126話:逃げられない
私はミックの働く店にまた来ていた。
「あれから劇団の奴ら来てないっすよ」
「絶対文句を言うつもりだったのに。宿まで押しかけてやろうかしら?」
「お嬢が怒るのもしょうがねぇっすけど。しかし劇ってそんなに広まるもんなんっすね」
「あの劇団、伝統的な歌劇に飽きた若い層に人気があるらしいのよ」
文句を言うために来たのに、劇団ゲームは来ていなかった。
私が逃げた日から来てないとなると、本人たちも後ろめたさがあるんだろう。
今日は他にも目的があるから無駄足にはならないけど。
「お嬢、今日は髪染めてないっすね」
「あれ、開発者の従兄に頼まないと自分じゃむらができちゃうの。今日は入学準備で買い物に出かけてるからいないのよ」
私は髪を帽子に入れて眼鏡だけで変装してる。
もちろん服装は赤系統だけど、帽子を取ったらすぐにばれそうだ。
「ところでミック、この遊覧船わかる?」
私が差し出すのはアンリの所でアレクセイが見せた広告。
発着場所がこのスローブローの港になっている。
「ジュエルプリンス号? ずいぶん派手な名前っすね。お嬢が乗るんっすか?」
「違うわ。帝国の王子さまが乗りたいそうよ。就航しているかしら?」
「いやぁ。こういう遊覧船って幾つもあるんっすよ。どの国の人間狙うかによって差をつけてるって聞いた気がしますね」
どうやらここで働いているミックでも思い当たらないようだ。
「実はこれ、温泉街の山の手に送られて来たらしくて、ちょっと変なのよ」
「山の手って、お嬢の従兄が占拠してる?」
「そうなの。郵便物の仕分けをアンリが断っているから、見るからに怪しいもの以外はそのまま宿に持ち込まれるそうなんだけど」
「あの、お嬢? 帝国の王子さまという方とお知り合いになった経緯とか聞いても?」
「…………聞かないほうがいいわよ?」
「っす」
ミックは素直に引く。
「けど妙っすね。なんでスローブローの遊覧船の広告が温泉街に?」
「そうなのよ。しかもアンリの所にだけなの」
モスの所の名義はテルリンガー家だ。
だから名義上島外の客を狙ったと思えなくもないけれど、それにしてもどうしてアンリの所なのかが不思議だ。
「はぁ、王子さま狙いでこの仰々しい名前っすか?」
「ちょっと調べたんだけど船が特定できないのよね」
「船主が気まぐれで始めたやつっすか?」
「そういう業者は多いの? 領主のほうから聞いたら、船主、運航主、企画、ガイド派遣って全て別組織がやってるなんてよくあることらしくて」
「っすね。船遊ばせておいても維持費かかるんで、貸してる船主は漁船でもいるっす」
私は結局、アレクセイの我儘を叔母さまに相談した。
止めてくれるかと思いきや、将来領地を継ぐための練習として、手間のかかる各方面への根回しをやるよう言われてしまっている。
しかもやってみると各部署との打ち合わせが多い。
問い合わせ、確認、訂正、また問い合わせ。その繰り返しだ。
「知っていたけれど、エリオットってすごかったのね」
「できる使用人って感じでしたけど、どうかしたっすか?」
「いえ、段取りを決めるだけで私は疲れてるのに、エリオット、私の思いつきにいつも嫌な顔一つせずにいたのよ。こんな気疲れすることを平然とやってのけた上に、私につき合って動き回っていたのねって、今さら気づいたの」
「あー、それはあの従者の性格もあるかと思うっすよ?」
「頑張ることが苦にならない努力家なのは知ってる」
「いや、単にお嬢のために働くのが好きなんじゃないっすか?」
そう言われるとそうかも。
でも元から世話好きというかまめな性格もあると思う。
何せ趣味が裁縫や園芸だ。
手をかけるだけ出来上がりが良くなるとわかっているから甲斐があると言っていたこともある。
「私に手をかけても甲斐はないのに」
「お嬢? あの従者、何かあったんっすか? 今大陸のほうにいるんっすよね」
「あ、そうじゃないのよ。大丈夫、エリオットは元気よ。海の向こうにいるのに十日に一回くらいは手紙が届くから」
エリオットは今クラージュ王国から東に進んでいるそうだ。
予定を知っているから行く先もわかってる。
手紙を返すのは滞在先と進む距離さえわかっていれば可能だった。
ただ私は未だに、一通しか返信できていない。
「あの従者にこのこと教えてますか?」
ミックの鋭い質問に、私は思わず目を逸らす。
エリオットの手紙にも何か危ないことをしていないかと書かれていたばかりだから余計に居心地が悪かった。
「もしかして俺の所に来てることも教えてないとか?」
「言う、必要があるかしら…………?」
「あるに決まってるでしょ。ここは本来お嬢が来るような場所じゃないっすよ」
ミックは後ろめたい私を見下ろして呆れる。
「だいたいこの街も俺の故郷より人が多くて諍いも多いんすから」
「そうね、こちらのほうが活気があるわ」
「そうじゃなくてっすね。あっちは別荘地に近いから、港まで行かないと荒っぽいのいないんっすよ。けど、こっちの港はでかいし人間の出入りも激しい。歩いてるだけで面倒ごとに当たる可能性は高いっす」
「あぁ。心配してくれるのね、ありがとう」
「本当気を付けてくださいよ。あの従者と違って俺じゃ守り切れないっすから」
「守ってくれようと考えてもらえて光栄だわ」
私の答えにミックは不服そうだ。
けれどできることはないとわかっているのか、今度はミックが視線を逸らした。
「あの劇団とつき合ってることも言うべきっすよ」
「あまり深入りする気はなかったのだけれど、面白くてつい」
笑ってみせるとミックは溜め息を吐いて冗談めかす。
「お嬢、女優にでもなりたいっすか?」
「興味がないわけではないけれど、案外劇って自然に振る舞うことよりも大袈裟に演じることが重視されるのよね」
庶民だけど令嬢演じてる私にも、演劇ができるかもしれないと思ったこともある。
けれど必要技能はそこじゃないということを実際やってみてわかった。
うん、ちょっとエリオットがいない内に劇団ゲームとちょっと、ね。
「演じるって表現するってことだったのよ」
「はぁ?」
「台本を見せてもらって、我儘令嬢の台詞言ってみたけれど違ったの。私が言っても、それは我儘令嬢にはならないのよ」
「それは、また…………」
ミックには劇団ゲームが作った我儘令嬢という劇のことは教えてある。
もう我儘令嬢は上演しないと約束したウンエイたちは、次なる人気演目を作るためミックへ未だに劇化の打診を続けていた。
「代わりに裏方のほうが面白そうなことが多くてね」
「そう言えば、監督とか演出とか何するっすか?」
「あら、ミックも興味ある?」
「いや、ないっす。ただあの劇団員たちの肩書の意味がわかんなくて」
「そうねぇ、演じる側じゃなくて、作る側と言ったところかしら?」
説明しようとすると、心配そうなミックの目と視線が合った。
「お嬢、あいつらお嬢のこと引きずり込む気っすから、気を付けてくださいね?」
「わかっているわ。でも勝手をされるより関わって行ったほうがいいと思って」
「いや、演目ヤバすぎじゃないっすか」
「いっそそんなことをしているのに私に突撃して来た真っ直ぐさがすごいと思うわ」
「笑いごとじゃないっすよ。あれは投獄されても文句言えませんって」
我儘令嬢はさすがに広まりすぎている。
もうやらないだけでは噂が消えることはないだろう。
手を打つべきとメアリ叔母さまにも言われた。
そうしないとお父さまが知った時、庇えもしないと忠告されている。
「一応、カーンに嘘吐き令嬢という劇でも作ったらどう? とは言ってあるんだけど」
私を悪役令嬢に仕立てようとした相手へのカウンターだ。
今ルール島にいないカーンとレクター、実は例の伯爵令嬢への取材に行っている。
何故私をはめようとしたのか。そこにどんな理由があったのかは知りたい。
すでに罰を受けているのだから、どんな碌でもない理由でも件の令嬢には何もしないと約束はしておいた。
「奴ら本当にこの島で上演するっすか?」
「いくつか演目を聞いたけれど政治主張が激しいのよ。やる気があるのならこちら用に別の台本を作るべきだとは言ってあるのだけれど」
「例えば?」
「そうねぇ…………」
大前提は島の住人が楽しめる娯楽作品であること。
シーナが好きそうな恋愛は女性向けすぎるかしら?
「いっそ子供向けの啓発劇をしてほしいわね」
「啓発っすか?」
「ほら、魔法使いごっこで毎年怪我する子供がいるじゃない。それと、ヒポグリフに不用意に手を出してしまったり」
「あぁ、劇で危ないことをするなって言うんっすね。面白ければ見るんじゃないっすか?」
「そこは彼らの腕次第ね。今度会ったら文句のついでに提案してみるわ」
私に答えようとしたミックが動きを止める。
視線は私の後ろの入り口を見ていた。
振り返ろうとした時、私の両肩に手が置かれる。
「誰に文句をいうんだ、シャノン?」
「その前に彼らが誰かを説明してほしいな」
「…………ジョー、アンディ? ど、どうしてここに?」
左右から肩押さえる友人を見ても答えてくれない。
「ミック、こいつ連れて行くぜ」
「っす」
「君もシャノンを甘やかさないでくれ」
「っす」
圧を放つ二人に連れられ、私はミックの店を後にすることになってしまう。
そんな私にミックは小さく手を振っていた。
毎日更新
次回:強制エスコート




