134話:人質の密談
邪魔な海賊の見張りを追い払って、私たちは海賊船の小部屋に籠城した。
状況を理解したアンリとアレクセイも手伝って、内側から扉を封鎖する。
「どうせ逃げ場のない海上だもの。食事も必要だしその内出てくると高をくくってくれるわ」
「こんなことを顔色一つ変えずやるなんて、君一体何者だい?」
質問したのはアレクセイだけど、アンリも答えを求めるように私を見つめた。
「今まで聞かないようにしていたけど、こうなったら教えてほしい。どうせ入学すればわかるんだろう?」
「だからこそ今は聞かないでほしいわ。色々令嬢にあるまじき醜聞しか出てこないもの」
冗談めかしてかわそうとすると、不機嫌なアレクセイがさらに続ける。
「醜聞? 誘拐くらい僕だって初めてじゃない」
「…………なのにあんな態度だったの? よく無事だったわね」
「今までの奴らは神の威光を理解させれば自首したんだ」
もしかしてニックみたいな洗脳やってたのかしら?
「アレク、僕たちと女性のメアリじゃ、誘拐された意味が違うよ」
純潔の問題だとアンリが遠回しに指摘してくれた。
すでにマルコとの接点を知っているからこそ、アンリにも傷物扱いされている予想はついたのだろう。
深刻そうなアンリにあえて笑ってみせた。
「ふふ、逆にまだ見ぬ結婚相手を気にせずにいられて気楽なところもあるのよ」
「なるほど、だから奇人変人の従兄の世話をさせられていたのか」
「モスの世話を焼いたのは私の意思よ。別にモスとそう言う話もないから。…………ってアンリもそうだったのかって顔しないで」
そう言えばアンリの前でモスは私に求婚している。
もしかしてまだ変な誤解されてるの?
「ともかく、せっかく三人揃えたんだから今後のための作戦会議よ」
私は指を立てて力尽くで話を変える。
「そうだね。まずはこの船が何処へ向かっているかが問題かな?」
「わからないのよね。太陽の位置を見る限り西回りで南下してるのはわかるけれど」
「どうせ最終的につくのは僕の国だ」
「だからこそ今の場所は大事よ、アレクセイ。ばらばらにされては助け合えないじゃない」
途端にアレクセイは驚いた。
何かおかしなことを言ったかしら?
「何? どうしたの?」
「僕にも普通に話すようになってるじゃないか…………。初めて名前を呼ばれた」
「い、今さら? こほん、失礼しました殿下」
「やめろ! さっきみたいに話せ!」
「そう思うなら言わなきゃいいのに」
苦笑するアンリの顔色は良くなっている。
アレクセイも騒ぐ元気があるようだ。
最近様子を見に来てもニックと話し込んでいたからちょっと心配していた。
まさか洗脳してるとは思わなかったし。
そして話し合いの結果、引き渡し前に脱出する考えは一致した。
「報酬の受け渡しまで海賊は私たちを見張るはずよ」
「となると海賊の見張りがいなくなってからだね」
「いや、海賊に報酬が渡るのを阻止したい」
アレクセイは潔癖ぎみなようで、マルコが犯罪を完遂するのは許せないようだ。
悪事を働く実行犯を許せない気持ちはわかる。
でも敵を増やしても危険が増すだけだ。
「アレク、裏に誰がいるかもわからないんだ。今は逃げて安全を確保することが先決だよ」
「裏なんてわかってるだろ」
「あなたを攫うよう命じたのは、帝国内の小国だったわね。でもマルコはアンリを攫うよう依頼した相手を漏らしてはくれないの」
聞き出そうとしても無理だったことを私は告げる。
いっそアンリが相手の顔を見ればわかるかもしれないけれど、それは危険だ。
独立のための人質であるアレクセイと違って、アンリは顔を合わせる機会も与えず殺される可能性がある。
「海賊になんて聞くまでもない。裏にいるのはルール侯爵令嬢のシャノンだ!」
「はい…………!?」
突然の断定に私は耳を疑う。
アレクセイ何言ってるの!?
「確かに海賊が島に入り込んでるなんて疑わしいけど」
「え!?」
アンリまで!?
島国の入り込みやすさわかってないのかしら?
周り全部海なのよ?
ジョヴァンニみたいに偽装船で正規の手続きで入港されたら難しいんだよ?
鎖国? 鎖国が正解なの?
「でもどうしてルール侯爵ではなく令嬢のほうなんだい、アレク?」
「あ、そう言えば」
私とアンリに見られてアレクセイは前言を撤回することなく胸を張った。
「僕は聖女から直々に忠告を受けたからね」
「聖女…………?」
もしかしてそれって…………。
「あぁ、ちょうど僕の国に来る時期とぶつかって国まで送り届けたって言う?」
アンリは聞いていたらしく、すぐに合点した。
でもちょっと待ってほしい。
もしかしてこれ、未来変わってない?
だってアンリはゲームと違って滞在を延長している。
それをアレクセイは心配して来たのだ。
そして心配してくる途上で聖女と知り合った。
アンリがゲームどおりに帝国に帰っていたらなかった出来事になる。
「ルール島に行くと言ったら、聖女マリアは僕に言った。ルール島で起こる悪事の裏には必ず侯爵令嬢のシャノンがいる。僕はそれに巻き込まれて困ったことになるから気を付けるようにとね」
「それは預言かい? どんな悪事だとか、困ったことが何かとかは?」
「そこだよ。まさかこんな大変なこととは思わずに聞いていなかったんだ」
私はアレクセイの言葉に肩透かしを食らう。
けれど大変なことだという危機感は拭えない。
シャノンが悪事を行うと聖女マリアは知っているという事実だけでも重要だった。
聖女マリアは本当に予知ができる?
それとも私と同じ転生者?
転生者だとしたら敵か味方か…………。
「アレク。そんな忠告を受けていたのに、どうして来たんだい?」
「僕がこんな忠告を受けたのに君が戻らない。だったら君にも悪いことが起こっているに違いないと思ってね」
「余計に危ないだけじゃないか、アレク」
頭を押さえるアンリに、アレクセイはむっとする。
けれどアンリの口元には笑みが浮かんでいた。
アレクセイが助けに来てくれたとわかってしまっては怒れないのだろう。
「アレク、ともかく無事に戻れたら、まずは君を守り切れなかった聖騎士たちの助命に動こう。どうせその聖女からの忠告も伝えていないんだろう?」
「あ…………」
護衛としての任務を果たせなかった聖騎士にはもちろん厳罰が下される。
たとえそれがアレクセイの独断でも罰されるのが職責というものだ。
アレクセイの我儘で宿泊先を変えても、勝手に観光を手配したとしても、聖騎士たちは守れなかったという一時だけで重い罰が待っているだろう。
「幸い国から離れているから、すぐに厳罰が下ることはないだろうけれど。それでもいつ僕たちも抜け出せるかわからないんだ」
「うん、一刻も早くこんな小汚い船から逃げ出そう! …………どうした、メアリ?」
考え込む私にアレクセイは気づいて声をかけてくる。
聖女のことで聞き流してた私は、思わず考えを漏らした。
「聖女さまは本当に、預言を? 悪事の裏に必ずって、どれだけ当たるの?」
「メアリ、預言は基本的に外れないんだよ」
アンリは私に諭すように言った。
ですよね。それが一般認識だよね。
けれどそうなると、私は『不死蝶』になることが確定になる。
しかもこのままだとこの誘拐まで私のせいになる!
さらにそれで筋が通りそうだから困った。
だって誘拐された港に連れて行ったのは私だし、マルコの船に乗せたのも私だ。
全部ルール侯爵令嬢シャノンのせいって言われてもしょうがない状況が揃っている。
「はは、愉快な顔になってるぞ、メアリ」
「アレク、君が不安にさせることを言うからだよ。メアリはたぶんテルリンガー家の縁者だ。そこの本家令嬢が絡んでるとなると困った立場になる」
アンリの気遣いは誤解なんだけどけど、今はどうでもいい。
ここはメアリで通すべきか、実はシャノンですと正体を現すべきか?
「だったら僕が侍女として雇ってやろう」
「そういう問題じゃないよ。それに君が国に連れ帰るくらいなら僕が連れて行く」
「まぁ、回復適性はアンリのほうが活躍の場もあるか」
「もちろん、メアリが頷いてくれるならだけど」
まだグルグル考えて聞き流していた私に、聞いてないとわかってアンリが心配してくれる。
「何かもっとまずい事情があるのかい? そう言えば、直接知っているようなことを言っていたね」
「何? 君はあの我儘令嬢の悪事の証拠でも握っているのか?」
「握ってない! それに我儘令嬢もあくまで創作だから!」
全力で否定したら、逆に怪しまれるような視線を向けられてしまった。
「王子が絡んだのは創作でも、実際あんな令嬢がいるから題材にされるんだろ?」
「メアリ、僕は君に助けられてばかりだ。力になれるのならなんでも言ってほしい」
「本当に何もないの! えっと、ほら! 預言は外れないのでしょう? だったらこの先も入学してからアレクセイは大変なことになるかもしれないし」
適当な言い訳を見透かすように、アンリはまだ心配そうな顔で見ていた。
対照的にアレクセイは何故か胸を張る。
「そんなことか。まぁ、他国の人間なら知らなくても当たり前かな。いいかい、預言は基本的に外れない。けれど、預言を回避する方法は存在するんだよ」
「へぇ…………?」
アレクセイの自信満々な言葉がすぐには信じられず、私は間の抜けた声を漏らしてしまった。
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