136話:魅了の歌
数日後、私は突然石つきの縄で縛られた。
「くそ、本当に縄一本じゃどうしようもなくなってやがる」
以前のように魔力を強制発散させられたけれど、立っていられないほどの脱力は起きない。
今は魔力の総量も増えて平気ではあるけれど、それでも減るものは減るのだ。
「そしてまた一回で壊れやがる。本当に化け物姫だぜ…………」
縄付きの石が壊れて落ち込むマルコ。
予想していたのならやらなければいいのに。
「あの王子二人は立てなくなってやすけどね」
「なんですって!?」
「おいこら、ニック! お前なんで変になってる時のほうが口硬いんだよ」
口の滑るニックのお蔭で、魔力発散が私だけへの暴挙ではないとわかる。
「マルコ、どういうつもり?」
「そう睨むな。これから先の海域でお前らに勝手されると困るんだよ」
「それで私たちの身動きを封じようと? 隔離して縛った上に魔力まで奪うなんてずいぶん念の入ったことね」
「船ってのは大勢が息合わせて動かしてんだ。この間みたいな勝手な移動で人手を割かれても困るんだよ」
マルコの言い分は一理ある。
まだ陸は見えないのだから本職の船乗りに従うべきだとは思う。
というか大陸から離れるような航路を取っているのは私も太陽の位置で確認していた。
ここで船を乗っ取っても私には帰り方がわからない。
「…………わかったわ。でも甲板の様子は見させてもらうわよ」
「なんで偉そうなんだよこの人質はよぉ」
文句を言いながらも、マルコは私に背を向ける。
どうやらいいみたいだ。
私は日の当たらない影に入って邪魔にならないようにした。
舳先に立ったマルコは魔法で霧を出す。
「全速だ! 行くぞ、野郎ども!」
マルコの声に海賊が太い声で返事をし、甲板は一気に慌ただしくなった。
霧のせいで甲板にいても船の一部しか見えない中、一時間ほど進んだように思う。
海賊は今も忙しく動いて船を操っていた。
だいたいの動きがわかった私は、働く人たちを避けて甲板の階段を上がると操舵輪へ近づく。
「大丈夫なのこれ?」
「素人は黙ってろ。ちゃんと方向は確認してる」
「そうじゃないわ。あなた、この霧ずっと出し続けるつもり?」
操舵輪を掴むマルコは嫌そうな顔をした。
一時間魔法を使いっぱなしという状況がまずいことくらい私にもわかる。
答えないマルコに、私はゲーム的に見える魔力ゲージを確かめた。
本来青い魔力ゲージは赤くなっている。
たぶんもう一分も持たないだろう。
なのに今も見る間に魔力ゲージは減っていた。
「魔力が後十数えるくらいで底をつくわよ」
「なんで俺の魔力をそこまで的確に測れるんだよ!?」
忠告してあげたのにドン引きされる。
マルコは腰のポーチから小瓶を取り出した。
八の字を描く蛇のマークがついており、中身を厳重に封じる二重の蓋が施されている。
「ちょっとそれ!?」
私が止めるのも聞かず、マルコは小瓶の中身を飲み干す。
途端に魔力ゲージが一気に回復した。
代わりに体力ゲージが三分の一に減少する。
「ぐぅ…………!」
「馬鹿じゃないの!?」
ゲームなら被ダメージの音声が出るところだ。
現実の今、三分の一も体力が削れれば成人男性でも耐えがたい苦痛になる。
私は急いで回復魔法をかけた。
風がマルコを包む。
感じていた苦痛がなくなったのか、マルコは驚いて私を見下ろした。
「それ、禁止薬物じゃない。後二回飲めばあなた死ぬわよ?」
「へぇ? もう一本が限度かと思ったらまだあと一本行けたか」
「三本目を飲むと同時に死ぬと言ってるの! なんでそんな物飲むのよ! 今すぐ捨てなさい!」
「馬っ鹿。これいくらすると思ってんだよ。捨てるくらいなら売るっての」
どうやら私の忠告なんて最初から聞き入れる気がない。
その間も船は全速力で進む。
「何を急いでいるの?」
「…………ま、生きていたいなら今は邪魔するなよ」
真っ直ぐ前を見るマルコは、なんだか止められない気がする。
それほど真剣な様子に、これ以上何を言っても無駄だと悟った。
「わかったわ」
聞きわけのいい私を、逆に怪しむようにマルコは見る。
失礼ね。
「そんな物を使って回復するくらいなら私がするわ」
「は?」
「一時間程度でほぼ魔力が底をつくんだから、この後またすぐに飲むつもりでしょ。そんなの見てられない」
言いながら私はマルコの背後へ立つ。
背中に手をつけ魔法を使った。
「海のフィールドなら水属性に1.5倍だから、マルコの属性と合わせてボーナスがつく。魔力上昇、回復加速、消費減少、時間延長」
私は呟きながら水属性のバフをかける。
「お、お…………? おいおい、なんだこりゃ?」
「あなたの能力を底上げしたの。それでもさっきより少し魔力が底をつくまでの時間を伸ばしただけよ。魔力が半分になったら私の魔力分けるから」
「全属性とは聞いてたが、適性も複数あるのか?」
わたしが回復適性の魔法を使っていたのは見ている。
そして火や石を使うのも過去に見られていた。
そこから推測できる私の適性は攻撃か魔力。
さらには今援護適性の魔法を使ったのだから、最低三種は適性を持っていることは想像に難くないだろう。
「あら、ようやく私の価値を認識してくれたのかしら?」
「はん、どうりで侯爵家が兄貴の婚約未定を盾にいつまでも遊ばせてると思ったら。お前さん、テルリンガー家でも相当な実力者ってわけか」
私が調べたようにマルコも私を調べたようだ。
私は肯定も否定もしないまま、マルコの後ろで魔法による援助を続けた。
その後、船は問題なく進んだ。
「よし、ここまで来れば大丈夫だろう」
「わー、船長がぶっ倒れなかった。すげー」
「黙れ、ニック」
ニックの言葉で倒れる前提の強行だと知って呆れるしかない。
そこまでしてどうして先を急いだのかしら?
霧で隠れていたのは、何かから逃げていた?
「おら、お前さんも今日はさっさと引っ込め。っていうか、あれだけの魔法使って俺に魔力分けるなんてことまでしたくせに、なんでそんなに普通どおりなんだよ」
結局ドン引かれた。
そしてなんの理由があったかも教えられないまま部屋に戻される。
仕方なく台所脇の食糧庫で就寝した私は、微かに聞こえる旋律に深夜目を覚ました。
「これって、人魚の歌?」
クラージュへ行く際聞いた歌に似た旋律。
同時にクラージュの王姪令嬢が陥った状態を思い出す。
私は慌てて船内を走ってアンリとアレクセイの安否を確認した。
二人とも魔力を絞られたのと見張りの削減で同じ部屋に押し込められていたようだ。
「あら? 睡眠の状態異常だわ」
魅了ではないと胸を撫で下ろした直後、歌が変わる。
今度こそ魅了の状態異常にする旋律だった。
疑問はあるけれど、ともかく状態異常を回復させないと危ない。
私が魔法をかけたことで、二人は目を覚ました。
「え、これが人魚の歌? この船は沈められるのか!?」
「それも困るけど、この静けさも異様だよ。メアリ、他の船員はどうしたんだい?」
「あ、船員も魅了にかかってるのかも!」
私は慌てて甲板へ向かった。
アンリとアレクセイもついてくる。
「僕たちに見張りはいなかったのかい?」
「そう言えば誰にも会わなかったわ!」
「おい、こっちに寝てる海賊がいる」
アレクセイが途中で見つけたのはランタンを持っていただろう海賊。
きっと睡眠の状態異常で倒れるように眠ったのだろう。
側には割れたランタンがあり、私たちは延焼しないようすぐに火を消す。
「メアリ、向こうに人影が!」
アンリが指す方向には、月明かりの下ふらふらと歩く人影。
甲板に飛び出した私たちは、マルコとその他魔法の使える船員が夢遊病のように歩く姿を見た。
そして私には魅了の状態異常のマークが見えている。
「あ…………」
助けに行こうとした途端、船の縁に人間ではない皮膜の張った手がかけられた。
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