第21話
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「青山さんっ、、青山さんっ!!」
深々と眠っている時に呼びかけられる声よりも更に遠くから僕の名前を呼ぶ声が聞こえた気がした。もしかしたら走馬灯かとも思ったけれど、そうではなかった。僕を呼ぶのは必然的な奇跡だった。
僕の手は強く引かれている。早く起きろと叩き起こされているような感覚だった。そして僕は微睡からゆっくりと目覚めた。彼女がどうなっているのかは分からない。ただ僕の体の一部のようにくっついて離れない。
「死んじゃダメ!!!」
そう、死んでしまっては駄目。強引に腕は引っ張られる。僕はかろうじで残る体力を振り絞って川岸を掴んで、顔を水面へと出す。彼女の重みで再び倒れそうになったが、浅瀬の川だったことが幸運で、僕は立ち上がった。そして抱きつく彼女を抱えたまま、一緒に川から脱出する。
「ねえ、青山さんどう言うこと?ていうかとりあえず彼女さんのこと。」
僕らを助けてくれた坂井さんは、そのままぐったりと僕に寄りかかっていた夢乃さんのことをまず一番に心配した。そして彼女を抱えて呼吸を確認する。どうやら気を失っているようだった。坂井さんは夢乃さんを横向きに寝かせて気道を確保した。そして救急車も呼んでくれた。
「失神しているだけだとは思いますけど、、、」
「ありがとうございます。」
「いや、ありがとうじゃなくて。写真を撮るという約束は?私が少しでも遅れていたら死んでいたじゃないですか。」
坂井さんは脳が揺れるほどに、僕の肩をゆする。
「ごめんなさい。彼女と一緒にいるうちに揺らいじゃったんです。でも、きっと本気で死のうとは思っていなかったです。衝動的なもので。だから本当に助けてくれてありがとうございました。」
そう言うと深いため息が僕らの目の前で吐き出される。困り顔をする坂井さんは今の僕には紛れもない救世主そのものに見える。
「私こんな姿で、彼女さんと初めて会うの嫌です。」
「ごめんなさい。」
坂井さんが首から下げた一眼レフがふと目に付く。そのレンズには僕らを殺しかけた川の水滴が付着している。
そうして濡れた衣服が乾かぬ間に、救急車のサイレンが遠くの方からこだまする。僕は夢乃さんの身体にそっと触れてみる。眠っているように力がないが、確かに呼吸をしている。彼女は今、どんな世界を見ているのか。僕と死んだ先の世界を夢見ているのかも知れない。
「まさか、私がこんな場面に遭遇するなんて思わなかったし、死にそうなくらい焦りましたけど。でも、、」
坂井さんは、そっと夢乃さんの濡れた頬をさすりながら言葉を紡ぐ。
「私だけで人の命を救った瞬間って、きっとこの先もないですよね。」
「絶対にないと思います。」
「人の命を救うと、こんな感情になるんですね。」
その言葉は力強く、夜空に放たれた。坂井さんは夢乃さんの手と、僕の手を両手で握る。
「だから、ありがとうとは絶対に言わないですけど。私はなんか嬉しいです。」
坂井さんは箱庭計画の参加者の中で誰よりも、素敵な贈り物をくれた。いつか必ず恩返しをしなくてはいけないと何度も思った。自分には価値がないんじゃないかと思い、自殺願望を抱いていた坂井さんに僕が渡せる恩返しはこんなものしかなかった。
僕が夢乃さんと本気で死に挑んだのは、自殺未遂を成功させて生まれ変わるという意味ともう一つ、坂井さんに僕たち二人分の命を救う機会を与えるという意味があった。
「もしも誰かの命の恩人になれたら、自分に価値がないなんて感情が無くなる。」と初めて会った日に彼女が口にした言葉を覚えている。僕らを死から引き戻し、文字通り僕らにとっての命の恩人になるという非日常の場面を坂井さんに送る。それこそが箱庭計画の恩返しだった。
川は穏やかに、水中で僕らがもがいた形跡を徐々に消しながら流れてゆく。救急車は草木の向こうの路肩に止まり、数人の救急隊員がこちらへやってきた。坂井さんには「心中しかけたとなるとややこしいから。」と言われたので、僕は一度その場から離れて、坂井さんに状況説明をお願いした。担架で運ばれてゆく彼女、もうひょっとしたら意識が戻っているのかも知れない。僕はその一部始終を遠くの方からやけに冷静に眺めていた。彼女と、そして付き添いとして坂井さんを運んだ救急車は去っていった。僕は静けさが戻った川岸に、再び歩き出す。川の中から這い上がった時に掴んだ草木は少し潰れている。その近くに夢乃さんが投げ捨てた紐も落ちていた。
僕はとんでも無いことをしたのだと一人になってふと思う。そしてこれこそが自殺未遂かと実感する。まるで別人のように、数分前の自分の行動が恐ろしくて堪らなくなる。どうして躊躇もせずに、彼女と入水したのだろうかと。僕はあまりの虚しさから精神的にきっと壊れていた。でも自殺未遂を経て、正常な自分へと戻った気がする。
次に夢乃さんに会うその時には、恋人になりたいと思った。




