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137話:ルール島の人魚

 海賊船に侵入する人魚の先頭は、私たちと同じ年くらいの若さのように見えた。


 薄着で手足に鱗や鰭、被膜がある。

 長い髪が濡れて貼りついてるから顔は良く見えないけれど、その他は人間のような姿をしていた。


「ようやく捕まえタ。奪った物を返してもらウ」


 拙い発音で先頭の人魚が声をかけると、魅了状態のマルコがふらふら近づく。

 若い人魚の後ろでは、マルコに狙いをつけて銛が構えられた。

 どう見ても奪った物とやらを返したら、同時にマルコが殺される。


 それは困る。


「正気に、戻りなさい!」


 私は魔法を使って魅了を解除する。

 首飾りをシャツから出したところで、マルコは正気づいて大きく後ろに下がった。


「っぶねぇ!」


 私の動きに人魚たちはすぐさま銛を突き込むけれど、咄嗟に後ろへ逃げたマルコには届かず。

 大きな音を立てたため、他の船員も正気づいた。


 そんなマルコの胸で揺れる首飾りは、波を象る金属装飾の中に青い球が包まれた形。

 初めて会った時からつけている物だけれど、はっきりと見えたのはこれが初めてだった。


(あれって夏のイベントで手に入る水属性の向上アイテムじゃん!?)

(どういうことなの? 人魚から奪った? それにあれは状態異常を無効にする物のはずよ?)

(夏イベでは人魚助けてくれるやつ! ゲームでの異常無効は確率だったよ)

(だから睡眠と魅了を。でもどうしてイベントアイテムをマルコが持っているの?)


 私は混乱しながらもマルコを呼んだ。


「マルコ! 大丈夫!?」

「げ!? そういうことか。れ、礼は言っておくぜ。けど勝手に出てくるな」

「助けてやったのにずいぶんな言いぐさじゃないか」


 マルコはアレクセイには失笑を向けた。

 けれど続くアンリの質問には渋い顔をする。


「人魚からいったい何を奪ったんだ?い」

「関係ねぇだろ。商品は喋らず大人しく船室にいろ」


 襲ってくる人魚に対して、マルコたちは甲板にある武器になりそうな物を手に取る。


 そんな海賊たちによって、私たちは後ろに押し返された。


「ったくしつこいな!」

「我らの宝を盗み取っておいテ!」


 マルコと若い人魚のやり取りを合図に、戦闘が始まる。

 人魚も多くはおらず、夜の闇の中一対一の勝負がそこかしこで行われた。


「何処にでも出てきやがって! 暇なんじゃないか、お前ら!?」

「貴様のような裏切り者に関わってる時間はなイ! けどその宝が必要なんダ!」


 若い人魚がマルコに押される。

 それでも必死の抵抗を行い、若い人魚は距離を取って魔法を放った。

 運悪くマルコが避けた水の矢に、海賊が貫かれて退く。


 マルコが負傷した海賊を守るように動くと海賊が集まる。

 退いた若い人魚の下にも人魚が集い、両者はまた睨み合った。


「死なれたら困るわ。マルコ、奪ったと言うなら返してあげて」

「おいおい、お姫さまはこの状況なんだと思ってんだよ? 海賊が手に入れたもんそう簡単に手放すかってんだ」

「それで抵抗して奪い返されたら、一緒に命という利子を支払うことになるだけじゃない」


 話す間に若い人魚がこっそり魔法を発動した。

 今度は網のような水が海賊全員の頭上に広がる。


 しかもその範囲内にアンリとアレクセイもいる。

 私は風の渦を作って水を飛ばした。


「うわ。人魚の魔法まで片手で? 本当に化け物姫だな」

「そのあだ名やめて」


 驚いた人魚たちは次々に魔法を放つ。

 水属性ばかりなので風属性での対処可能だ。

 それでも回復適性と誤魔化しているから、初級魔法で風を吹かせながら気づかれないようもう一つ魔法を加える。


 私が全部の魔法を防ぐと近くで妙な会話が聞こえた。


「アンリ、メアリはニグリオンの若い魔法兵か?」

「ルール島で魔物を相手に訓練しているとは聞いたけど」


 あ、男の子たちにまで引かれた。

 これはちょっと年頃の乙女としては恥ずかしい。


 気づくと魔法は止まり、若い人魚が私の影を見つめていた。


「まさか、魔女カ?」


 あらこの感じ、もしかして?


「まだ正式ではないけれど、そう呼ばれる予定よ」


 私の返答に人魚側が戸惑う様子を見せた。


「魔女なんて今時珍しくないだろ?」


 マルコはわからず人魚の動揺を怪しむ。

 アンリとアレクセイもわかっていない様子だ。


 たぶん人魚が言ったのは魔法を使う女性での意味じゃない。

 魔女は魔法女王の略。つまり彼らはルール島の魔法女王を知っている。


「…………そう。あなたたちルール島の人魚の末裔なのね」

「ルール島に人魚がいるのかい、メアリ?」


 驚くアンリに、私は振り返らず頷く。


「昔はいたそうよ。ニグリオン連邦に取り込まれた後、魔物として追い立てられたと聞いているわ」

「魔物だろう? こうして人間を襲っているんだ」

「アレクセイ、今私たちは意思疎通してるのを見ていなかった?」


 私の指摘でアレクセイはようやく気づくようだ。

 どんなに知的で言葉を交わせても、人間を襲えば魔物というのが基本的な考え。

 けれど本来魔物と呼ばれる生き物の前提は、対話のできない危険な生物のはずだ。


 けれどこの人魚は私たちに通じる言葉を喋っている。


「次期魔女であるなラ、獣を明かセ」

「だったら、そちらに行ってもいいかしら?」

「危険だよ、メアリ!」

「何言ってるんだ!?」


 アンリとアレクセイが私を止める。

 するとその二人をマルコたちが拘束した。


「なんとかなるならしてくれや」

「あなたね。…………まぁ、いいわ。二人に乱暴なことはしないでね」


 私への牽制も兼ねてアンリとアレクセイ拘束したマルコの抜け目なさにちょっと呆れる。


 私は人魚に歩み寄ると声を潜めた。


「かつて先祖があなたたちと交流があったと聞いたけれど、それは本当?」

「魔女であるなら、我々を統率した時もあル」


 どうやら私の知る一族の歴史と同じようだ。

 ルール島の魔法女王は魔物の中でも文明を持つ魔族と呼ばれる者たちを従えた。

 ルール島の人間と魔族の争いに仲裁を行う役目もあったとか。


 けれどニグリオン連邦にルール島の実権を握られると、魔族も魔物として追われたという。

 島の一部しか保持できなかったテルリンガー家は弱っており助けられず、人魚はルール島を去ることになった。


「過去、我が家があなた方を助けることができなかったことを怨んでいるでしょうけれど、今はお話をさせて」


 私は言いながら、背後の人間たちに見えないよう眼鏡を取る。

 月明かりでも見えるように顔を傾けた。


 紫色の瞳を晒して、私は足を踏んでアーチェを呼ぶ。


「魔石から離れすぎだよ~。寝かせて~」


 いつも寝てるじゃない。


 アーチェは生首状態で影から文句を言う。

 それでも人魚たちは確かに見たようだ。


「…………黒き獣の魔女カ」

「よく知ってるわね」


 黒き獣とは体毛のことじゃない。

 負の面に堕ちた精霊のことだ。

 体は白いアルティスも、人魚風に言えば黒き獣になる。


「魔女は黒に染められてはいないのカ?」

「自分ではそう思っているけれど、どうなのかしら? こうして海賊に捕まってしまっているからには、人間の社会規範から外れた存在にはなってしまっているけれど」

「…………僕から見て、君は、狂ってはいなイ」

「ありがとう」


 私はなんとかメアリ叔母さまに習ったことを元に受け答えする。


 巫女も精霊に引き摺られる、染められる。

 精霊が負の面に落ちれば、契約する巫女もまた負の面に落ちるのだと。

 だからいつでも私から契約を破棄できる状態にしていたのは賢い選択だったと言われた。

 本気で結んでいたらアーチェの怠惰が伝染していたかもしれなかったらしい。


「おい、化け物姫さんよ! なんの話してんだ?」


 声の聞こえないマルコが急かす。


「捕まっているのカ?」

「えぇ、そうね。でも彼らを殺されるのは困るの。私たちは自力で陸に戻る方法がないから。できればあなたたちとも争いたくはないわ」


 若い人魚は真剣な表情で頷く。


「魔女ヨ、力を貸してくれるなら一度は見逃そウ」

「え?」


 マルコたちにも聞こえるように言ったため、海賊のほうからも驚きの声が上がる。


「かつての盟約は血の続く限り生きル。ならば我々の窮地を救ってくレ。それが先祖の償いにもなるだろウ」


 若い人魚は私を真っ直ぐに見つめてそう言った。


毎日更新

次回:人魚の窮地

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