131話:化け物姫
結局海賊は大砲の打ち合いを繰り返した後、船をぶつけあって大騒ぎの乱闘にもつれ込んだ。
その割に船長同士が合図を送ったら海賊たちの争いはすぐさま収まるという、なんとも統制だけは取れているらしい状況。
「ったく、義賊気取りのアホが手間かけさせやがって」
「誇りもない馬鹿は碌なことしねぇよな、全く」
船同士に板を渡して船長二人が罵り合いをする。
マストからはアンリだけが解放されており、板へと引き摺られていた。
「とっととうちの荷物寄越せ」
「あ、そうだ。こっちでたまたま手に入った人質ってどう扱うか決まりあるか?」
「お前もう南の縄張りに帰れよ。そっちで好きにすればいいだろ。そして二度とこっちに来るな」
「言われなくてもこっちの王子野郎を連れて南に行くっての。けど、そうだな。南に戻って考えるか」
殺し合いをした直後なのにさっぱりとしたやり取りをしている。
けれどやってることは人身売買並みに悪辣なことだった。
「アンリ!」
アレクセイは縛られたまま抵抗しているけれど、その甲斐はない。
私はと言えば、ちょっと思考が停止していた。
「マルコ…………?」
「あん?」
私の声が聞こえた海賊がこちらを見る。
その顔はやはり、かつて私を攫った海賊マルコだ。
これは賭けるしかない。
私は石つきの縄に自ら魔力を流して過負荷による機能不全を起こさせる。
そしてただの縄にした上で、魔法によって断ち切った。
そのまま呼吸を置かずアレクセイを掴んで魔法でマルコのほうへと飛ぶ。
「マルコ! 私をそちらの船に乗せなさい!」
「は!?」
「おい!? 石付きだったはずだぞ!?」
ジョヴァンニの驚きに、マルコの顔が引きつる。
どうやら変装で私とわかっていなかったけれど、行動で察しがついたようだ。
「おま…………!? なんてもん拾ってんだよ!」
悲鳴のようなマルコの声が響く。
アレクセイは突然のことに声も上げられず着地と同時に尻もちをついた。
縛られたままのアンリが膝を突いて安否を確認する。
その間もマルコはジョヴァンニに怒鳴るように説明していた。
「こいつだよ! 化け物姫だよ!」
「こいつが!?」
「やっぱりそれ広めているのはマルコなのね!」
マルコは自分の船のほうへ逃げ腰になって私から距離を取ろうとする。
「メアリ、君…………」
「守るから動かないで」
私はこれ見よがしに風を纏って威嚇をしながらアンリに囁いた。
私たちは今、マルコとジョヴァンニの間にいる。
どちらもお互いの海賊を警戒して動かない。
「マルコ、返事は?」
「誰がこんな面倒ごとの種抱え込むか」
マルコの拒否に、ジョヴァンニは信じられない顔で私を見つめる。
「本当にこんな女がお前を追い込んだのか?」
「語弊がある。こいつ逃がしたせいでやりにくくなっただけだよ」
「あら、以前海上で会った時は、私の顔を見ただけで逃げてしまったじゃない。一緒にいたお父さまが乗り込んで捕まえようとしていたのに」
「娘が娘なら親も親かよ!?」
「今は聞き流してあげる。私、あなたの判断の確かさは認めているのよ」
「そりゃどうも! けど化け物姫なんて頼まれたってごめんだね!」
マルコが本気で嫌がる間に、私はアンリの縄を触る。
緊張でちょっと加減間を違え、縄についた石が弾け飛んだ。
「なんだそれ!?」
「俺が聞きたいわ!」
「お前、こんなの野放しにしてんのかよ! 本当に化け物じゃねぇか!?」
「だから関わりたくねぇんだよ! もっと小さい時からこれやってたんだぞ!」
「今なら縄十本で縛られても逃げ出せるわよ」
言い合うジョヴァンニとマルコにそう忠告すると、二人は揃って黙る。
どうやら石つきの縄は十本もないらしい。
これは重畳。
「…………なんでこんな義賊馬鹿に大人しく捕まってんだよ?」
「お友達を見捨てられないのはあなたが良く知っているでしょう?」
「あいつら、ね…………まさかまた会うとは思わなかったが、そうか…………」
マルコが苦い顔で呟く。
もしかして、港にジョーとアンディがいなかったのは…………?
「おい、逃げ場はねぇんだ。俺はそっちの金髪王子がいればいい。お前は好きにしろ」
ジョヴァンニは私の厄介さを理解したようでマルコに押しつけようとする。
「ばーか。そんなんで聞くわけねぇだろ」
マルコは私が抵抗すると見越して動かない。
「大変な目に遭ったわね。しかも私がいるかも知れないルール島にいたのでしょう? ずいぶんと嫌な役回りだったのではない?」
そう探りを入れると、マルコはジョヴァンニをちらりと見る。
その視線には隠そうともしない不満があった。
「その上こうして私たちはこの船にいて、なのにこちらの海賊は抵抗をして無駄に被害を広げるばかりで。マルコは組む相手を間違えてしまったんじゃないかしら?」
「あんだと?」
ジョヴァンニが凄むけれど、私は無視してマルコを見つめる。
「賢明なマルコならわかるわね?」
「さてな」
白を切られる。
ここは乗ってよ。
しょうがない。
ここは奥の手を出そう。
「私たち三人を無事に陸まで運ぶなら、この船のマストを折ってあげる」
「はぁ!?」
「よし、乗った」
「おい!?」
ジョヴァンニが騒ぐと、攻撃を予期してジョヴァンニの海賊たちが動く。
「二人とも! マルコの船に走って!」
私はアンリとアレクセイを背に庇って、魔法を放つ。
鍵となる魔法文字を描き出し、海賊の頭上を越えてマストに当てる。
魔法文字によってマストに施していた魔法が起動し、マストが光り始めた。
「うげ!?」
すでに仕掛けられていたことにジョヴァンニが驚く間、私は呪文で魔法を完成させた。
「風化嬌音!」
私の声に合わせて強く発光したマストは、光が収まっても変化はなし。
ただしピシッパキッと不穏な音が誰の耳にも聞こえた。
「おい、折れねぇぞ」
「あと一押しよ。風精の抱擁!」
マルコの野次に、私はジョヴァンニの船全体を包む風を巻き起こした。
同時に、風に押されてジョヴァンニの船はマルコの船と離れ出す。
ほどなく渡していた板が海へと落ちた。
「「メアリ!?」」
マルコの船に乗ったアンリとアレクセイが私を呼ぶ。
「飛べるから大丈夫」
「ち、海に捨てるのも無理か」
自分の船に飛び込んだマルコがそんなことを呟く。
その間もジョヴァンニの船から聞こえる音は激しく大きくなっていた。
ジョヴァンニの海賊も私たちへの攻撃どころではない。
「どうなってる!?」
「マストの中から音が!」
「やべー! ひびが入ったぞ!?」
マストが明らかに斜めにかしぎ始める。
ほどなく、悲鳴のような音を立ててメインマストは横倒しになってしまった。
激しく揺れるジョヴァンニの船では、船員が振り落とされないよう必死だ。
弾ける縄に打たれて甲板を転がる者もいる。
折れたマストはスロー再生のように、大きな飛沫を上げて海へと叩きつけられた。
「ひゅー!」
マルコの海賊たちは大興奮だ。
「はっはー! これに懲りたら二度とうちの縄張り荒すんじゃねーよ!」
マルコも上機嫌にそんな声を上げている。
話を聞く限りジョヴァンニは南のほうを縄張りにした海賊のようだ。
マルコはこの辺りで大陸の北が縄張りなのだろう。
私は船の縁から甲板に降り、マルコに向き直る。
「それでは商談と行きましょうか?」
「何処の世界に荷物が自分で商談すんだよ?」
「あら、船底に放り込んでもいいのよ? 竜骨があちらのマストのようになるだけだから」
「お前、たち悪くなってるな…………」
以前クラージュ王国で船を回った時覚えた船の背骨と言われる重要部品。
どうやらマルコには効果覿面だったらしい。
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