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7-1

 世界は理不尽に溢れている。

 理不尽からは決して逃れられない。

 故に、世界は理不尽である。


――俺は死んだのか。


 命を失った者は、死を迎える。絶対のルールであり、何者も破れない鉄の掟。

 だがお前には望みがある。烏丸の“ファントムペイン”なら、お前を再び生き返らせることもできるはずだ。


――それはありさが死ぬってことだ。そんなこと受け入れられるわけないだろ。


 普通、命を落とせば二度と蘇ることはできない。それをありさが復活させてくれ、さらにもう一度生還するチャンスを持っている。それを棒に振ることは、今までお前のために動いてくれた者たちへの冒涜ではないか。


――俺が納得しないんだ。ありさを失ってしまったら、俺が生き返る意味がない。俺が守るって心に誓ったんだ。それを通せないと思うと辛いんだ。苦しいんだ。痛いんだよ。心の臓がうねりを上げて悲鳴を上げ、痛みを訴えるんだよ!


 既に死んだ身でありながら痛みを恐れるか。

 ありえない、幻の傷だ。

 お前はその心に“ファントムペイン”を負った。


――この苦しみから解放されるにはどうすればいい? 

 切に願え。苦しみを外に吐き出せ。理不尽を呪い、反逆せよ。痛みを逃がすにはどうなればいいかを思い描け。何が必要か、病的なまでに貪欲に求めろ。


 『俺』なら分かるだろ?


――ああ……そうだな。全部まるっと完璧に理解したぜ。もう行かなきゃ。

 そうだ。自問自答は終わりだ。


 再び動け、心の臓。

 改めて回転しろ、脳細胞。

 存分に生を謳歌しろ、衛藤一馬。

 立ち上がれ、俺。



「やれやれ、俺には理解できないな。他人のために自分の命を投げ捨てるなぞ」

 烏丸の言葉で我に返り、一早く動いたのはありさだった。凍りついたままの靴を脱ぎ捨て、烏丸を突き飛ばさんばかりの勢いで駆け寄り安否を確かめる。すぐにありさの顔色は絶望の色に染まった。


「……息、してない。脈もない」

 眠るように目を閉じている一馬の体に損傷はない。だが、温もりは失われていく。

 生命活動の停止。それを死と呼ぶ。


「輝きを発していなくても生命力は十分な量を持っていたようだな。まあ、その全てをいただいたわけだが」

「烏丸ぁ!」

 激昂したかえでが躍りかかる。距離を取った烏丸には怒りで単調な動きを捌くのは赤子の手を捻るようなもの。あっさりと躱し、スーツの内ポケットから取り出したものを押し当てた。

 バチっと火花が散る音がすると、かえでは力なく崩れ落ちた。


「生命力は喰らったばかりで飽食気味なのでな、小道具に頼らせてもらった。改造していないので死ぬことはない。しばらくそこで寝ているがいい」

 烏丸の手にはスタンガン。かえでの神経に電気ショックが走り、全身の自由が奪われた。


「う、うう」

 呪詛の言葉を吐こうにも、舌がうまく動かない。悔しさに涙を流すことしかできなかった。

 それを見下ろし、烏丸は振り返った。


 誰にともなく言う。

「炎を操ることを拡大解釈し、命の炎を操った。そんなことが本当にできるのか、と疑問だった。最初に聞いたときは妄言も甚だしいと思ったが。妄想だとしても馬鹿げていると高を括っていた。しかし……」

 燃え盛る炎の柱が出現していた。炎柱の中には一馬を抱きかかえたありさがいる。


「これが命の炎か。これだけ近づいているのに全く熱くない。なるほど。実に神々しい。炎を崇拝し、崇め奉る宗教があると聞くが、これを見ると俺も手を合わせたくなる。これはさしずめ、炎の繭といったところか」



 熱のない炎に包まれるように、一馬とありさはいた。炎は二人を守る繭のよう。羽化した瞬間、命が新たに生まれる。

 一馬は赤いスカーフを首に巻いていた。ありさがつけていたものを真似たのだろう。その大本である実兄のようにかた結びだった。見た目は似てないのに、ところどころで兄と見紛うセンスで、ありさは笑った。


「私に残ってる命を全部一馬にあげる。私の分はなくなるけど、一馬が元気になるならそれでいい」

 一馬の口に唇を重ねた。救命行為ではなく、ありさの純然たる親愛の情からくる気持ちだった。

「さよなら。かえでさんと仲良くね」

 一馬の心臓付近に手を置く。これで能力を発動すればすべてが……


「……え?」


 不意に、ありさの胸中がざわめきだす。ごく身近に“発症者”が現れたサインだったが、炎の繭の中にはありさひとりしかいない。


 そして、何かの間違いかと疑った。

 一馬の体に置いた手が、鼓動を感じ取った。


 とくん。

 とくん。

 とくん。

 勘違いでも幻覚でもなく、心臓が動き、脈打っている!


「キスで目覚めるなんて、お姫様みたいだな」


 一馬はゆっくりと瞼を開いた。


「一馬……! ど、どうして」

「こんなところで死んでたまるか。それとも、このまま眠ってた方がよかったか?」


 今の今まで生命のなかった一馬が動いている。

 もう会話できないと思っていた一馬が喋っている。

 もう二度と触れられないと思っていた、一馬に触れられる!


「う、ううう! うわあああん! かずまぁ!」

 何故、どうしてといった疑問は嬉しい驚きの前では霞む。とめどなく涙があふれ出て、一馬の胸に飛び込んだ。


「うわ! ちょっ、いきなり抱きつくな! 鼻水がつく! 拭けって!」

 それでもありさを放すことなく受け入れる。少し落ち着いたところを見計らってありさの耳元で囁いた。


「このまま烏丸を逃がしちゃいけない。俺たちで捕まえて『互助会』に引き渡そう。そうすればあいつをなんとかしてくれるんだろ? あいつだって救われるはずだ」

「でも、危険だよ。また一馬が危ない目に遭っちゃう」

「いや、それは大丈夫。いいか、作戦はこうだ……」

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