第10話
「足止めの策は相手が森の中にいる前提のものだ使えない。誘導に関しても既に人間の匂いを感じ取って街の方へ向っているのだろう、無駄だろうな」
隊長たちの案では硬腕熊の足止めなどは無理だろう。
「冒険者はいつ来るかわからない、我々で、硬腕熊を仕留めよう」
「できるわけがないじゃないか! 難易度四〇だぞ」
隊長は仕留めるという、それを西の隊長は無理だと制する。――戦って倒す、俺もそれしかないのだろうと思っていた。隊長はこちらに視線を送ってくる。
俺は同意を示す意味で強く頷いた。フィンさんも同じように頷いていた。
「決まりだ、俺たち東の衛兵隊で熊を仕留める」
「無茶だ、防衛に徹して時間を稼げば……」
「これ以上は準備の時間が無くなってしまう。我々はいくぞ」
「ちっ……わかった。西の衛兵隊も支援を行おう。しかし人員は出せない。半数以上は前回の戦いで辞めてしまったからな」
――人が少ない理由はそれだったのか、あの事件はそれほどの恐怖があったのだ。
「一度詰所に戻ろう。全員に伝えなくては」
隊長の言葉にフィンさんとともに頷きを返す。前回以上に激しい戦いになるだろう、でも引くわけにはいかない。覚悟を決めて戦うしかないのだ。
詰所に戻ると隊長はみんなに説明をはじめた。難易度四〇と聞いたことで怯んだ者たちはいたが、参加を渋るものはいなかった。東の衛兵隊は連帯感が強い。前回の事件でも辞めるものはいなかった。
戦闘の準備のために中央通りに来ていた。隊長が隊の費用で装備を整えていいといったのだ。俺とジルはおっちゃんの店に向かった。
「おっちゃん武器買いに来たぜ。俺の装備できる槍で一番いいものを頼む」
「オレはぁ、盾だぁ」
「おう! ちょっと待ってな。ガハッハ」
おっちゃんが見繕ってくれた槍は、全てが『ミスリル』でできた槍だった。金属にしては軽く強度もあり武器として一流のものだ。槍を持つと手に吸いついてくるように馴染んだ。
「装備できるようだな、ガハハ」
構えて軽く振るう。――これならいけるかもしれない。新たな武器は今までのものとは格が違っていた。
「ふむ、お金足りないな。ガハッハ」
値段も格が違っていた。
「支払はちょっと待っておいてやるよ。これから大物仕留めに行くんだろ? がんばってこい! ガハッハ!」
「おっちゃん、ありがとう! 大物仕留めたら持ってきてやるからな! 」
おっちゃんは少し照れたように鼻をこすっていた。
ジルは『魔鉄』の大盾だ。強度はミスリル以上だが重さがネックな金属だ。値段もミスリルよりもお安い。
俺とジルは装備を変えたことでホクホク顔で詰所に戻った。
フィンさんは魔法の杖を新調したようだった。さらに治癒魔法【キュア】の魔法の効果がある魔力杖を用意していた。
「クルト君が怪我しても直す、あいつに膝枕はさせない」との事だ。
討伐に参加する人数は一二人(壁役四人、近接攻撃役一人、魔術師四人、弓兵三人だ)隊員の準備は整っていた。あとは硬腕熊の討伐に向かうだけだ。北門から出ると西の衛兵隊の部隊がポーションなどを集めてくれていた。さらに補充を行い、いよいよ出発だ。
北の森に向かう途中の平原。俺たちは熊に出会った。想像以上にでかい。大きく膨れ上がった右腕は熊の全長と同じ程度あるのではないかというぐらいに大きい。高質化した腕にはミスリルでも貫くのが難しいという。
「壁役は盾構え! 弓兵は矢番え! 魔術師は詠唱開始、一番威力の大きい奴だ!」
隊長の言葉に各自行動を開始する。俺の出番はまだない。
「熊がこちらに気付いた。詠唱でき次第、発動。弓兵は足を狙え。攻撃開始! 壁役は絶対に後ろに通すなよ!」
硬腕熊は腕が大きくバランスが悪いため、通常の熊のように四足で走ることができない。そのためこちらに向かう速度は遅い。遠くから近づく巨体は魔術師や弓兵たちのいい的だ。
「【ファイアボール】」
ごうっと後ろから炎の球が飛ぶ、熊の頭部に直撃する。続けて二度三度と炎の球が直撃した。燃え盛る炎は熊の頭部を完全に包む。硬腕熊は立ち止まり顔を腕で拭うようにして火を消そうと、もがいている。
完全に立ち止まる熊の足を目掛け矢が飛ぶ。固い毛に阻まれる矢も多いが、何本かは直撃し突き刺さっている。
魔術師たちは次の詠唱に入っている。熊がこちらに近づくまでにあと二発は同じように打ち込めるだろう。矢による攻撃で足を完全に破壊できれば、打ち放題となり俺たちの勝ちだ。理想的な展開はこれだろう。しかし、そんな展望は甘すぎとしか言えない。
「グオオオオオオオォォ!!」
(――っなんて声だ……)
体の芯からすくみ上ってしまう。硬腕熊の雄たけびは弱者である俺たちをビビらせるのには十分なものだ。魔術師たちも集中を乱され詠唱を阻害されてしまっている。
硬腕熊はこちらの陣営が少し崩れた瞬間、大きく膨れ上がった腕を盾のように使い身を守りながら突撃してくる。弓での攻撃は腕に防がれ直撃することはなくなってしまう。
「壁役! 仕事だ、真正面からぶち当たれ!」
隊長の声で壁役は大きな盾を構える。ジルは壁役の真ん中にいる。
熊は頭から壁役に突撃する。盾を構えているジルたちは後ろに吹き飛ばされながらも、熊の突撃を受け止めた。
(次は俺の仕事だ!)
攻撃の体勢が整わない熊に、ミスリルの槍を首元に突き立てる。思った以上に軽く突き刺さる槍をすぐに引き戻し、さらに顔面目掛け突きを入れる。……が、その攻撃は体勢を立て直した熊の右手により防がれる。――やはり腕は槍以上に固い、簡単には貫けそうにない。
硬腕熊は大きな右腕を振り回す。
(――っ後退が間に合わない)
予想以上のスピードで振るわれた腕を槍の柄で受け止めるが、踏ん張りがきかず後ろに吹き飛ばされる。
「ぐぅっ」
地面に叩きつけられ、一瞬息ができなくなる。追撃を避けるためすぐに起き上がろうと、身体に力をいれる。なんとか立ち上がると、先ほどまで俺が立っていた位置では壁役である隊長やジルが注意を惹きつけ此方に向かわないように戦闘をしていた。
ふぅと息を吐き出し、息を整えると戦線に向かう。ジル達が惹きつけている間に少しでも削らなけらば。硬腕熊の攻撃は激しく隊長やジルでも盾で受け流しても完全に勢いを殺すことができていない。受けに回っているだけではジリ貧だ。
熊に向かい全力疾走する。そのままの勢いで槍を力の限り突き立てる。
(頼むぜジル、隊長!)
防御はきっとジル達がなんとかしてくれる。熊の腹部に深く槍が突き刺さる。槍を引き抜いた瞬間、横から隊長が俺の体を押し倒す。すると立っていた場所を薙ぎ払うように熊の右腕が凄まじい速度で通り抜けた。――間一髪だったが、仲間のフォローを信じて攻撃に全力を尽くした甲斐はあった。
「ぐごぉお」
硬腕熊が悲痛そうに鳴き声をあげたのだ。更にそこに魔術師たちの炎の球の追い打ちが仕掛けられた。またしても頭部に命中した炎は勢いを増し燃え盛る。さらに弓兵たちは油ビンを取り出し熊に目掛けて放り投げる。
体全体へと燃え移った炎に熊は苦しんでいる。
(――やったか……?)
この場の皆が同じように思ったのだろう場が緩みかけた一瞬の間に事態は動く。右腕の間合い内にいた壁役の一人が吹き飛ばされる。先ほど以上よりも鋭く振るわれた右腕は俺たちの虚を完全についたのだ。燃え下がりながらも前進し、魔術師たちの方へと向かい怒り狂うように腕を振り回し魔術師たちを蹂躙する。仲間が吹き飛ばされたことのショックで固まっていた俺たちは一歩も二歩も行動が遅れていた。
動きだしたのは隊長が一番だ。盾で腕を受け止める。魔術師や弓兵の中でまだダメージを受けずに動けるのはフィンさんだけになっていた。
壁役がフィンさんの前に立ちはだかるように盾を構える。熊は燃やされたのが相当お気に召さなかったのだろう、フィンさんを狙うように腕を振るっている。
その隙に俺は何度も槍を突き立てるがあまり効果があるようには思えない。分厚い肉が鎧となり半端な攻撃では効果的なダメージを与えることができないのだ。
(もっと強く、ぶち込んでやる!)
全体重を槍に乗せるように突きを繰り出す。ぐぐっと熊の横っ腹に深く突き刺さる。
その一撃で熊の注意はこちらに向いた。「グガアアッ」と咆哮とともに、じろりと怒りの感情を灯す瞳が俺に向けられる。
「クルトぉ! よけろぉ!」
ジルの声が聞こえた次の瞬間には身体は空へと投げ出されていた。
「かはっ……」受け身も取れずに地面に叩き付けられる。
体中に痛みが走る。特に胸に激しい痛みがあった。胸に直撃を受けたのだろう。硬碗熊の右腕にやられたのだろうか、出血はしていないので爪による攻撃ではなく、硬質化した部位でぶん殴られたようだ。鉄製の胸当てが大きくゆがんている。
身体に力は入らなかった。首だけを動かすとこちらにフィンさんが走ってくるのが見えた。奥では隊長とジルが硬碗熊の攻撃を躱している。
「クルト君っ! いま回復させるからっ……【キュア】」
フィンさんは腰に差していた魔力杖を構えると、杖の効果を発動させる。淡い光が身体を包むと痛みが少しづつ和らいでいくようだ。
「フィンさん……ありがとう。……もう大丈夫だから、ジルたちのフォローに戻って……」
杖の効果が終わり、光が消える。――なんとか動けるまでは回復したようだ。
「無茶しちゃダメ、もう魔力杖は使えない。クルト君、次は本当に死んじゃう」
心配してくれるフィンさんに俺は何も答えられない。心配はかけたくないが硬碗熊の前に立つだけでも無茶なのだから。
「隊長たちがまずい。はやく戻らないと」
と駆けだそうとする腕をフィンさんに掴まれる。
「作戦を考えよう、隊長たちは攻撃をうまく捌いている。もう少し大丈夫なはず……。それよりはアイツを倒す作戦をもう一度立てるのが大事だと思う」
確かにその通りだ。武器のない俺が戻っても仕方がないだろう。槍は熊の腹に刺さったままなのだ。
「硬碗熊は結構疲労している。動きは最初よりもかなり遅くなっている。もうひと押しで倒せるはず……。でも私の魔力ももうほとんど無い。攻撃力は現在クルト君が一番高い」
「俺の攻撃でも効いているようには思えなかったが、それに槍は腹に刺さったままだし」
「隊長とジルに頑張ってもらって槍は回収する。攻撃はお腹などじゃ効果が薄い。狙うなら頭」
魔法でも頭を執拗に狙っていたなと思い出す。弱点なのだろうか。
「一番、肉が薄くダメージが入りやすいはず。あの槍でならきっと貫ける」
フィンさんの言葉に賭けてみよう。それ以外に何も思いつかないのだ。
「わかった。でも、頭に攻撃するのは俺じゃ届かないよ」
「方法はある、私に任せて。まずは槍の回収をしよう」
「隊長! ジル! 槍を引き抜きたい。動きを一瞬止められるか?」
「「まかせろ!」」
二人は俺の言葉に迷いもせず頷いてみせた。二人とも熊の攻撃を受け続け相当疲労してダメージも相当なはずだ。しかし、彼らはそんな疲れなど一切見せず、熊に対峙している。英雄とはこういう人たちなのだろうと俺は思う。
「こっちだぁ!」声を張り上げながら熊の右腕を盾で受け流し、さらに剣を胴体へと叩き付ける。ジルや隊長は熊の攻撃のテンポや癖を見切り対処しているのだ。最初は一撃ごとに吹き飛ばされていたが、今ではうまく受け流すことができている。
クマの注意がジルに向かっている間に隊長は後ろにまわり込み熊の足を剣で切り裂く。僅かに肉を切った程度だが熊はひるむ。さらに隊長は盾で熊の背中を殴りつける。熊が一瞬だがバランスを崩し動きを止める。
(よし、今だっ!)
その隙を俺は見逃さない。槍を握り一気に引き抜く。
「槍は回収した! ジルしばらく相手頼んだ!」
「おう!」
それだけの言葉を交わすとフィンさんのもとへと駆ける。
「フィンさん、頭に攻撃する方法って?」
「私が魔法でクルト君を吹き飛ばす、その勢いでぐさり」
無茶をするなって言ってた人の作戦かよ。と内心だけで文句を言う。
「わかった、さっさとやってやろうぜ」
フィンさんがコクと首を縦に振ると呪文の詠唱に入った。
「詠唱完了、発動タイミングはクルト君の合図に任せる」
ジルの戦闘を見てタイミングを計る。一番は大きな攻撃を放った直後だろう。攻撃を全て盾で受け流されていた硬碗熊は痺れを切らし大きく腕を振りかざす。ジルはそれに合わせ盾を構え身体を低くし衝撃に耐えられるように構えた。――このタイミングだ。
「フィンさん!」
「【エアプレッシャー】!」
後ろから力を感じるとそれに合わせ地面を蹴る、身体は勢いよく上空へと押し出される。
ギィンと金属をぶつけ合ったような音が響いた。ジルが熊の攻撃を盾で受け止めたようだ。
その間も俺の身体は前へと押されている。槍を遠くに投げるときの姿勢で構える。熊がこちらの接近に気付くが既に遅い。こちらはすでに振りかぶっていた、熊はまだ爪を振り切った体勢のままだ。
力を込める。少し落下を始める身体。勢いは十分体重も全て乗せる。これが俺の放てる一番の攻撃になるだろう。吹き飛ばれた軌道も申し分ない。熊の頭部が射程距離にはいる。
全力で槍を突き立てる。槍は頭部を貫通した。俺は吹き飛ばされた勢いを殺せず突き刺さった槍から手を放し、熊の向こう側へとごろごろと転がる。
後ろではドォンと巨体が倒れる音がした。今度こそ俺たちは勝った。身体はボロボロだ。吹き飛ばされたせいでいろいろなところが痛いし、槍を突き刺したときに肩も痛めてしまっているみたいだ。隊長やジルも地面にへたり込んでいた。フィンさんはこちらに駆けてきている。
「クルト君! 熊たおしたよ!」
フィンさんは普段出さないような大きく弾んだ声だった。フィンさんは走った勢いのままこちらに飛びついてきた。
「ぐふぅっ」
「よかった、私たち生きてる」
――身体中は痛いが確かに俺たちは生きている。被害はあったが街は救えた。今はそのことを喜ぼうと思った。




