128話:王子さま観光
スローブローの大通りは今日、往来を身分によって制限されていた。
そんな道を元気な王子が徒歩で観光をしている。
「メアリ、あれはなんだ? あ、これ面白い。こっちはなんだ? 向こうも気になる!」
「待ってください、殿下」
「アレク、お店は逃げないから落ち着いて」
私とアンリが追う周囲を聖騎士が警戒する。
今スローブローにいるのはほぼ貴族で、この時間、住民には自粛要請が出されている。
要人が来ることもあるから慣れていると言ってくれた領主には感謝しかない。
白いつば広の帽子を押さえて追う私を、アレクセイは不満顔で振り返った。
「メアリ、アレクでいいと言っただろう」
「そうはまいりません」
「ほら、アレク。どれが気になったんだい?」
アンリが気を逸らしてくれるのだけれど、寄り道はやめてー。
事前に立ち寄る店には根回しをしてある。
帝国王子という立場も説明済みで、これで快適に観光できると思ったのに…………。
「店主、これは何に使う道具だ?」
「そ、それはですね、えっと、こう触って、こうなって、こう…………」
「うん? どうなったんだ?」
根回ししてない店主が困って説明さえできずに恐縮してしまっている。
聖騎士引き連れて店の前を占拠されたらそうなるわよ。
「殿下、そちらは魔石に衝撃を与えると光る魔具です」
私はペンライトのような土産物について横から教えた。
一定時間光ると消えるしそんなに光量はない。
ただ石の表面に色を付ければバリエーションになるからお土産として人気だと聞いている。
正直王子が見るような価格帯の物ではないのだけれど。
「魔石に興味がおありでしたら、魔石専門の店をこの後ご案内しますから」
「いや、これがいい。全部くれ」
「へぁ? へ、へい!」
豪快な買い物に店主はあたふたと対応する。
まごつくたびに聖騎士に睨まれているのが可哀想でしょうがない。
私が溜め息をつくと、アンリが寄って来て囁いた。
「お膳立てしてくれたのに、ごめん」
「王子さまがウィンドウショッピングを楽しむなんて思わなかったわ。もっと意見を聞いておけば良かった」
そうしたら店への根回しじゃなく、道の使用制限と回覧板で済んだのに。
「それで、次は? 遊覧船はまだか」
聖騎士に荷物を持たせてアレクセイは自由に聞いてくる。
「お楽しみいただけて嬉しいですが、遊覧船はお食事の後です」
「よし、それならあの店に行こう!」
「あ、そこは!?」
勝手に進むアレクセイは、私の制止では振り返りもしない。
けれどそこはまずい!
何せそこには…………。
「騒がしいと思ったら、なんでこっち来てるんだ?」
「少しは周りを見るべきだね。騒々しい」
「む、何故ここにいる」
店から出てくるジョーとアンディに、アレクセイは不機嫌を隠そうともしない。
近くに居ながら被らないよう調整したのに、本当に色々根回しが無駄になってる。
「魔具買うならここが品揃えいいからな」
「別に君に咎められる謂れはないだろう」
やーめーてー。
どうして今日はアンディが煽るの?
「女性を連れておいてエスコートもしないなんて。それが北の流儀なのかい?」
「あ、いっそ俺たちと回るか? 置いていくことはしないぜ、お嬢さん?」
「え、いえ…………」
「赤いチョーカーが可愛いぜ。白い帽子とガウンも海に映える。一緒に散歩でも?」
そしてどうして私をナンパするの?
メアリは知らない人設定なんだから、アドリブ入れられても困るわ。
いつものように気軽に手を伸ばしてくるジョーに悪気はなさそうだけれど。
そんなジョーの手が触れる寸前、私はアンリに引き寄せられた。
「僕の連れを困らせないで貰いたい」
「ふーん」
ジョーは含みのある目でアンリを見る。
その様子を眺めていたアンディが、港へと体を向けた。
「…………行こう、ジョー。船の予約もあるんだ」
「船だと? お前たちも遊覧船か?」
「答える義務はない」
アレクセイを無視してアンディは歩き始める。
ジョーは全く悪びれた様子もなく、私に手を振りながら去っていく。
えっと、今何があったのだったかしら?
「…………はぁ、ごめんメアリ。いきなり触れてしまった」
「あ、ううん。いいの。庇ってくれてありがとう」
アンリからすれば私のナンパをかわすためのことだ。怒ってはいない。
お礼を言うとアンリは照れたように笑う。
「らしくないな」
「アレク?」
「君らしくないぞ、アンリ。ぐずぐずして言いたいことも言えなかった君はどうした」
「えっと…………」
いきなり貶し始めたアレクセイに、アンリも答えあぐねてしまう。
こういう時、聖騎士は聞かないふりで揃って背を向けていた。
「何をするにも迷って動けない君が、メアリに対してだけそう反応がいいのはどうしたことだ? それとも心境の変化でもあったのか? なんにしても、慰めに来た僕の出番がないみたいだ」
そして拗ねる。
アレクセイが唐突すぎてちょっと何を言っているのかわからない。
「えっと…………、ごめん?」
「アンリ、たぶん謝らなくていいと思うわ。今日まであなたを慰めている殿下を見た覚えがないもの」
「なんだと! こうして気晴らしに連れ出しているじゃないか!」
あ、そうだったんだ。
自分が遊覧船を楽しみにしているからだとばかり…………。
そう思ったのは私だけじゃないらしく、背を向けていた聖騎士たちも驚いたようにこちらを振り返っていた。
「ふふ、ありがとう、アレク。君の思いやりに感謝を。神の祝福の多からんことを」
アンリは大人の対応でお礼を言って、修道生活をするアレクセイに合わせて言葉を選ぶ。
そんな気遣いを見た後だと、胸を張るアレクセイが子供っぽく映る。
「よし、嫌な気分になったけど次へ行こう」
結局その後も寄り道を続けたものの、なんとか予約していた店で食事をすることができた。
食事を終えて港までは寄り道禁止をアレクセイに約束してもらって、遊覧船に乗るため船員たちが行き交う区域へと向かう。
「アレクセイ殿下でしょうか? 船の案内に参りました」
港へ着くと係員らしき男が笑顔でそう声をかけて来た。
「まずはお手続きをお願いいたします。それと、お付きの方々の身体検査をよろしいでしょうか? 船は重量制限がありますもので」
聖騎士たちやアンリの護衛のステファンさんも武装しているため、重量を計りたいということらしい。
一緒にいる私たちの名前なんかを確認されて、護衛を遠目に船員と待つことになる。
「僕たちが乗る船はどれだ? いつになったら乗れる?」
「お待たせして申し訳ありません。重量を計る係りの者は最近雇ったばかりで少々手間取っているようです。船に興味がおありでしたら喜んでご説明させていただきます」
暇を持て余したアレクセイは船員と話し込む。
手持ち無沙汰の私は辺りを見回して違和感を覚えた。
幾つも船の並んだ港はこのスローブローでは日常風景。
人も行き来が絶えず、賑わいでちょっと騒がしいくらいだ。
「どうしたの、メアリ? なんだか難しい顔をしているよ? 何か予定外なことでも?」
アンリが気づいてそう声をかけて来てくれた。
でも何に違和感を覚えているのか私自身わからず答えようがない。
「いえ、なんでもないわ。大丈夫よ」
「元はと言えば僕がお願いしたことだから。気になることがあるなら教えてほしいな」
ちょっと気になるくらいなんだけど、話したら違和感の正体がわかるかしら?
「何か足りないような…………あ、そうだわ。先ほどお会いした貴公子方の姿が見えない?」
ジョーとアンディが何処にもいない。
二人が手配した遊覧船は私たちのすぐ後に出る予定だ。
というか遊覧船を騙った我が家所有の船だったりする。
海上で私たちに異変があれば救助をする予定で用意していたはずなのに。
「もう出発したんじゃないかな? そう言えば、僕たちが乗る船の名前はなんて言うんだい?」
そんなことはあり得ない。
なんて答えられず、私はアンリの質問に乗るしかなかった。
「日の出丸よ」
「不思議な響きの名前だね」
実はメアリ叔母さまの領地で運行していた遊覧船で、叔母さまの息がかかってるから安全ということでこっちまで来てもらった船だ。
出入りする港が変わっても島を一周する経路は変わらないからと太鼓判を押された。
「アレク、船の名前が…………あれ?」
「いない?」
アンリが声をかけようとした先では、さっきまで船員と話していたアレクセイがいなくなっていた。
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