124話:見られ慣れてる
後日、私はモスの宿へ入学準備のため赴いた。
宿から追い出して馬車に乗せ、代わり者の従兄を叔母の所へ送り出すという大変な作業だった。
「さて、ついでに私事も片づけてしまいましょう」
私はメアリに変装すると、一人アンリの所へ向かう。
相変わらず静かで静養にはいい所だ。
「申し訳ない。殿下はただ今手が離せず」
出てきたのはエティエンヌことステファンさんだった。
「いいんです。私もモスの所に来たついでで先触れも出していませんし。伝言を頼めますか?」
中に通してくれようとするのを固辞し、玄関で応対してもらった。
「実は先日のスローブローの店のことで」
「何か問題がありましたか?」
「その、塩入りベリージュースを買いに来ないでほしいと」
「は?」
実はミックの店にベリージュースを買いに聖騎士が来るようになった。
ベリージュースを気に入ったアレクセイが買わせているらしい。
「あのジュースはこの島ではわざわざ買うようなものではないんです。家ごとに入れる物を変えて好きに作る物で」
日本人的に言うと家で出す麦茶に値段をつけるようなもの。
ミックは売ってくれと言われて断るのも面倒だったから、店の飲食物の値段をそのまま伝えたそうだ。
すぐに飽きると思っていたら毎日来るので、居た堪れなくなったのだとか。
「買いに来ずともいいようレシピをお渡します。島の使用人なら誰でも作れますから」
「そうなのか?」
「はい。材料はこの島で採れるルールベリーのジャムが主原料なだけで、何処の家庭でも作れるんです」
言ってしまえばジャムという保存食を水と塩と砂糖で割ったジュースだ。
「それと、使った材料の料金を引いた差額の返金も頼まれています」
「それくらい手間賃かレシピ代として受け取っておいてはどうだろうか?」
「ふふ、彼は不器用なくらい真面目ですから」
私も同じようなことを言ったけれど断られている。
料理人として飲食で金をとるからこそ、こんなことで取れないと言って。
私は困惑するステファンさんにミックから託された物を押しつける。
「これがレシピ、これが使用した材料とその数量と料金を書いたものになります。そして差額の返金です。計算は私がしたので間違ってないと思います」
「君も十分真面目だと思うけど?」
突然後ろから声をかけられた。
振り返ると庭の垣根からアレクセイがこちらを見ている。
そう言えばここにも縁側があるのだ。
どうやら私たちのやり取りは聞こえていたらしい。
…………って待って!
「な、なんですかその恰好は!?」
「うん? ここの浴衣という衣装だろう?」
確かにアレクセイが着ているのは、温泉街の浴衣。
お風呂上りに着るように常備されている物で、この辺りでは珍しくない。
問題は着方だった。
帯は結んでいるものの緩く胸元は肌蹴ている。
その上歩いて割れた裾から足も見えていた。
「きちんと前は締めてください!」
「はは、このくらいで真っ赤になるなんて、ずいぶんと純粋じゃないか」
「ち、近寄ってこないで!」
「どうした? 先日啖呵を切った勢いは何処に行った?」
意趣返しのつもり!?
手で顔を覆おうとしたら、アレクセイが遠のく。
手を避けるとアンリの背中があった。
「ごめん、メアリ。王子って湯あみも基本的に人に世話をされるから、裸を見られ慣れてるんだ。アレクもメアリを困らせないでほしい」
「いいじゃないか。思ったよりも清純で気に入った」
え、どうしてそこでそんな台詞が出てくるの?
アレクセイってゲームでもこんなだったかしら?
…………こんなだった気がする。
怒ったり笑ったりした末に主人公を気に入ってついて回るのがストーリーでのパーティ加入の流れだった。
あれ?
でも主人公のマリアは聖女かもしれない。
だとしたら、アレクセイはすでに知っているはずで、ゲームのストーリーの反応はおかしい気がする。
もしかして聖女のマリアは別人なの?
「聞いたぞ、メアリ! 君はアンリを助けた上に、奇人変人の従兄の世話をしているそうじゃないか!」
「否定はしませんけれど、私の従兄もアンリを助けましたから、私だけではありません」
「正しい行いを自ら選ぶ者には神の祝福がある。僕からも祝福を与えよう! ありがたく受け取れ」
言ってまた寄って来るアレクセイはもちろん浴衣を肌蹴たままだ。
「待って待って!」
「アレク! 駄目だよ!」
「こら、顔を上げろ」
「何をする気ですか!?」
「祝福と言えば額への口づけだ」
「いりません!」
「アレク! わかったからまずは服を着よう!」
「温泉に入った後はこれがいい。最初はなんだこの野蛮で簡素な服とも呼べない布の集合体はと思ったけど。これが温泉に入った後の火照った体にはほど良い」
気に入ったのはわかったからその恰好で近づかないで!
いろいろチラチラしてるから!
いっそ水着くらいはっきり見えているほうが変に意識しなくていいくらいだ。
「…………アレク、君面白がっているね?」
「ぷぷ、林檎のように真っ赤になって、くくく」
どうやらからかわれていたらしい。
よし、上等だ。
私は気持ちを切り替える。
娯楽が飽和した情報社会で育った女子高生を舐めるな。
男の裸なんて珍しくもない。
男女共学が当たり前の世界で水泳も授業にあったんだ。
珍しいと思うから恥ずかしいんだ、うん!
「言わせていただきますが」
私の声のトーンが変わったことに気づいて、アンリも私を振り返る。
けれど私はアレクセイを真っ直ぐに見上げて物申した。
「古くから郷に入っては郷に従えと言います。無用な争いを避け、自らを貶める行為を慎むべきという格言です。アレクセイ殿下には、ご自身の言動を顧みられて反省すべき点があることを進言いたします」
「な、なんだ、いきなり?」
「あなたはここへなんのためにいらしたの? ご自身の立場を理解しておいで? その行動は国を、組織を代表しうるあなたの身分に相応しい行い? よくよくご自身を顧みられなければ、その行動はあなたが奇人変人と言った私の従兄となんら変わりありません」
断言しよう。
実際は全裸のモスのほうが酷かったけど。
そして確認せず入った私も悪かったけど。
けれど今はどう考えてもアレクセイが悪い。
悪ふざけが過ぎるじゃない。
「…………そうか」
アレクセイは一言呟くと庭にさっさと戻って行く。
あまりにあっさりといなくなったことに、私は脱力してしまった。
「メ、メアリ。大丈夫かい?」
「何、あの方?」
「えーと、アレクは国許でも並ぶ者のいない魔法使いで、ちょっと調子に乗りやすいんだ。でも、根は素直で信仰の厚い篤実な人物なんだよ」
信仰で人の良し悪し決める基準がないからわからないよ。
なんて言ったら不信心だって怒られる世界だから言わないけど。
「私、一国の王子さまをモスと同列にしちゃったぁ」
「それは、グリエルモスにも失礼じゃないかな?」
「この島にいる今一番の目的忘れて入学準備、何も手を付けてなかったモスはいいの」
「あ、そうなんだね」
だからメアリ叔母さまに呼び出されたのだし。
呼び出されるまでやらないが身に着いてしまっているんだと思う。
「その、アレクは納得すれば素直に従ってくれるから、きっとメアリの言葉が届いたんだよ」
「それと無礼な言動は関係ないわ。どうしよう? 予定を切り上げて島を出ようかしら?」
「え!? そ、それは困る」
「アンリ? 困るって?」
「あ、いや…………。ぼ、僕はメアリと、話したいことが、あるし。そ、それにアレクはもう少ししたら別荘地のほうに移るはずだから」
そう言えば。メアリ叔母さまの所で親戚と会ったのだ。
その時、大人たちの話題はアレクセイの入港に対する文句。
本当は別の船で別荘地に近い港に入る予定だった。
そちらで出迎えを用意していたのに、船に乗る段階になって勝手に行先を変えてしまったそうだ。
だから船に王子を歓待するような準備もなく、日除けもない中乗船していたらしい。
「うぅ…………。やっぱり駄目」
「メアリ?」
「ごめんなさい、アンリ。今日は帰るわ」
「え、あ…………」
「用事は済んだし、また改めて」
「そう、だね。送ろうか?」
「大丈夫よ。またね」
「うん。また…………」
なんだかどっと疲れた私は、アンリへの対応もそこそこに帰路に着いた。
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