138話:人魚の窮地
「いったいなんの話だ。メアリを危険にさらすなら僕が許さないぞ」
「商品は黙っててくれませんかねー」
後ろから物申すアレクセイに、マルコは面倒そうにあしらう。
アンリは声こそ出さなかったけれど、心配そうに私を見ていた。
「私の先祖がかつては人魚と交流があったの。彼らは人魚の中でもメロウと呼ばれる種族で、人に近いのよ」
だからルール島にはメロウとの間の子供がいたとも聞く。
けれどそれは言わない。
アレクセイの宗教では同じ人間でも異教徒との結婚は禁忌なのだ。
魔物と称する相手と子供を作るなんて異端と言われて不信感を買うだけだろう。
「人魚は船を襲うと聞く。彼らもそうじゃないのかい?」
アンリの不安はこの人魚たちが人間に害を成すかどうかのようだ。
まずはわかり合える相手と見てもらおう。
「私のことはメアリと呼んで。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」
「…………ムールフィア。あれらは何者ダ?」
「私のお友達よ。大陸の出身なの。ムールは確か兄弟名というものよね。フィアと呼んでもいいかしら?」
なんだか聞いたことあるような名前だ。
魔女になるため聞いた昔話でもムールなんとかはいたからそのせいかも知れない。
私の申し出にフィアは頷く。
そしてちょっと考えてからアンリに答えた。
「確かに理由があれば船を襲ウ。そして、時には不幸なことに間違いもあル」
「間違い? 理由もなく船を襲ったことがあるの?」
「そこの裏切り者を追っていタ。けれど予想よりも早く去ってしまイ、間違って関係のない船に迷惑をかけたことがあル、と聞いタ」
うん?
マルコたちが去った後に人魚に襲われた船?
もしかしてクラージュ王国へ行った時、私が人魚と会ったあの時のこと?
人魚が貴族の乗る客船を襲ったのは、マルコたちと間違えたから?
「おいおい、そんな目で見るなよ。何があったかは察しが付くけどよ」
位置関係と心当たりでマルコも把握したようだ。
「私、思わぬところであなたに迷惑かけられていたのね」
「いやいや、そりゃお互いさまだって。お前さんに会ってからこっち、商売あがったりなんだよ」
「あら、いいことじゃない」
海賊の商売が上手くいかないならそれだけ犯罪が未然に防がれたということだろう。
私が笑顔を向けるとマルコは嫌そうな顔を隠しもしない。
たぶんマルコと人魚は二年以上も追い駆けっこをしていたのだろう。
しかも殺し殺される命のやり取りだ。
だから今もお互い武装を解かずにいる。
隙があればやる気のままだった。
「マルコ、引いてくれると言っているのだから、話を聞くくらいしてあげて」
「おいおい、よく聞けよ。一度は見逃すと言ってんだ。ここで手を貸したところでまた追われる。なら、今決着をつけるべきだろうよ」
「…………それ、私がいるから言ってるのよね?」
今度はマルコが笑顔になった。
船を沈められると困る私は、現状マルコ側。
逃げていたことからマルコは人魚に勝てないのだろう。
今決着を口にしたのは、私を勝算として頭数に入れるからだ。
「却下よ。困っていると言うなら私はフィアに手を貸すわ。縄張り意識の強い人魚が助けを求めるなんてよほどのことだもの」
魔女に従っていた時も強敵に対してのみ協力を求めて来たと聞いている。
それ以外は静かに暮らす一族だったそうだ。
「おい、勝手をしてもらっちゃ困るぜ」
マルコはアンリとアレクセイを顎で指す。
人質をとっているのだから従えと言っているのがわかった。
「私は置いて行ってもいいわ。商品なら二人を無碍にすることはないでしょうし、あなたも一度は見逃してもらえる。人魚の困りごとも私が手を貸す」
「そんなのは駄目だ! メアリ!」
「船を沈める魔物相手に何を言ってるんだ!」
アンリとアレクセイが反対の声を上げるので、私はそちらを説得にかかる。
「ごめんなさい。我が家のことなの。昔、助けを求めた人魚を人間側の都合で撥ねつけたことがあるのよ。だから助けられる時には助けるよう言われているの」
今のルール島に人魚はいない。
ゲームではモンスターとしていたけど、実際は報告例がほとんどない状態だ。
住処をルール島から遠くに移したのだろうと言われているので、こうして海の真ん中で出会えたのは奇跡とも言えた。
「魔女と別なら見逃す理由はなイ」
「フィア、私の友人が乗っているの」
沈めないでほしいという私の願いに、フィアは考え込んで頷く。
「宝を持つに相応しい力を示セ。試練も受けずに掠めとるこそ泥に宝を持つ資格はなイ。資格ある者なら追うこともなイ」
フィアの言葉に他の人魚が驚いた。
つまり協力するならマルコを追わないということらしい。
マルコはフィアからの譲歩の言葉に、わざとらしく溜め息を吐いた。
「化け物姫を止める手立てはねぇ。人魚と一緒に消えてくれるならまだいいが、そっちと結託して襲われるわけにはいかねぇ。で、さらには商品も今までのように大人しくはならねぇし、水も使えなくなる、か」
デメリットを上げるマルコは私を見る。
「助けられた分くらいはこっちも譲歩してやる。だが、俺を生きてこの船に返すことを一番に考えるなら乗ってやろう」
「自分の命を軽く考えすぎではないかしら、船長?」
私の皮肉にマルコは肩を竦める。
周りの海賊は私とマルコを交互に見て困り顔だ。
人魚の里なんて敵地も同じ。
その上頼りは化け物姫と呼ぶ私。
けれど船長であるマルコが行くと言うなら、なんて葛藤が透けて見えるようだ。
「いいわ。フィア、私はマルコにも死なれては困るから、人魚がマルコを襲うなら阻止させてもらう」
「それでいイ。試練を受ける勇士を傷つけるような不作法はしなイ」
フィアの言葉に人魚たちは銛を引く。
どうやら人魚にとって試練を受けるということが形式的に重要なようだ。
人魚の一人が船の縁から海へと飛び込み、里に私の協力とマルコの試練受諾を報せに行く。
「人間が海の底に行く方法は持ってル。少し待っテ」
フィアにそう言われて、私は待つ間に事情を聞くことにした。
「それで、人魚の窮地とはいったい何があったの?」
「我々が海魔と呼ぶ獰猛な生き物がいル」
「あ、海魔退治のお話を聞いたことがあるわ。人魚を食べてしまう魔物で、クラーケンを襲うこともあるのよね?」
「そウ。北の海に住む海魔が、ルール島の南に来てル。里襲われて、仲間が犠牲になっタ」
…………ちょっと待って。
クラーケンを食べる海魔が南に移動した?
今北の海ではクラーケンが増えている。
もしそれが海魔という捕食者がいなくなったせいだったら?
「海魔が人魚の里を襲うのはいつから?」
「三年ほど前。ちょうどそこの裏切り者に宝を奪われてかラ。追うためにルール島近くまで行ってた仲間が見つかっテ、逃げタ。それを海魔が追って来タ」
好物の人魚を見つけて海魔が移動。そしてクラーケンが繁殖した。
つまりこれは巡り巡って、夏イベが起こる原因の話ではない?
私は思わずマルコを睨む。
知らないと言わんばかりに肩を竦めたけれど、流れを考えるとマルコが宝を奪ったせいだ。
「里一番の勇士が海魔を追い払っタ。でも海魔は諦めなイ。宝があれば海魔倒すこともできるのニ、なイ」
マルコが奪ったのは、水属性のキャラを全能力向上のアイテム。
それがないために人魚は攻めきれず、海魔を撃退に終始するばかり。
その上度重なる襲撃に疲弊し、危ない状態に陥っていると言う。
「里一番の勇士ハ、以前の海魔襲撃で負傷してしまっタ。もう、命が尽きル」
「え…………」
「でモ、命尽きても里守るト、戦うつもリ…………」
そうとう危ない状態なのに、里一番の勇士は命を懸けるつもりでいるらしい。
フィアは少しでも生存の可能性を高めるため、宝を求めてマルコを執拗に追っていたそうだ。
そこに私が現われ、フィアたちの攻撃を凌いだ。
たぶん魔女が全属性で支配適性という強力な魔法使いだと人魚は知っているんだろう。
だからこそ宝よりも勇士の命を、里の安全を守るため、私を引き入れることで宝を諦める選択をした。
「フィア、すぐに私を里に連れて行って。回復魔法でその勇士を助けられるかもしれない」
私の言葉に濡れた髪の間から見える口元に力が入る。
頷くフィアは濡れた髪を掻き上げた。
露わになった顔は幼さが残り可愛いらしい。
白い肌に小作りな顔で、銀の瞳に見覚えがあった。
(フィア!? 攻略キャラのフィアだ!)
(それって海を汚されたことに怒って襲ってくる人魚のイベントの!?)
女子高生気分の私が心の中で叫ぶ。
最初こそゲーム主人公と敵対するものの、最終的には味方になるイベントだ。
そして『不死蝶』とは敵対する攻略キャラの人魚、それがこのフィアだった。
思わぬ出会いだ。
アンリとアレクセイがジョヴァンニに捕まった状況自体が想定外なのに、さらに別の攻略キャラまで関わってしまっている。
私は不安がどっと押し寄せて来たのを感じた。
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