7-2
「中で何が行われているのかはわからん。一時も目を離したくはないが、そろそろ衛藤かえでが動き出すかもしれん。そちらを先に片づけて……む?」
烏丸が背を向けようとした瞬間、炎柱が弾け飛び、大量の火の粉となって辺り一面に降り注ぐ。
「く……熱い? これは、普通の炎だと?」
黒のコートで顔を覆い、火の粉を払う。炎の繭を形成していた火炎は不思議と熱を感じなかったが、炎の雨となって飛び散る炎は熱い。かえでの“ファントムペイン”で凍っていた床が水浸しになり、ばしゃばしゃと音が立つ。
何かが走ってくる。
「うおおおお!」
「なに!?」
目に飛び込んできた一馬の姿に、驚きの声を上げる。繰り出された拳を避ける
間もなく、顔面を叩いた。
「ぐおっ」
呻きを漏らし、サングラスが吹っ飛び、スタンガンを取りこぼした。
その勢いで二人はもつれ合い、床を転げまわる。
「な、なるほど。宮前は自身の命を引き換えにお前を生き返らせたのだな。お前は俺と同じだ! 他人の命を食い散らかして生きねばならない業を背負った!」
「そいつは違うぜ。ありさも、この俺も無事だ」
一馬の後ろにありさが立っている。両の足で立ち、生命力あふれる凛とした姿を見せつける。
「どういうことだ!? それはありえん! 少なくともどちらかは命を落とすはずだ」
「お約束のセリフをどーも。こうして俺たちが生きている以上、ありえないはないだろ。あんたも教師なら答えを考えてみたらどうだ?」
一馬の挑発的な物言いに、忌々しげに顔を歪めた。そして、“発症者”同士が接近したざわざわとした胸の感覚に気付く。
「お前……“発症者”になったのか。……この状況での“発症”。まさか貴様!」
一馬はにやりと口角を上げた。
「あんたが思い浮かべてるので正解だろうぜ。さすが先生。百点満点の花丸をつけてやる。
“ファントムペイン”は思いの力。死ぬわけにはいかないという思いが、願いが、望みを叶えてくれた。燃やし尽くす炎を操ることはできない。凍てつく冷気で凍らせることもできない。伸びる髪を自在に動かすこともできない。目からビームも出ない。人様から生命力を奪って生き死にを左右したりも、もちろんできない。
ただ、死がないだけの、しがない“ファントムペイン”さ」
死ぬほどの苦しみを経験した末に“発症”したものは、一馬を死から解放した。
烏丸が“ファントムペイン”を発動する。一馬の生命力が全て喰いつくされたはずだ。だが、すぐに起き上った。
「無駄だぜ」
「無尽蔵の生命力だと……。死を克服したとでも言うのか。それは……俺が望んだ力だ! 何故貴様が“発症”した! 理不尽じゃあないか! それをよこせぇ!」
烈火のごとく怒り狂った烏丸は、一馬の首を締め上げる。
「理不尽なのは……あんただろ。死にたくないって思ってるのはあんただけじゃない。あんたが犠牲にしてきた人たちも、もっと生きたかったはずだ! 足掻くならひとりで足掻け。他人を踏みにじるな。それでもダメだって言うなら……話くらいは聞いてやるさ」
「…………何を勝った気でいる。このままお前を連れて、永遠に俺のエナジータンクにしてやる。これで俺も不死を得られるのだ!」
一馬が“ファントムペイン”を手に入れようと、戦局が変わるわけではない。己の勝利は揺るがない。絶対唯一の勝者はこの俺だ! 高らかに笑いあげた。
「それはどうかな」
一馬は真っ向から対立するように、にやりと笑った。
「貴様が何を言おうと、俺は勝ちを確信している。如何に不死であろうともここから俺を倒すこととなど不可能であろう! 大人しく負けを認めるがいい!」
烏丸の宣誓にも一馬は余裕の笑みを崩さない。
「先生、よく考えろよ。かえでが作った氷はありさの炎で溶け、床を転げまわった俺たちの体は濡れている。水は電気をよく通す、だろ?」
烏丸はばっと辺りを探す。スタンガンが見当たらない。倒れていたはずのかえでもいない。火の粉をまき散らしたありさはどこに……?
少し離れたところにあるレジ台の上に、ありさとかえでの姿があった。ありさの手には細長いものが握られている。
全てを悟った烏丸は、憎しみと絶望の声を上げた。
「き、貴様ら――っ!」
「仲良く気絶しようぜ、烏丸先生」
ありさがスタンガンのスイッチを入れ、水たまりに放り投げる。
青白い火花が散り、電気が床中にできた水たまりを伝い、一馬と烏丸に降りかかった。




