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133話:人質生活

「はいこれ、お昼の分のお水。火は大丈夫そうね」

「おう、ご苦労。姫さん」


 海賊からぞんざいな返事が返されるものの、庶民の記憶があるため気にはならない。

 対して根っからの王子さまであるアレクセイはずいぶんと海賊の不躾さに怒っていた。


 マルコの船に乗って十日、ずっと海の上。

 私はまだ陸が見えないから大人しくしているけれど、慣れない船旅でアンリとアレクセイも大人しくなっている。


「アンリ、元気?」

「メアリ。君のほうこそ働かされてるのに、体は大丈夫かい?」


 別々の部屋で軟禁される中、私はマルコに言い渡された仕事を理由に船内を動き回っていた。

 水作りと一緒に水運びもしているので、マルコも強くは止めないでいる。

 ただ船の中は何処にでも船員がいるので、大した動きはさせてもらっていない。


 今は髪の色落ちを隠すためにバンダナを巻いて、服も前掛けをして貴族令嬢とは言い難い姿だ。

 そんな私をアンリは申し訳なさそうに見る。


「魔具を使うだけだから私は大丈夫よ」

「たまたま真水を作れる魔具を持っていたからって女の子に…………」


 温泉街での水供給を理由にこじつけ、私は魔具を持っていたと海賊にも口裏を合わせてもらっていた。


 海賊も私の属性を黙っているのは、アンリとアレクセイが知って妙な気を起こさないようにするためだろう。


「船酔いを回復するわ。手を貸して」


 アンリは慣れない船に酔って、暗殺未遂の時並みに顔色が悪くなっていた。

 だから私も治療を名目に出入りが可能になっているけれど、辛そうなアンリは見ていて可哀想だった。


「メアリ、だいぶ楽になったよ。ありがとう。それで、海賊の船長は金で動いていると思っていい?」

「えぇ、アレクセイを攫った海賊と違ってビジネスには忠実よ」

「だったら、僕とアレクで三人を買い取ると言って交渉できないかな?」


 自分たちで身代金を出すと言うアンリの三人には、どうやら私も入っているようだ。

 王子とじゃ資産価値が違うから、私のことは考えなくてもいいのに。


「ニグリオン連邦との軋轢にはなるだろうけど、この海賊が望むなら一代限りの爵位を与えて、アレクを攫った海賊から助け出したという態にもできると思う」


 実情はジョヴァンニと共犯だった上に、マルコの狙いは帝国の次期皇太子であるアンリ。

 本来なら極刑待ったなしのところを、助命の上、金を払い爵位まで与えると言う。

 大盤振る舞いとも言えるけど…………。


「マルコは慎重で逃げ足も速いの。だからこそ確約が必要になるわ」


 身分でものを言っても聞くような性格ならこんな誘拐していない。

 逆に力量のはっきりしている私の言葉は信用して、ジョヴァンニの船への攻撃に乗った。


「アンリは今、確約になる物を持っている? マルコが頷くような完璧な計画を語れる?」

「公正証書も作れない今の状況だと難しいね」


 正直アンリの案は無理だ。

 マルコは決して乗ってこないだろう。


 私はまだ悩むアンリを納得させるため入口のほうを振り返った。


「マルコは慎重よ。そうでしょう、ロイ?」


 入り口を見張るために室内にいるのは海賊のロイ。

 私とジョーとアンディを誘拐した時にもマルコが名前を口にしていた海賊だ。


 実はあの時、霧の中で適当に投げた石が当たって気絶したらしい。

 だから私のことを怖がっているそうだと口の軽いニックから聞いた。


「…………俺は何も聞いてねぇ」


 拒否するように横を向かれる。

 目は硬く瞑られ硬い意思を表すように腕は組まれていた。


 完全に嫌われてしまったようだけれど、今は好都合だ。


「だったらそのまま何も知らないふりをしていてちょうだい」

「え、おい! 何する気だ?」


 ロイが言う間に私は動く。

 アンリの両手両足は石つきの縄で縛られているので、足の縄から続く石を握って壊した。


「一瞬…………」


 ロイが壁に手を突いて俯くのは見ないふりかしら?


「メ、メアリ? いいのかい、こんなことをして」

「実はアレクセイに対して海賊から苦情が出ているの」

「まさかアレクは変わらず海賊に反抗を?」

「そうじゃないのよ。そうじゃないのだけれど、ちょっと困ったことになっているの」


 どう説明すべきかを迷って、私は言葉を濁す。

 事情を知っているロイも渋い顔をしていた。


「何度か会いに行ったのだけれど私よりアンリの言葉のほうがいい気がして」


 私がアンリの手を引いて立たせると、ロイは止めるべきかを迷っている。


「こんな逃げ場のない場所で暴れたりはしないわ。心配ならあなたも来ればいいのよ」


 そうロイに声をかけて、私は不安そうなアンリと一緒に部屋を出た。

 渋い顔のまま、ロイも後ろからついてくる。


 一度甲板に出てからしか行けない場所にアレクはいた。

 分散させる目的は明らかで、揃って抵抗されるのを警戒しているようだ。


「アレクセイ、私よ。入るわね」


 アレクセイが軟禁されているのは船員の部屋。

 アンリの所は元物置だった。

 ちなみに私は台所脇の食糧庫が宛がわれている。


「メアリとアンリも?」


 元気そうなアレクセイにアンリは安心した。

 けれど様子のおかしい人が一人室内にいるのだ。


「皆さんの再会に喜びを。神に感謝」


 そう言ったのは部屋で見張りをしていたはずの海賊。


「ニックー!?」


 ついて来たロイが悟ったような笑みを浮かべるニックの変貌に叫びをあげた。

 アンリの見張りでこの異常事態の話は聞いていたけれど、直接ニックには会っていなかったらしい。


 実はニック、このところずっとこの調子だ。


「アレク、君はいったい何をしているんだい?」


 アンリも予想外で困惑しながら聞いている。


「何とはなんだ? 僕は己の仕事として神の教えと正しき道を説いているだけだ」

「それにしても、あの海賊の様子はちょっと…………」

「君も海賊と同じく僕に文句を言うのかい、アンリ?」

「…………すでに言われた後なんだね」


 アンリは話しながらアレクセイの目の前に座る。

 私からは体の陰でアレクセイの足の縄を解こうとしているのが見えた。

 ニックの変貌ぶりに戦くロイは気づいていない。


 実は苦情が来てるのはこれ。

 アレクセイが部屋の中にいる見張りの海賊を洗脳しているというものだった。

 アレクセイ本人は、神の教えに従って告解をしているだけ、らしい。


「おかしくなってるってのは聞いてたが、なんでお前、そんな…………?」

「神はいつでも私たちを見ておられます。神のみ心に背いて悪を成すことがあるべきではない生き方なのです。神の栄光を知り己の罪を悔いた私は今、神の光に照らされているのです」


 私も何を言っているのかよくわからない。


 苦情として聞いた話はこうだ。

 宗教的な説教を煩がる海賊が多い中、素直なニックに見張りのお鉢が回った。

 するとアレクセイの小難しい話をニックは素直に聞き、わからないところは素直に質問し、日に日に洗脳状態は悪化してこうなったそうだ。


「ニック、おい! しっかりしろ!」

「いけません、ただ心静かに祈ることこそ神が人に望む生き方です。さぁ、共に騒がず落ち着いて今までの罪への懺悔をいたしましょう」

「うぇ…………!?」


 ニックが綺麗な目をして語りかけると、ロイは全身に鳥肌を立てて身を引く。

 他の海賊たちもこれを嫌がり苦情が私に寄せられた。


 ちなみにアレクセイの魔法なんかじゃない。

 アレクセイは氷属性の攻撃適性で、ひたすらニックの素直さがここまでの洗脳状態を作り出したようだ。

 他に加味するなら、後はアレクセイの敬虔さかしら?


「ロイ、ここは私たちに任せて」

「へ?」

「ともかく一度ニックを連れ出して引き離すの」

「お、おう」

「正気づくまで戻ってきちゃ駄目よ。あ、台所に水があるから頭からかけちゃって。後で補充はするから」

「わ、わかった!」


 私の指示に頷くロイは、穏やかに微笑むニックの肩を掴んだ。


「ニック! こっちにこい!」

「どうしたと言うのですか、ロイ。私は何処へも逃げませんよ」

「ひぃ、気持ち悪! いいからこっち来いって!」

「すぐ扉は閉めるから、力尽くで連れて行ってちょうだい」


 私はニックを引き摺り出すロイに加勢してすぐに扉を閉める。

 ついでに近くにあった物入れを引き摺って扉を塞いだ。


「よし。邪魔者はいなくなったわね」

「…………何しに来たんだ、君たち?」

「え、なんだろう?」


 アンリとアレクセイは困惑して顔を見合わせていた。


毎日更新

次回:人質の密談

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