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135話:二つの道

 アレクセイは預言回避の方法を知っているらしい。

 そんなもの本当にあるの?

 預言は覆らないのが定説のはずなのに。


「この話は知ってるかい? 昔とある王が預言を受けた。それは新月の夜に生まれた息子がお前を殺し玉座を奪うというものだ」


 アレクセイの言う話は知っている。

 預言を題材にした有名な歌劇で、古典として今も上演されていた。


 アンリも頷いて話しの続きを語ってくれる。


「預言を恐れた王は生まれた息子を殺すように命じた。けれど王妃は背中に十字の傷をつけて産着を血で汚し、殺したと偽証して王子を逃がしたんだよね?」


 そうして生き延びた王子だったけれど、王を恐れた臣下がこっそり王子を国境の山に捨ててしまう。


 よくわからないままの私たちを気にせず、アレクセイは自信満々で続ける。


「けれどそこで預言の力が働く。王子は隣国の王に拾われ育てられることで預言を達成せずに死ぬことはなかった」

「うん、預言の成就までは王子は死なない。それが神の定めた運命という解釈だね」


 アンリの言うとおり、アレクセイが話す物語は預言の絶対性を語るもの。


 そして息子を殺したと思った王は増長するのだ。

 神の預言を覆した、つまり神を超越したと慢心して。


「暴君となった王は隣国を制圧しようとした。そして王子の養父である隣国の王を宴に呼び出し謀殺。復讐のため仲間を募り、正義を示した王子に神は味方し、ついに実父である王を打ち倒す」


 そうして預言は成就された。

 実は私はこの話があまり好きではない。

 さらにこの話は悲劇として続くからだ。


 暴君を倒し新たな王になった王子は、真実も預言も知らないまま過ごす。

 暴政を敷くわけでもないのに国は荒れ、飢饉が襲い、解決のため預言を受けた元王子は、自らの不孝が国に厄災をもたらしたことを知った。


「最後元王子は背中の傷によって実父を殺したと知って悲嘆するのよね。…………どうして誰も幸せになれない預言を神は与えるのかしら?」


 つい呟いてしまい、私は口を覆う。

 神の絶対を疑う言葉は背信者と言われる。


 アレクセイは呆れたように私を見た。


「よくいるんだよ。そういう見識の狭いことを言う人間。きちんと神の意思について学べるよう過去の偉人たちが書き残しているというのに」

「アレクセイ、そういう奥義書は部外秘なんだよ」


 困ったように指摘するアンリに、アレクセイは初めて気づいた様子で手を打った。


 もしかして今、部外秘について語ろうとしてない?


「僕も聞きかじっただけだけど、確かその話の神の意思はこうだ。暴君となる王を倒すのは息子で、その息子は父殺しの罪を負う。これは神を侮辱した王への断罪であると同時に、その血を継ぐ者の贖罪である。そして贖罪の上でなお贖いきれない神への罪を息子が父に代わって負うというさらなる贖罪の道だと」

「息子は真実を知って自らの不孝を自覚し、王位を離れて栄光を手放す。これによって贖罪は終わり、その後の息子は命を奪われることはないという救いに繋がる。王の罪を息子が負うことで、その他無辜の民に及んでいた罪の贖いは終わるんだ」


 ちょっと待って…………一気に喋られて混乱する。


 つまり、息子は色々酷い目に遭ってるけどそれが救いになる?

 結局悪いのは王なら王だけで完結していてほしいと思うのは不信心?


「この話は王が預言を回避しようとすることさえ見越して預言が与えられていることを示してるんだ」

「それは預言を覆したと慢心するからよね? 慢心しなければ暴君にもならないし、神を軽んじることもなかった」


 頭を整理して答える私を、アレクセイは指差してくる。


「そうだ。つまり預言に従うことで神は良きように計らってくれる」

「はい?」

「その例としてこういう話がある。ある王子は良き治世を望み預言を求めた。そして下されたのは、親友に玉座を譲れという預言だった」


 私は知らない話だった。

 表情からアンリも初耳らしい。


「死の預言ではなかったのかい?」

「あ、そうそう。親友に殺されるから玉座を譲れという預言だ」


 適当な訂正をして、アレクセイは気にせず続けた。


「息子を捨てた王との違いは、神の良きようにお導きくださいと言って親友に玉座を譲ったことだ。この王子は神の意思に従う善行を見せた。それにより、隣国の侵攻を退けた親友から王位を返還されることになる」


 つまり預言に背くと、争いを嫌った王子は隣国の侵攻に戦わず降伏しようとする。

 それに反対の親友と意見が合わず喧嘩の拍子に殺される預言だったらしい。


 けれど王になった親友は侵攻を退けると、王としての判断力は王子のほうが優れていると王位を返還した。


「全ては神の手の中。自ら従うことで神の報いは必ず訪れる」


 力説するアレクセイに、アンリは考えながら頷く。


「それが預言の回避方法だとしたら、アレクは自らルール島を訪れたのはそういうことか」

「え、どういうこと?」

「たぶん聖女の忠告は預言に依拠してる。そこはわかる、メアリ?」


 私はアンリに頷き返す。


「神はアンリがルール島でルール侯爵令嬢の悪事に巻き込まれると預言したことになるんだ」

「あ…………。だから危険だとわかっていて来たの? 神が望まれるから?」


 アレクセイは得意げに胸を張るけれど、怖くはないの?

 従うことで悪いようにはならないという信心があるから平気なの?


 でも今回のことに私は関係してないから、これ預言とは全然別ものだと思うけど。

 あら? そうなるとそれはそれで危ないんじゃない?

 預言に従えば助かるけれど、今の状況預言と関係ない。

 だって私裏にいないんだもの。


「君が来た理由と回避方法は理解した。でも預言の内容をきちんと聞いてないなら危ないよ」


 アンリも諌めるようにアレクセイに言う。


「だいたいその予言は聖女マリアに下されたものだ。なら行動すべきは聖女マリアで君個人じゃない」

「あ…………」


 アレクセイは今さら行動のまずさを認識したらしい。


「たぶん聖女マリアと一緒にルール島へ来たら、君はルール侯爵令嬢に迷惑をかけられたということじゃないのかな?」

「それは入学してからになると思うけれど、確かに今回の来島でアレクセイはルール侯爵家に関わっていないわ」

「そう、メアリの言うとおりだ。現状は預言と関係ない可能性もあるんだよ、アレク」


 アレクセイは困った様子で唇を尖らせた。


「でも、聖女マリアはルール島に行く僕に忠告したんだ」

「君への預言ならそう言うんじゃない? 僕も実際に預言を聞いたことはないけど」

「あぁ、聖女マリアは日中天啓を受けるんだ。未来の映像が見えるそうだよ。預言の場に立ち会った者が言うには、天を仰いで意識のない状態で歩いていたらしい」


 それって白昼夢?

 いや、今はマリアの預言の様子はどうでもいい。


 問題は私のゲーム知識という名の死亡フラグについて。

 これは予知ではない。だって神なんて知らないし、預言なんて大層なものでもない。

 ゲームという誰かが作った物語を知っているだけだ。


「あとその対処には問題があると思うんだ。息子に殺されると預言された王はどう従えば預言を回避できるんだい?」

「ないよ。だって神を貶めるなんて大罪を犯すんだ。救いがあるわけないだろ」


 アレクセイの返答に、アンリは頭を抱えた。


 死の預言は決定事項で、死ぬことは絶対だから諦めろって言うの?

 そんなこと受け入れられない。


 でもどうすればいいんだろう?

 神がゲームのシナリオだとしたら?

 私は『不死蝶』になることが生きる道なの?

 でもどうやって生還できるのかがわからない。

 それにゲームの敵はルール侯爵だと言われていたのだ。


 親子一緒に倒されろって?

 冗談じゃないわ。


「おいこらー。ニックに水ぶっかけたせいで昼飯のための水が足りなくなってるぞー」


 外からマルコの声がした。

 言葉の内容も、私たちの籠城に危機感を覚えた様子はない。


「喋ってるだけならそろそろ出て来い」


 もう少し話していても良さそうだけれど、雑に扉叩くからすごくうるさい。

 アンリとアレクセイも喋っていられなくなって耳を押さえた。


「あーもー! 海賊なんて野蛮人の集まりか!?」

「野蛮人に理屈が通じると思うなよ。っていうか会話できない態でもう話しかけるなお前は。姫さんはちゃんと言い聞かせたんだろうな?」


 マルコはアレクセイの洗脳に対してはうんざりしたように答える。

 どうやらマルコも洗脳を嫌がっており、籠城を許したのはアレクセイ改善のためだったようだ。


「アレク、相手を刺激するようなことはしないほうがいい」


 アンリは言い返そうとするアレクセイを止めながら私を見る。


「メアリ、辛いことがあったら隠さず言って。その時には僕も覚悟を決める」

「アンリ…………」

「おい、そこにいるの化け物姫だからな。そいつが対処できない状況なんて俺らも辛いわ」


 マルコうるさい。

 というかそれだけダンダン叩いていて私たちの話し声を聞き取れるなんて、どれだけここの壁は薄いの?


 マルコが茶々を入れるせいで私たちも気が削がれる。

 そのまま短い籠城は終わり、また海賊船生活へと戻ることになった。


毎日更新

次回:魅了の歌

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