130話:面倒ごとの種
ジュエル・プリンス号は海賊にとっては仮の船だった。
私たちは本船に移されると引き立てられ、メインマストに縛られる。
縄はお馴染み石付き。
抵抗すれば魔力を放出され身動きを取れなくさせられるようだ。
「つまり、我が帝国から独立なんて馬鹿を言う小国の手先か?」
「おいおい、口には気をつけろ。俺たち海賊は誰の手先にもなりやしねぇよ」
誘拐目的を聞いたアレクセイに、ジョヴァンニは何故か胸を張る。
「誰の手先にも? はん! 世の海賊と呼ばれる者たちが、他国では勲章を受ける英雄だと知らない程度の木っ端か」
「ったく、本当に一度立場叩きこんでやろうか、この野郎」
ジョヴァンニの脅しにアレクセイは苦い顔で黙り込む。
すでに一度、口で抵抗し続け腹に叩きこまれていた。
(もう一人の私、確認よ。本当にこんな設定はゲームになかったのよね?)
(あったら海賊イベの時に何かこの二人が言うでしょ? アレクセイは『不死蝶』に浜辺に作った砂のお城壊されて、のりのりでジョヴァンニと『不死蝶』追ってたって)
(そうよね。こんな関係になった相手と笑って共闘できるとは思えないわ)
ゲームには夏のイベントで、『不死蝶』が海賊船を乗っ取って起こす騒動がある。
ジョヴァンニは乗っ取られた海賊船と因縁があり、主人公より先に『不死蝶』と争っていたという設定だ。
『不死蝶』にやられそうになっていたジョヴァンニを主人公とイベント参加の攻略キャラが助けたことで一時的にジョヴァンニの海賊船に乗船する。
そして一緒に『不死蝶』を止めようというのがイベントストーリーだった。
(少なくともゲームのほうじゃもっとジョヴァンニ話の通じる相手だったよ)
(その時は魔法使い相手に共闘する必要があったから大人しくしていたということ?)
(メタ的に言えば、乙女ゲームに出てくるかっこいい男が乱暴な犯罪者とか誰得?)
(今メタはいらないのよ。どうすればこの場を凌げるかだわ)
(凌ぐの? 逃げるじゃなくて?)
(私だけなら逃げられると思うけれど、今はアンリとアレクセイもいるのよ)
私一人なら魔法で縄を解いて後は海上を飛べばいい。
ちょっと不安だけど魔力を温存して海に浮かんでまた飛ぶを繰り返せばルール島に戻れるだろう。
まだ一日程度の距離の今なら島には帰れる。
けれどアンリとアレクセイが一緒だと、飛べない二人との移動が問題になった。
(まさかルール島から逃げ出せるとは思わなかったわ。島外に出た時の対処を考えておけば良かった)
(あの港って内海で逃げ出しにくいって話だったよね? なんでこんな簡単にジョヴァンニは逃げられたの?)
スローブローの港は遠浅の穏やかな内海に面している。
その水域を作るのは、港の入り口を塞ぐような小さな島が波消しブロックの役目を果たすためだった。
そんな島には町があり、軍艦がいる。
地元では軍艦島と呼ばれており、船の出入りを見張る要衝でもあった。
(小さな船で小回り効かせて逃げ切ったのよ。それでも外海に出れば小さな船は波の影響を受けるんだけど、そこは船員の腕ね)
(島のほうから最初砲撃あったよね。すぐに止んだのはなんで?)
(誰が乗っているのか報告があったんでしょうね)
二つの帝国の王子が二人なんて、砲撃して被弾でもさせたら国際問題だ。
絶対に砲撃されれば撃沈されるような位置関係でも撃てなければ意味がない。
その上速度重視の小型の船で、拿捕するための船をルール島側が出す前に逃げられた。
魔法という強みは魔法使いであるジョヴァンニが潰したので機能していない。
「偉ぶるばっかりで税金湯水のように使う帝国に嫌気がさしたんだよ」
「そういう平和を乱す馬鹿がいるから余計に負担が増すのがどうしてわからない!」
ジョヴァンニとアレクセイは平行線の言い合いを続けている。
小国の肩を持つジョヴァンニとしては義挙のつもりらしい。
「ったく、こんなうるさい高慢ちきのために船一つ捨てたなんて船乗りとして恥ずかしいぜ」
見事な逃げっぷりを見せたジョヴァンニがぼやく。
ジュエル・プリンス号は本船に乗り移った時に捨ていた。
海上でも場所を特定できる目印を魔法でつけられたからだ。
ルール島側で対策はしていたけれど、海賊に対策をし返されていた。
「だいたいなんだってんだよ。あの島の厳重さ」
愚痴を吐くジョヴァンニに手下の海賊も頷く。
「遊覧船の広告入れるだけでも一苦労したんだぞ」
「やっぱりあれは君たちが? でもどうやって」
ある程度予想していたアンリに、ジョヴァンニは種明かしするように語る。
「おう。適当に王子の名前入れても届かないんだよな。忍び込もうにも見張りうろうろしてるし、お上品な恰好してないと目立つしよ。しょうがないから帝国のほうから船手配して送りつけたんだ」
元から隠れ宿は防犯のため、怪しい手紙は領主側で弾く。
それでも残った手紙は客に報告して確認の上、ようやくアンリのいる宿に届けられる仕組みになっていた。
その辺りを帝国からという形で通過させたらしい。
もしかしたら実在する誰かの名前を騙ったのかもしれない。
「上手く呼び出せたと思ったら、今度は交通規制。その上周りを二重三重に囲んでやがる」
「は? 何を言ってるんだ?」
アレクセイの様子にジョヴァンニは盛大な溜め息を吐いた。
「なんだお前らも知らなかったのかよ。あの聖騎士たち以外にも道挟んで護衛がうろうろしてたんだぞ」
領主とジョーとアンディという全く違う勢力からの増援でそんな形になったと知るのはこの場で私だけ。
できる限り目に入らないよう配慮してくれた結果、実は私たちは遠巻きに包囲されて観光をしていた。
「ったく、どれだけ情報集めて手回しして時間かけたと思ってんだよ。土地勘ないから嫌な奴とも手を組んだってのに。結局こんなギリギリの危ない橋渡らされてよ」
相当嫌いな相手なのか、ジョヴァンニからは殺気さえ漏れるようだった。
そんなジョヴァンニの目が私に向けられる。
「身元不明の令嬢。お前だろ? これだけの手回ししたのは」
「…………港にも人を配備していたはずよ。何故あの場所には誰もいなかったの?」
「ずいぶんばれるのが早いと思ったらそういうことか。それはたまたまだな。別の所で問題が起きてそっちに行ったみたいだぜ」
それならジョーとアンディは無事かしら?
ジョヴァンニが進んで排除したわけではないようだ。
俯きがちに考えていた私の顎をジョヴァンニが上向ける。
「それで? 帝国の王子の下に出入りしてるくせに、誰も正体を知らないお前は何者だ?」
どうやら私のことは調べ切れていない。
眼鏡も無事で目も見えていないからこれだけ近くてもわからないらしい。
実は眼鏡イベでノービ太眼鏡に使われていた取れない接着剤は、すでにモスが完成させていた。
実際の所を体感してみたくて、つけて来てて良かった。
ちなみに眼鏡のレンズ自体もマジックミラー風に反射する仕様だ。
「…………面倒ごとの種よ。早々に手放すことをお勧めするわ」
私が警告ぎみにそう言った途端、風切り音があたりに響く。
次いで大きく船が揺れる衝撃が走った。
「どうした!?」
「船長! 奴らが追って来やした!」
「やっべ…………!?」
すぐに甲板の縁に行くジョヴァンニは、迫る敵船を確認して呟く。
首を伸ばしてみると、いつの間にか海上には霧が発生していた。
その霧を切り裂くように舳先が現われる。
「別の海賊船だ。縄張りを争う敵というところなのかな?」
「メアリが言うとおり、本当に面倒ごとが起きた?」
アンリとアレクセイに見られるけど、冤罪よ。
「わ、私は何もしてないわよ?」
海賊船を象徴する髑髏の旗をなびかせる別の船から、また砲撃が行われた。
その合間に風に乗って騒ぐ声が聞こえてくる。
「船長、向こうさん滅茶苦茶怒ってるぜ」
「そりゃ、約束の報酬無視して置いて行ったからな」
どうやらジョヴァンニがやらかしたようだ。
もしかして手を組んだ嫌な奴?
「今からでもこっちの変な目の王子引き渡したらどうっすか?」
アンリを指す船員の行動から、どうやら約束の報酬というのはアンリの身柄のようだ。
ジョヴァンニもアンリを見るので、私とアレクセイが睨み返す。
「無理だな。一度反故にしてんだ。あっちも俺らを殴らなきゃ腹の虫がおさまらないだろう」
面倒そうに言ったジョヴァンニは、表情を引き締めた。
「よし、そうと決まったら一戦やるぞ! あの透かした横っ面張り倒してやる!」
自分がやっといて!?
「なんて野蛮なんだ!」
「アレク、お願いだから大人しくしていて」
「どうしてだ。間違ってることを受け入れるつもりはない!」
「僕たちには価値がある。だから殺されない。でも…………」
アンリの目が私に向けられた。
そう言えば、ジョヴァンニが欲しかったのはアレクセイで、もう一つの海賊が欲しかったのはアンリの身柄。
…………つまり私はいらない子?
「君への苛立ちをメアリに向けられかねないんだ」
「…………くそ!」
「なんだかごめんなさい」
「謝るな!」
殊勝な態度でも怒鳴られた。
どうしろって言うのよ?
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