだ。
けれどルール島にはたまにいる。
私は魔法の具合を見るためムールシュアに向き直る。
「ここに乗り込んで人魚の宝を手に入れられた上に、フィアはあなたを裏切り者と呼んだわね」
「うるせぇ」
人魚の住まいなんてほとんどの人間が知らない。
特にルール島から人魚が出て行ってからは知る由もない。
知っているのは人魚と接触を持った者だけ。接触できる者だけのはずだ。
そして人魚から裏切り者と呼ばれている。
つまり最初は仲間の認識だったという証であり、人間でそう言われる者は少数だが確かに存在した。
「あなた、ルール島の人魚の末裔なのね」
背後で動く音がした。
「べらべらと知ったように!」
怒りの声に振り向くと、マルコは短剣を抜いて駆けてくる。
武器は入る時に奪われたはずなのに何処に持っていたのだろう。
私は魔法を使っていて動けない。
行動を迷う間にマルコは目前に迫った。
「させなイ」
「…………フィア!」
武器を所持していたフィアがマルコを止める。
短剣と銛ではフィアが有利だ。
マルコも押し込めず退く。
それでもまだ殺気立って私を睨んでいた。
マルコは人魚と人間の間に生まれた子供、その子孫だろう。
かつて人魚がいた頃、ルール島には人魚とのハーフが暮らしていた。
手足に鱗や被膜があるというわかりやすい特徴があったけれど、人魚との間の子供は陸上で生活していたと聞く。
そして今ではそうした人魚の末裔が青い瞳になると言われているのだ。
「事態は飲み込めないが、加勢しよう」
「え?」
私の後ろから手が伸びた。
見ればムールシュアが起き上がっている。
でも回復した分の体力ゲージがごっそりと減ってしまった。
代わりに魔力が大きく回復するのを私は見る。
しかも攻撃力増加のバフもかかっているなんて、どう見ても普通ではない。
「何をしているの! そんなことをしていては死んでしまうわ!」
まるでマルコが使った禁止薬物のような状態だ。
あれを自前の魔法でムールシュアはやったのだ。
こんなことをしていれば確かに遅かれ早かれ死に至る。
それでも危うい空気が満ちる室内でムールシュアは怯まない。
マルコも退く気はない。
それほど知られたくなかったことを簡単に口にしてしまったのは私の不注意だ。
「マルコ、やめて!」
こんなところで抵抗してもマルコの劣勢は変わらないとわからないはずはない。
なのにマルコは聞いてくれる様子がないほど怒っているのだ。
そんなマルコの頑なさにフィアもムールシュアも殺気立つ。
どちらが動いてもおかしくない緊張に、どうすればいいかわからず私はマルコに訴えた。
「焦って私を殺す必要はないわ! 私は早死にするから!」
「…………は?」
あ、言っちゃった。
口を塞ぐけれどもう遅い。
マルコもフィアもムールシュアも私を見ている。
「おい、どういうことだ?」
「い、今のは忘れて」
「忘れるか。他人のことグダグダ言っておいてそれで通ると思うなよ」
フィアは銛を構えたままだけれど、明らかに私を心配して落ち着きを失くす。
「魔女メアリ、命を狙われてル?」
「ち、ちが…………違う、わ…………」
「バレバレじゃねぇか」
マルコうるさい!
顔を背けるとムールシュアと目が合った。
今も魔法で回復は続いている。マルコの急襲に驚いても魔法を解かなかった自分をちょっと褒めたい。
だいぶ効いているようで、デバフで表示される発熱の状態異常はムールシュアから解除されていた。
すると体力ゲージも見る間に回復していく。
「本当に魔女であるならこの再会は喜ばしい。だというのに君の余命が少ないというのはどういうことか?」
フィアよりはっきり喋るムールシュアに真っ直ぐ問い質される。
そして私の陰でいつでもマルコを狙える魔法を用意していた。
里一番の勇士は伊達じゃないようだ。
「人の、争いだから、あなたたちが気にかける必要は…………」
「君はここに無理やり連れて来られたのか?」
「いいえ、違うわ」
「おい、まず魔女ってのはお前らにとってなんだ?」
さすがにマルコも魔女が魔法使いの女性じゃないことに気づいた。
「魔法女王だ」
「あー駄目!」
「女王だー?」
マルコは胡散臭そうに声を上げた。
魔法女王は知らないけれど、それでも女王を名乗ることの危うさはわかる。
私の知られたくないことを知って、ようやくマルコは短剣を引く。
けれど直さない。
「お前さんがテルリンガー家にとって特別な意味を持つ魔法使いだってことはわかった。その上、なんとも物騒な名称を負う予定だってこともな」
「うぅ…………」
嘆く私をみて人魚の兄弟は困ってしまった。
説明を求めるように私を見ている。
「えっと、今ではもう魔法女王を知る者は少ないの。それにその名称は争いの元になる可能性があるわ。ともかく武器を引いてほしいのだけれど」
フィアは素直に聞いてくれる。
ムールシュアはマルコを見て動かない。
無言の圧にマルコは扉まで退いて、すぐには襲って来れない距離を保つ。
ようやくムールシュアが敵意を引いたようだけれど、魔法は見えない位置に保持したままだ。
「はぁ…………賭けね、これは」
言って自分を笑う。
いつも将来の可能性を賭けて来た。
命がけなんて今さらだわ。
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