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125話:王子の我儘

 後日、私はアンリからの呼び出しでまた山の中の宿を訪れることになった。

 呼び出しを無視するわけにもいかなかったのだけれど、アレクセイが私を待ち受けていたのは何故かしら。


「来たな、メアリ」

「ごめんね。まだ別荘地に行ってないんだ」


 うん、知っていましたけどね。


 この島の交通はヒポグリフ馬車で、その管理は我が家がしている。

 だから誰が何処へ移動したかはルール侯爵家が把握していた。


「なんのご用でしょうか」


 通されたのはアンリといつも話してる部屋なのだけれど、今日は座らず立ったまま用件を問う。


「先日の威勢はどうしたんだ?」

「失礼いたしました。謝罪を要求されるのでしたらいかようにでも言葉を尽しましょう。その後は速やかにご前を辞させていただきます」

「メアリ、違うんだよ」


 最上級の礼で膝を折ると、アンリが困ったように呼びかけて来た。

 目だけを上げて窺えば、アレクセイが不機嫌に横を向いている。


 なんで?


「どうしてアンリには親しげで、僕には他人行儀なんだ」


 他人ですもの。

 なんて言えない私は、答えを求めてアンリを見た。


「違う、僕を見ろ」

「はい?」


 アレクセイはさらに不機嫌になって、膝を折る私の前に迫る。


「アンリのことは身分を越えて友人として扱っているそうじゃないか」

「アレク、メアリが困っているだろう」

「僕もアンリと同じように扱え! これは命令だ」

「命令している時点で友人ではないよ…………」


 ビシッと指を差すアレクセイの後ろで、アンリは頭を押さえていた。


(自分会議ー)

(えー?)

(えーじゃない。この面倒な王子さまどうしましょう?)

(もうアレクって呼べば? ゲームでもそうだったし)

(これ、罠じゃないわよね? 親しげに呼んだら不敬罪で文句つけられる)

(あー、ジョーになんか言ってたね。あれやられたくないの?)

(王室に近い公爵家ならまだしも、王室に睨まれてる侯爵家じゃどうしようもないわ)

(え、もしかしてこんな所で死亡フラグ?)

(かもしれないから自分会議をするのよ)


 王族に対する侮辱となれば、王室全体を敵に回すようなものだ。

 その上各国の王室同士は繋がっていることが多い。

 そして国を主催するのが王室であるからには、国を敵に回すも同じだったりする。


(そこまで本腰を入れるわけがないのはわかっているわ。けれど対応を面倒がってよしなに、なんてうちの王室が言ったら、向こうが望むとおりの処遇になっちゃうの)

(適当すぎない!? 相応の刑罰とかないの!? 罰金刑とかさ)

(不敬罪って体裁の問題だから、どれだけ向こうが侮辱されたと思ったかによるの)

(怖!? もしかして主人公がアレク呼び許されたのって、聖女として面識あったとか、同じ王族って地位だったからとか?)


 無いとは言えないから困ってしまう。

 アンリは性格的に大丈夫だと思えたけれど、アレクセイは性格的に簡単なことで前言を撤回しそうな子供っぽさがある。


「ほら、メアリも困ってるじゃないか」

「どうしてアンリは良くて僕は駄目なんだ」


 不機嫌なアレクセイを、アンリはソファに引き戻す。


「メアリ、僕が一緒の時にはあまり気にしないで。僕が証人になるし、ここでは僕が主人だ。君は僕の招いたお客さんだから、座ってほしい」

「…………アンリが言うなら」

「おかしいだろう」


 完全にへそを曲げたアレクセイは、向かいのソファに座っても不服そうに私を見るばかり。


「さっそくだけど、今日はお願いがあってきてもらったんだ」


 アンリが気を逸らすように話題を口にした。


 私の素性は知らないアンリは、モスに伝言を頼んだ。

 そこからメアリ叔母さま経由で私に伝わったので、もしかしたら急ぎの用事かもしれない。


「実は」

「観光案内をしろ!」


 何故かどや顔でアレクセイがアンリの言葉を奪った。

 アンリは申し訳なさそうに横で頷いている。


 え…………本気?


「アレクがどうしてもスローブローを観光したいと言うんだ。でも、僕もあそこに詳しくはないから」

「島に伝手のありそうな私を呼んだのね」


 そこでモスを選ばないのは英断だとは思う。

 だってほぼここを出ないから、ルール侯爵家の人たちともあまり面識がないくらいだ。


 とは言え、さすがに王子さまたちの観光案内なんて荷が重い。


「ここの領主、じゃなくて、代官の方に申し入れをしたほうがいいと思うわ」

「どうせそんなことを言ったら侯爵が出張ってくるだろう。そんな煩そうなのは嫌だ」

「ってアレクが言うんだ。できれば僕も、入学前にあまり侯爵に個人的な接見は控えたくて」


 どうやらニグリオン連邦におけるルール島の微妙な力関係をわかっている様子。

 魔法学校の目と鼻の先で大々的に侯爵家と懇意にするのは余計な波風を立てるだけ。

 円滑な学校生活を送るなら、そのくらいの配慮はあったほうがいい。


「そうした要望もきちんと伝えれば、配慮していただけると思うわ」


 言ってみても反応は悪い。


 どうせ私を通じて筒抜けになるのだから、正面から言ったほうがお父さまの心象も悪くはならない。

 けれどそんなことを知らないアンリとアレクセイは、直接我が家とやり取りしない形を望んでいるようだ。


「ルール侯爵は信用できないよ」

「アレク、言葉を謹んで」

「要望をきちんと伝えるんだろう。なら、王家から土地を奪うような真似をする外様の貴族なんて信用できるはずがないだろう」


 あー、そういうことなのね。

 王族側のアレクセイからすれば、ルール侯爵家の行いは容認できない。


 しかもアレクセイの信奉する宗教は従順を美徳とする。

 一度敗れて従ったのなら、ニグリオン王家に終生従えとの思いなんだろう。


「では、持ち帰って検討を」

「今うんと言えば済む話だ」

「メアリ、できることはこちらで用意するよ」


 アンリにまで言われ、私は室内にいるステファンさんを見る。

 もちろんこの人も護衛する気らしい。

 となれば、アレクセイの連れて来た聖騎士もだろう。


 実はアレクセイがここにいるのも、領主の間で問題になっている。

 聖騎士だけが別荘地へ行っており、アレクセイだけがアンリについてきているのだ。

 一見さんお断りでも皇帝の息子は止められない。けれど急な変更は迷惑であることに変わりはない。


「…………はぁ。観光をいたしましたら、別荘地へお移りになると確約いただけますか?」

「嫌だ」

「アレク…………」

「言い方が気に食わない」


 子供か!

 もういいや、アンリがいいって言うしいつもの調子で行くわよ!


 私はしおらしさを横に置いてアレクセイを正面から見た。


「急な変更は迷惑よ。あなた一人のためにどれだけの人が動いていると思っているの? それとも想像がつかない? やってもらって当たり前? そんな傲慢な態度はお国に戻ってから好きなだけやってちょうだい」

「メ、メアリ…………」


 今度は私の発言でアンリは頭を抱える。

 逆にアレクセイは突然の変化に唖然としていた。


 黙ったしこのまま押し切ることにしよう。


「護衛である聖騎士を移動させるなら当該領地の担当の者との情報交換は必須。つまりルール侯爵に関わらせず動くのは無理。これは絶対よ、アンリ」

「あ、あぁ。そうなのかい?」

「ヒポグリフ馬車がそういう制度なのよ。そうでないと馬車が魔物に襲われた場合助けに行くこともできないもの」

「やはり襲われることがあるんだね」

「えぇ。魔物は身分なんて気にしませんから。もちろん、身分を重視する人間は尊貴な方の乗る馬車が決して魔物に襲われないよう人員を配置して事前に魔物を駆除するわ。今回、その事前準備全てが無駄になっているけれど」


 私がテルリンガー家所縁の人物であると気づいているアンリは、真面目な顔つきになった。


「特に申し入れは入っていないけれど」

「大人たちの愚痴よ。それにここはお客さまから言われなければよほどのことがない限り干渉はしない隠れ宿だもの」

「僕は君に無理を言っているかな?」

「無理ではないわ。ただ、隠れてやるよりも堂々としていたほうが私も板挟みにされなくて楽というだけよ」


 私の主張を受け入れてくれたアンリと、スローブロー観光について打ち合わせをする。

 観光ルートの決定や飲食物の毒見、護衛の移動や道の整備について。


「これ! これだけは譲れない!」


 突然復活したアレクセイが、そう言って私に紙を突き出してくる。

 そこにはルール島一周遊覧船の広告が踊っていた。


毎日更新

次回:逃げられない

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